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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(11)

5.イギリス帝国の発展
(2)太平天国の乱
 ヨーロッパの帝国が鉄・鋼・ゴムなどを駆使して、武器・鉄道・船舶・海底ケーブルなどを製造し、陸・海にどんどん拡大しているとき、アジアにあった帝国、とくにオスマン帝国と清とは、どのように改革・変身すべきか悩んで停滞していた。
 しかも19世紀のヨーロッパは比較的平和であったが、中国は平和ではなかった。清の地方権力は地元の血縁的ネットワークが握っていて、中央政府は科挙で選抜・採用した官僚を期限付きで派遣して統治していた。このような官僚君主制であったが、そのもとで発生する官僚ネットワークの反乱が悪夢となった。18世紀末の白蓮教徒の乱に続き、19世紀中ごろの太平天国の乱は、2,000万人とも7,000万人ともいわれる途方もない死者数を出す大惨事となった。
 ネットワークの観点からみた太平天国の乱のポイントは以下の3点である。
①当初は周辺的な熱狂信者のカルトから発生した騒動であったが、やがて全国主要都市へウィルスのように感染拡大した。
②外国、とくにイギリスの干渉があった。
③内戦の荒廃は、中国の激しい空洞化を招いた。
 内戦の最中に、イギリスによりインドから大量の阿片が輸入され、ヨーロッパ各国から大量の武器が売り込まれた。首謀者 洪秀全 Hong Xiu Quanは、誤ったキリスト教理解にもとづき、自分をイエスの弟と信じて「神を礼拝する者の王国」の運動と称して自分をその支配者に据えた。結果は世界にも類を見ない悲惨なものであった。

(3)人々の大移動
 19世紀後半から、世界中で大量の人々が移動する、単に旅行するのでなく移住することが増加したのである。彼らが頼りにしたのは、ネットワークの進展によってもたらされた外国の情報であった。自分が悲惨な環境にいること、外にはもっと良い場所があることを知るようになったのである。
 単に情報と貧困だけでは大量の民族移動は生じない。必要なのは政治的混乱であり、革命と戦争は交通費が急激に下がるとき、移動の大きな要因となった。1840年から1940年の100年間に、ユーラシア大陸の1.5億人が移動したのであった。この結果、3つの過疎地域が発生した。
①ヨーロッパからアメリカへ5,500~5,800万人
②中国・インドから東南アジアへ4,600~5,200万人
③ロシアから満洲・シベリア・中央アジアへ4,600~5,100万人
 アメリカでは、自身もアイルランド移民であったDenis Kearneyが、カリフォルニア労働党を創設し、中国人労働者(Coolie)排斥を指導し、実際にかなりの中国人労働者が排斥された。大西洋側では、主にロシアからアメリカに流入するユダヤ人への排斥運動(anti semitism)もあった。

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