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John P. Carlin, "Dawn of the Code War",2018(16)

第2章 Comment Crew
2.1. 対アメリカ経済スパイ犯第一号の中国人
 2006年6月、カリフォルニア州オレンジ郡の住宅地で、Rockwell, Boeingなどアメリカ政府が契約していた軍需産業に勤務する中国人Dongfan Chungが逮捕された。住宅から150箱、250,000件にのぼる膨大な重要機密文書が押収された。彼が出入りしていたサンフランシスコ中国領事館から「外交文書」として特権的に中国へ送付済の文書も大量にあったことが考えられ、非常に大規模なスパイ活動の摘発であった。アメリカ空軍の飛行計画、B-1爆撃機、F-15,B-52などの戦闘機、大型輸送ヘリコプターCH-47、スペースシャトルなどの機密文書が含まれていた。彼は手紙に「私は中国のために、農業・産業・科学・技術・軍事に貢献したい」と書いていた。
 彼は、経済情報の窃盗について、アメリカ史上初の経済スパイとして実刑判決を受けた。
 この事件は、大きな転換点となった。これは端緒に過ぎず、2006年の1年間だけでも12以上の同様なスパイ事件が摘発された。
 21世紀に入って、明らかに中国のスパイ活動は変化した。Chi Makという、1970年代からアメリカに派遣され、10年以上もアメリカ企業に勤務し、まったく普通人にしか見えなかった中国諜報将校もいた。
 逮捕者の供述などから、アメリカの諜報レポートには「中国指導部は、21世紀最初の20年間に、経済成長、独立したイノベーション、科学、技術、再生エネルギーの目処をつけ、軍事的に優位に立つ」ことを目指すとされている。中国は、技術と軍事でアメリカに追いつくために、3,500人以上のスパイが学生やH1B Visa(special work visa)の労働者としてアメリカに来ているとの逮捕者の供述もあった。
 ただ当時司法省が把握していた範囲では、スパイよりも著作権を含む知的財産権侵害の件数の方がはるかに多く、スパイ活動が表立って把握できていなかった。アメリカ政府がスパイ的な動きを単なる窃盗と切り分けて扱っていたその隙間を、中国は利用してひそかに広く深く入り込んだのだった。
 Chi Makの場合は、盗み出した情報をCDに書き込んで、そのCDがChi Mak家のキッチンに運び込まれる様子が監視カメラで露呈したのが逮捕のきっかけとなったが、今ではCDなど不要となっている。摘発はますます困難になり、盗みはオンラインでますます迅速化している。

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