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池大雅展 京都文化博物館(上)

 今年は残暑が厳しくてしかも長く、秋分に近づいてようやく最高気温が30℃を下回るようになった。そしてコロナ騒動で長らく京都が閑散としていたことを思い出しつつ、京都文化博物館に池大雅展を鑑賞した。新京極商店街と寺町通は、コロナ騒動の一段落と秋の4連休を迎えて、ようやく京都市街らしい賑わいを取り戻したように見えて、少し嬉しかった。Photo_20201114060101
 さてコロナ感染予防とて、京都文化博物館では展示会場に入る前には、マスク着用と体温のチェックを受ける。来場者は少なくはないが、どちらかと言えば地味な催しでもあり混雑して観にくい、などということはない。
 池大雅は、享保8年(1723)京都銀座役人の下役の子として京都に生まれた。すでに3歳で書をはじめ、その時の作品が、書いた内容そのままの「金山」(享保10年1725)と題して展示されている。さすがに書の優劣を問うほどのものではないと思うが、筆力がしっかりしていることはよくわかる。7歳のとき黄檗山万福寺で書を披露したところ、中国人を含む僧たちから「神童」と賞賛され、そのときの賛辞が「杲堂之偈」(享保14年1729)として展示されている。その神童ぶりが大和郡山藩の柳沢淇園に見いだされ、その薦めで文人画を習うことになった。
Photo_20201114060401  「慶子老舞踏図」という作品がある。これは舞踏の名人中村富十郎を描いたもので、すでに80歳にして洒脱かつ軽妙な踊りを見せる中村富十郎の雰囲気を見事に描き出している。
 池大雅は、中国の高士、すなわち知識階級に属しながら政治の世界を俗として仕官せず,民間に隠れて高潔に生きる人々に憧れ、在野の文人になることを目指した。董其昌の「万巻の書を読み万里の路を行く」の実践を励み、20歳代には仲間とともに全国各地の山岳を歩きまわった。富士山にも登頂した。後年、「万里の路を歩きまわることは実行したが、万巻の書は読めていない」と述懐していたという。
 中国から題材を得た典型的なものとして「寒山拾得図」がある。懸命に読書に打ち込んでいるのか、背を向けて熱中している寒山と、なんともにこやかにまん丸顔の拾得とが、円形をモチーフとして軽快に描かれている。
 「高士訪隠図屏風」は、草深い寓居に友人の高士が右手の川の橋を渡って来訪する場面を描いている。かなり古い絵なので色彩は鮮明とは言えず、瞥見しただけでは印象が薄いが、解説を読んでじっくり眺めていると、細部にまで実に緻密に丁寧に描かれていることが段々わかってくる。
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