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John P.Carlin "Dawn of the Code War"(17)

第2章 Comment Crew
2.2.エストニアへの大規模bot net攻撃
 1990年東欧社会主義崩壊の後、NATOメンバーになったエストニアの首都タリンで、2007年4月民衆がソ連兵の像を除去しようとしたとき、ロシア系住民が暴動を起こした。このとき、エストニア共和国内の広範囲のネットワークが、突然大規模なbot net攻撃を受けて停止した。ATM、金融、通信、新聞、政府、商業など非常に広範囲に機能マヒが拡がり、数日以上続いた。これは、bot net攻撃がひとつの国全体のセキュリティーを脅かした最初のケースであった。攻撃がロシアから来ていることはほとんど疑いがなかったが、ロシア政府そのものがどの程度関与しているのかを確かめる術がなかった。この行為がNATOのArticle-5(全NATOに対する攻撃)と見做せるのか否か、Cyberattackの位置づけは非常に悩ましい。

2.3.アメリカ同時多発テロのインパクト
 2001年9月11日の同時多発テロの直後、ブッシュ大統領はFBI長官Robert Muellerを呼びつけて「直ちにFBI改革を断行せよ。ハイジャック犯を直ちに捕まえよ。テロの背後を明らかにせよ。」と机を叩いて求めた。さらに驚くべきことは「次のテロ攻撃を止めるために、君は何をするつもりか」と迫ったことであった。FBIは90年の歴史で、犯罪と戦い続けたが、すべて犯罪が発生したあとの努力であった。しかし国家に対するテロについては、after-the-factだけでは十分ではない、と。FBIも他のすべての政府機関も、テロが発生する前に止めることが必要だ。「予防」するためには、精緻な調査分析の能力だけでなく、creative thinkingが必要だ。そのためのculture changeをどのように達成するかが課題となる。FBIに独立した”American MI5”のような新組織をつくるべきだという提案が出た。MI5とは、イギリスの諜報機関でMission Intelligence section5の略称である。Mueller長官は、FBIが生き残るためには、法規制と諜報活動を司法局の下に融合しなければならないと考えた。この9/11による改革は、threat drivenかつintelligent-ledであった。このあとしばらくは、FBIの仕事は全員がテロ対策で占められた。
 2006年ころでも、まだテロ対策で緊張していた。西側の諜報機関は総力で大西洋航路全域にわたって攻撃の可能性を探っていた。イギリス警察は2006年8月に、アメリカに向かう3~10の航空機に12以上の組織的攻撃をかける計画に関してイギリス内で26人を逮捕したと発表した。FBIは、Cyberthreatの捜索に注力した。そのために、地方の56の事務所と中央局に分散して運用されているFBIの組織とルールについても改革が行われた。捜索指揮権の集中化が図られたが、十分ではなかった。サイバー攻撃といってもヒトがやるのだから、捜索には「人間」を追及することが必要だ。何が動機なのか、何を企むのか、彼のボスは何者か、そのまた上のボスは・・・。政治や軍の知識と経験を持つアナリストと法律家で中国のサイバー攻撃の対策チームをつくった。

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