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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(16)

7.独裁者と諜報活動
(2)Magnificent Five in Cambridge
 イギリスの知性の心臓部であるケンブリッジ大学のど真ん中に、ソビエト連邦のスパイ組織があった。すでに存在していた学術懇話会であったConversazione Societyのメンバーで、密かにMagnificent Five in Cambridgeと呼ばれた人たちである。
 当時ケンブリッジ大学には英国共産党の下、社会主義者は多数いた。Magnificent Five in Cambridgeは第一次世界大戦から1950年代にかけて、密かに情報をスターリンに報告し続けたのである。なんとしてもヒットラーを打倒するため、スターリこそが唯一のヒットラーに対するカウンター・ウェイトであると信じる人もいた。彼らの働きにより、1941年にはKGBにとってロンドンは世界でもっとも生産的な拠点となり、9,000種にのぼる書類がスターリンに供給された。1944年5月26日のノルマンディー上陸作戦についても、詳細な情報が送られていた。
 イギリス側には長らくカウンター・スパイが無かったことが、KGBに容易に入られた原因であったと分析されている。
 やはり激しいスターリンの弾圧下に、もうひとつの悲劇が紹介されている。ロシア、ソ連の高名な詩人アンナ・アフマートヴァ(Anne Akhmatova)である。彼女は若いころ新婚旅行で訪れたパリで、モジリアニのモデルを勤めたこともある女流詩人で国民に高い人気を誇ったが、スターリン体制下で厳しい弾圧を受けた。とくに第一次世界大戦のあとレニングラードを訪れたオックスフォード大学の若手哲学者アイザイア・バーリン(Isaiah Berlin)と、たった2度会ったことが当局から疑惑をもたれ、以後の彼女の生活に大きな苦難を強いることになった。この二人のふとした邂逅を密告したのが、Magnificent Five in Cambridgeのひとりであったブラント(Anthony Blunt)であった。

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