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H.R.McMaster"Battlegrounds",2020.9(19)

3.3.革命後の中国と習近平の大転換
 紫禁城ツアーの後、私は皇帝と中国の民衆との関係に思いをはせた。国家的ヒエラルキーと習近平と中国共産党が唱える「中国の夢」、すなわち富裕、総力、社会主義、国家の繁栄との隔たりである。中国は国力が大きくなると、それにつれて指導者の不確実性と恐怖が増大してきた。中国の専制制の歴史をたどると、国の繁栄は人口の増加、政治腐敗の増加、飢饉、反乱、内戦などの災難の組み合わせ、そして政治的な停滞、そして体制崩壊、というサイクルが見られる。
 紫禁城は、中国の復興と世界の中心国家への復帰の自信・確信を示すもののように見えるが、私にはそれは中国共産党の大きな野望とともに、深刻な脅えを現わしていると思える。私は、このときの経験から、ますます至急に、アメリカの対中国政策の基本方針を大転換しなければならないと感じた。
 習近平は、革命前の日本の中国侵略とその残酷さを話し、そこから中国国民を救ったのが中国共産党の革命だと繰り返し主張した。実際には、1949年革命のあと1976年に毛沢東が死ぬまでの間に、まちがった政治のために人為的な飢饉や政治的弾圧によって数千万人の国民を死なせたのであった。
 Henry KissingerがNixon大統領の突然の米中合意を導いてから6年後に、鄧小平Deng Xiaopingは毛沢東の跡を継ぐことに成功し、1978年から1989年まで、経済成長、政治の安定化、教育改革、そして現実的な外交に注力し、毛沢東の死後5年の1981年には中国共産党として、文化大革命は重大な失敗で深刻な損害を与えた、と声明した。この後、後継者たちも毛沢東主義を否定した。
 しかし2012年習近平がトップに座ると、毛沢東の評価を変更して「3段階の進歩」として、①毛沢東が「屈辱の世紀を克服」し、②鄧小平とその後継者たちが経済的豊かさをもたらし、③習近平が中国を偉大な国家に復興する、と唱え始めた。習近平は、毛沢東を独裁者ではなく救世主としたのである。
 習近平は、実は文化大革命で親族を殺され、自分も強制労働や拷問を受けるなど、酷い目に逢ったのだが、戦略的に毛沢東を批難することを避け通した。中国共産党の間違いを公認することは、自分の独裁の地盤である党の信頼を傷つけ、結局自分の基本的立場が危うくなることを考慮しての、周到な行動なのである。
 しかし歴史を修正しようとすると、習近平は従来以上に検閲の強化とナショナリズムの教育が必要になる。鄧小平の改革は、富をもたらしたが、同時にイデオロギーの分裂を招いた。鄧小平の「まず人民を豊かにする」「豊かになることは良いことだ」との発言以来、正統的共産主義と高度にグローバル化した経済との矛盾は、かつてない大きなものとなった。さらに、独裁制の下での資本主義は、腐敗とブルジョアを拡大・量産した。習近平は2012年に主導権を掌握すると、中国共産党のイデオロギーを再興し、強烈な愛国主義と国家的運命の修辞rhetoricを主唱した。

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