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京都洛西 松尾大社(上)

楼門と本殿
 雲一つないような珍しいくらいの秋晴れの日、はじめて松尾大社を家人と訪れた。
Photo_20201111060902   どういうわけかこれまで来たことがなかったが、阪急嵐山線の「松尾大社」駅の真ん前という交通至便の立地である。駅のすぐ前に大きな鳥居が聳え、鳥居をくぐると少し先に松尾山の緑と楼門が見える。
 楼門は、江戸時代前期の寛文7年(1667)建造された高さ11メートルの大きな古式の門である。間口(桁行)3間、奥行2間、正面の等間隔の間隔1間ずつの4本柱の中央の1間を通路とする「三間一戸」という様式である。装飾が少なく簡素でクラシックな、上品で美しい門である。
 まだ10月だが、早くも七五三詣に来ている家族連れも散見する。コロナウイルス流行の影響もあってか、全体の人出はさほど多くない。Photo_20201111060901
 この地は、古くは地元の人々が松尾山に神霊をみて、生活守護神として崇拝したとの由緒が伝えられている。5世紀ころに半島から渡来した秦氏がこの地に定住して、山城・丹波の両国を拓き、治水工事を行い、農業を定着させた。そして松尾の神を秦氏の氏神と仰ぎ、大宝元年(701)松尾山麓のこの地に社殿を造営した。京都で最古の神社であるという。秦氏は長岡京や平安京の開拓にも深く関わったとされ、皇族のこの社に対する崇敬も厚かったという。
 現在残る社殿は、室町初期の応永年間(1394~)に建造されたものを、戦国期の天文11年(1542)大修理したものである。建坪35坪、桁行3間、梁間4間の珍しい両流造りで「松尾造り」とも呼ばれている。箱棟の棟端が唐破風になっているのが大きな特徴である。柱・長押の直線と屋根の曲線の形状の調和、さらに木部と檜皮と柱間の白壁の色彩の調和が気高い美しさを実現している。なお、この本殿に続く釣殿・中門・回廊は江戸時代の建築だという。

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