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John P. Carlin,"Dawn of the Code War"(2)

Foreword TeaMpOisoN
1.ジハードとインターネット
 2000年以前は、すでにインターネットはあったものの、国外から個人に直接1対1、あるいは1対複数に情報を迅速に伝達する手段はなかった。しかし2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件のころから、ハッカー・グループやテロ・グループのメンバー間のインターネット経由の直接的情報伝達が普及した。たとえば、アル・カーイダal-Qaedaでも、2000年最初期以前のウサマ・ビン・ラデインと、アメリカ同時多発テロ事件に活躍したアンワル・アル・アウラキAnwar al-Awlakiとでは、インターネットの高度利用において明らかな世代格差がある。
 アメリカのニューメキシコ州にイエメンからのフルブライト留学生の子として1971年に生まれたアンワル・アル・アウラキAnwar al-Awlakiは、7歳のときいったん家族とともにイエメンに戻り、1991年アメリカに帰ってコロラド大学で学んだ。学内のムスリム学生連盟の議長を勤め、やがてイマーム(イスラム教指導者)となった。アメリカ国籍を持つアンワル・アル・アウラキは、英語にもスピーチにも優れ、説得力にも長け、ネットを介して自宅からアジテーションをする、新たな若手のイスラム活動家をリクルートする、テロを命ずる、爆弾製造を指示する、などすべての能力に於いて卓越した指導者であった。2000年の米艦コール襲撃事件、2001年9月のアメリカ同時多発テロ事件、2009年11月に発生した米陸軍基地銃乱射事件、2009年12月のデルタ航空機爆破テロ未遂事件などの実行者たちに直接会い、説教を行い、絶大な尊崇を受けていたという。2010年オバマ大統領は、アメリカ国家安全保障会議の承認を得たうえでアウラキ殺害を指示し、2011年9月イエメン中部マーリブ州でCIAの無人機による攻撃により殺害した。
 この後、al-QaedaからISILが派生したあとは、ツイッターなどの新しいメディアが、テロ組織の組織形成・運用管理に全面的に活用されるようになった。リクルート活動では、10億ほどのメールやツイッターを発信すれば、たとえ成功確率が10万分の1でも1万人をリクルートできるのである。メンバー間の連絡や指令にも、一日当たり4万回にのぼるツイッターが交わされたという。さらには、テロ活動の勝利、殉死、処刑などをビデオ映像でオンラインに広範囲に公表して、心理的インパクトの大きいアピールが簡単に行えるようになった。
 いわゆるホームグローン・テロHome Grown Terrorismは、インターネットの所産である。ジハードを命令・指示するリーダーは、もはやウサマ・ビン・ラデインのころのようにカリスマとして戦士に面会することもなく、遠く離れたイエメンや中東から、アメリカの住民からリクルートしたアメリカのジハード戦士を操作・指令するのである。実行者が成功する、あるいは失敗することを、リーダーは気にしない。攻撃される側からみて不都合なことは、敵にジハードに必要な軍事知識・技術・武器のすべてを与えてしまう事であり、しかもリクルート段階から攻撃実行まで、テロ集団としての動きが顕在化せず、ネット上だけの情報の行き来であるため、きわめて発見しにくく、したがって予防しにくいのである。

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