2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    
フォト
無料ブログはココログ

« 赤穂小旅行(6) | トップページ | 赤穂小旅行(7) »

2021年衆議院選挙への雑感

 自民党総裁選が9月末に行われ、新総裁に就任した岸田文雄首相は、衆議院議員任期満了寸前に、10月末の衆議院議員選挙を宣言して国会を解散した。まあごく普通の常識的な政権運営なのだろう。
 ただ今度の選挙に際して、表現のニュアンスの相違はあれども与党と野党を問わず、いずれも「富の再分配」を主張し、それが変革だと唱えている。このような政策構想が並ぶのは、まじめに考えるなら、あまり感心できるものではない。
 文科系の学会をはじめ世間一般では、「新自由主義」に対する反発が強いようで、それでは現在の「新自由主義」のなにが問題か、と尋ねると、たいてい「格差の拡大」という説明が一般的である。それではどう対処すべきかとなると、強大な資本主義資本と富裕者からカネを絞り上げ、持たざる者に富の再分配をせよ、ということになる。
 しかし私の観測では、これらは全般にフワッとした印象論で、具体的な説得性に欠ける。アメリカや日本をおもな対象として、ともかく「新自由主義」をなんとかしなければならない、というが、個別に「新自由主義」と「従来の自由主義」の違いを尋ねてもあまりわかり易い説明は返ってこない。「新自由主義」は、「新保守主義」と結託しているともいわれるが、「新保守主義」というコトバもいささか不分明である。1930年代のアメリカのニューディール政策では、それまでの自由放任主義に対して平等主義的傾向が強められ、その時代にはこの平等主義的政策こそが「新自由主義」と呼ばれた。それに対して自由放任主義への復帰を求める立場が「保守主義」とよばれることになり、その延長・発展としての1980年代のイギリスでのサッチャー主義(サッチャリズム)は、経済政策においては「新保守主義」的とされた。要するに、コトバに「新」を冠して運動や傾向を支持したり批難したりする表現法は、常にわかりにくさや曖昧さを導きやすく、政治においても十分注意が払われるべきだと思う。
 その観点から、このたびの岸田首相の「新しい資本主義」などというスローガンは、まずネーミングで落第である。さらにその内容が、所得の再分配と言うことであれば、ますます心配である。
 日本の戦後復興は、戦後期の日本政府の強力なリーダーシップにもとづく所得の再分配によって短期間に効率よく達成され、一億総中流社会も実現した。ただし、そのときは敗戦の焼け跡のゼロに近い貧困からの復旧であり、その意味で問題は単純であり、目標も全国民に共有されやすく、すべての国民が求める方向性が一致していた。再分配の問題よりも、その効用の方がはるかに大きいことが誰にも皮膚感覚で理解できた。しかし現在のわが国の状況は、問題ははるかに複雑化・多様化しており、全国民に共有されにくい。簡単な例でいえば、国民人口の最大比率を占めるに至った高齢者の利害と、なんらかの形でそれを支えざるを得ない相対的少数派の若年者層の利害の調整は簡単ではない。戦後の復興期と異なり、産業構造が製造からサービスに大きくシフトしたという側面もある。
 「富の再分配」というのは、要するに「持てる者」から「持たない者」へ、富(=カネ)を行政によって移動させる、ということだろう。これは、社会福祉の実現のために必要な要素である。しかし、国民の誰もが納得するような「再分配」の実現は、実は簡単ではない。「持たない人」をどうやって選別するのか、という点だけでもマイナンバーさえ徹底していないわが国では、大変な事務的負担=コストが発生する。マイナンバーが徹底して、前年度の所得を直ちに把握できるようにしたとしても、前年度に脱税したような人たちは、工夫を凝らしてさらに困窮を装うこともあるだろう。どうみても悠々自適としか見えない生活保護受給者も、現実に常に実在する。もっとも、これらさまざまな問題があるとしても、生活困窮者への経済的支援は、国の任務として必要ではある。ただ、安易に「国が支援したら解決する」という人たちが、どの程度まで現実の不正・不合理・事務コスト・技術的困難の程度を理解しているのか、私は不安である。
 「再分配こそが、国民の需要を喚起して、経済成長をもたらす」などと言うひともいる。所得不十分ゆえの不安から、国民が安心できず、消費を控えるのだ、という論理である。しかし多くの国民は、現状の野党を支持しないように、そんな簡単なことでないことがわかっている。十分な財源もなく再分配を優先して行うと、やがて国家財政が逼迫して分配もできなくなり、今より以上に困窮するとの不安がある。現在でも、コロナ騒動から緊急事態宣言などで事業停止に追い込まれた小事業者が補償金を支給されているが、実際に私が知る範囲で直接聞いた何件かの例でも、こんな状況がいつまでも続けられると信じている受給者は多くない。彼らは、ますます不安を募らせて、消費も一層切り詰める傾向にある。
 結局、経済成長を実現するためには、より効率の良い経済構造に進化していくことが必須であり、そのためには平常時にすら行き詰りつつある事業者は、現業から撤退して新しい事業に転換していくことを促すことが重要である。その方向での支援こそが政府に求められる。「新自由主義」であれ、「新しい資本主義」であれ、名前はどうでも良いが、正しい状況判断のもとに正しい方向に進まなければ、明日への改善は期待できないのである。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

« 赤穂小旅行(6) | トップページ | 赤穂小旅行(7) »

時事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 赤穂小旅行(6) | トップページ | 赤穂小旅行(7) »