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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(13)

6.第一次世界大戦
(2)第一次世界大戦時に発生した諸要因
 第一次世界大戦の末期に、インフルエンザのパンデミックが襲った。これは、ヨーロッパ各国に合計で何千万もの、とくに若者に死者を発生して、戦争の悲惨を拡大した。
 まるで突然変異のように、マルキシズムがユーラシア大陸を感染させた。それだけでなく、ヨーロッパ各国はさまざまな新規の極端なナショナリズム、あるいはファシズムなどに襲われた。
 経済的なペストともいうべき、ハイパー・インフレーションが、ドイツ・オーストリア・ポーランド・ロシアを襲った。ロシア・フランスvsドイツ・オーストリアハンガリーの対立を、バランサーたるイギリスが抑えきれなかったという問題もあった。
 ヨーロッパのなかでは、オランダ・スペイン・スイス・スカンジナビア諸国だけが中立であった。
 この第一次世界大戦のなかで、ドイツはさまざまな陰謀的手段を投入した。
・オスマン・トルコの参戦に際して「イデオロギー・ウィルス」ともいうべきプロパガンダとして「英仏に対するジハード」を唱えた。しかし英仏を倒すほどには盛り上がらず、むしろイギリスのアラブ・ナショナリズムの支援がオスマン帝国に動揺を与える結果となった。一方で、イギリスは、オスマン帝国内のアラブ主義者を離反させることに成功している。
・ロシア革命勢力たるボルシェビキをロシア国内で活動させることには成功し、実際にロシアを戦争から撤退させた。
・ドイツのカイザー・ウイルヘルム2世は、イスラムとオリエンタリズムに傾倒しており、またこの傾向は皇帝のみならずドイツの学者にも多かった。彼らは、インドのムスリムに叛乱させることを企てた。しかし、このジハード戦術も成功しなかった。ムスリムがジハードに集結する、というのはオリエント主義者の頭の中の希望的想像に過ぎず、実現すべくもなかったのである。
 一方でイギリスは、オスマン帝国内のアラブ人たちに接近し、彼らとアラブの独立を真剣に議論した。アラブ人たちは、オスマン帝国、とくにヤング・トルコの連中を近代化志向に過ぎるとして信用しなかった。彼らはオスマン帝国の下よりもイギリスを、さらにイギリス傘下よりも独立を切望した。

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