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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(8)

4.ヒエラルキーの復興
(1)フランス革命とナポレオン
 ネットワークを介した革命は、宗教・科学・啓発など広範囲に進展し、大きな成果を達成したが、唯一政治革命だけは、アメリカ独立を除いては理想的には推移しなかった。
 フランス革命の発生直後の熱狂のとき、すでにイギリスのエドムント・バーク(Edmund Burke)は、フランス革命がアメリカ独立よりもはるかに血なまぐさい悲劇であることを予見していた。果たして流血の大暴動がフランス全土に拡がりGreat Fearとなった。そこにナポレオンが現れて、この絶望的なアナキーを終わらせようとした。ナポレオンはジュリアン・ソレルのような道徳を持ち合わせていなかったけれども、幸運に恵まれ啓示を得た絶対主義者であると自認して最初の近代的独裁者となって、ともかくアナキーなネットワークを秩序あるヒエラルキーに戻した。
 やがてナポレオンが敗れ、ヨーロッパはオーストリア・イギリス・フランス・プロシア・ロシアの5つの帝国が、そのバランスの上に国際的平和を維持するという形となった。ウィーン体制である。キッシンジャーは、これを二人の才能ある外交家の成果であるとする。リベラリズムを認めない正統性の再建と反革命をめざすオーストリアのメッテルニヒ、そしてイギリスが5大国のバランサーとして貢献すると考えるイギリスのカールスレーである。この二人に対抗したのは、ナポレオンを直接破ったロシアのアレクサンドル1世であった。
 ヨーロッパは、フランス革命以前の七年戦争を最大の戦争とした後、19世紀を通じて第一次世界大戦まで世界的戦争はなかった。ウィーン体制の下で、5大帝国が正面衝突を避けてよく話し合ったといえる。平和を維持するためには、帝国(王国)の正統性を復活させる必要があり、そのために行われたのが古いネットワークたる王族間の血縁的ネットワークの再構築であった。ナポレオンが神聖ローマ帝国を走破してライン同盟をつくろうとしていたとき、破滅の淵にあったザクセン-コーブルク・ゴータ公国(Saxe-Coburg-Gotha)は、ちいさな公国ながら、積極的かつ果敢にロシア・イギリスなどヨーロッパ各国の王室と血縁を形成したことで有名であり、王族間の血縁的ネットワークの典型である。

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