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「発見された日本の風景」展(3)

ひとびとの暮らしへの視線
 そのような新しい視点は、外国人らしく自国には無い珍しいものを見出す、というまったくの客観的な視点から始まったようだが、やがて見る対象に距離的にも心理的にも接近する態度をもたらした。Photo_20211103063301
 イギリス人探検家・紀行作家イザベラ・バード(1831-1904)は、明治11年から2年弱にわたって日本を単身旅行し、東京、日光、新潟から日本海側をたどって北海道へ、また神戸、京都、伊勢、大阪など、都市のみならず普通の日本人が足を向けない辺鄙な地域まで踏破し、貴重な記録として『日本奥地紀行』を著わした。バードのみでなく、日本を訪れた画家たちも、日本人庶民の暮らし向きにまで興味を持ち、日本人の日常生活を描いた。とくに「子守」には多くの画家たちが関心を抱いて、絵の対象とした。イザベラ・バードは、幼い子供の子守をたくさん見て、日本の幼児の「賢さ」を認めた。


  Photo_20211103063401 満谷国四郎「傘をさす子守の少女」が展示されている。満谷国四郎(1874-1936)は、岡山で生まれ、幼少期から絵の才能を認められ、東京に出て五姓田芳柳に師事し、次いで小山正太郎の画塾「不同舎」に苦学して学んだ。明治31年(1898)油絵「林大尉の死」を発表したとき、明治美術館創立十周年記念展の会場に明治天皇がたまたま見に来られ、その絵の前にしばらく立ち止まられて感激され、たいへんほめたたえられたと伝える。たしかに、絵の写実性、描く対象に対する忠実さということでは、とてもレベルが高いと思う。水彩画でこれだけの写実的な表現ができることに感銘を受ける。
 笠木治郎吉「牡蠣を採る少女」も、同様に水彩画の精緻さに驚く作品である。これは今回の展覧会パンフレットの表紙に採用されている。

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