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池大雅展 京都文化博物館(下)

Photo_20201115060401  やはり高士を描いたものに「山亭小酌之図」がある。こんもりと茂った緑の山中に庵があり、高士が集って山の超俗性と景色の美しさを愛でている。静的な絵だが、景色の美しさが主要なテーマなのだろう。
 「三酸図」は、文人画の定型的なテーマである。大きな甕を取り囲んだ三人の高士たち、僧の仏印、道士の黄庭堅、そして儒者の蘇軾が、それぞれに甕のなかの酢を舐めている。個性的な表情ながら、皆がとても酸っぱいことを感じている。思想や信条がそれぞれ異なっても、感覚には共通性がある、という寓意だという。
 池大雅は、竹の片端を細かく削いで刷毛状にした竹筆という筆を用いて絵を描くこともあった。また紙縒り(こより)で描いた作品として「伯牙弾琴図」という絵がある。伯牙という人物は、春秋時代の琴の名手であったが、自分の琴の音色を本当に理解できるのは鐘子期だけである、と心に思っていた。ところが鐘子期が先に亡くなり、琴を聞かせる相手がなくなってしまったとして、自ら琴を壊し、以後再び弾くことがなかったと伝えられている。そのため伯牙を描く絵は、伯牙の不機嫌な表情を描くものが多いのだそうだが、この池大雅の絵は、ごくご機嫌な表情の伯牙が登場している。よく見ると、たしかに筆とは違うタッチである。この他にも、「指頭画」といって、爪と指先に墨を付けて描くこともしたという。 Photo_20201115060501
 高士ではないが、やはり世俗的な気配を超えた自由の理想郷として描かれたのが「柳下童子図屏風」である。樹木を水面に映す穏やかな川にかかった橋の上に、二人の童子が川面に見入っている。川の水中から、魚かなにかを漁ろうとしているのだろう。無心で邪気のないおだやかな表情である。ここでも背景の樹木の描写はとても丁寧で緻密である。
Photo_20201115060601  どの作品もよく見るととても丁寧に緻密に描かれているが、そのなかにそこはかとないユーモアが感じられ、独特の余裕というかゆったりとした雰囲気が感じられる。
 池大雅は、さまざまな山野を駆け巡ったあと、30歳ころに祇園の茶屋の娘であった町(まち)と結婚した。この妻とは相性がよく、町も世俗から離れたがる夫をよく支えたらしい。茶屋の常連客だった柳沢淇園に絵を学んでいた町は、やがて夫と一緒に絵を描くようになり、夫婦ともに風雅を好んで自由に生きたという。町の雅号「玉瀾」は、柳沢淇園の別号である「玉桂」から一字とって授けられたものであった。夫婦ともに、文人として和歌にも励んだ。
 池大雅は、現在の円山公園の場所に住み、弟子には大坂の木村兼葭堂などもいた。池大雅は、54歳で亡くなったが、彼の死後弟子たちが集まって、住居跡に「大雅堂」を建造して、彼の遺品と遺作を保管した。しかし明治初期に円山公園が造成されるときに取り壊され、所蔵品は池大雅記念館へ、そして平成期に多くがこの京都文化博物館に寄贈されたという。
 池大雅に直接会って、その風貌をよく知るという月峰が描いた「池大雅肖像」が展示されている。知的で頑固そうな、少し怖い風貌だが、交友ネットワークはずいぶん広かったらしい。


Photo_20201115060801

 これまで名前だけは知っていたが、作品を観る機会がほとんどなかったので、今回の展示会は私には印象深いものであった。

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