2022年1月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト
無料ブログはココログ

« モダン建築の京都展 京都市京セラ美術館(4) | トップページ | モダン建築の京都展 京都市京セラ美術館(6) »

モダン建築の京都展 京都市京セラ美術館(5)

5.都市文化とモダン
 1920年代以降になるとヨーロッパやアメリカでは、ル・コルビュジェなどを典型とする機能性や合理性を重視して装飾を極端に省き、鉄筋コンクリート造や鉄骨造によるモダニズムと呼ばれる簡素な形態で抽象性の高いデザインの建築が流行しだした。しかしわが国の場合、これらのモダニズム的な建物は結果として普及せず、かなり保守的な伝統的美意識を必須要素として導入する、様式性を尊重した建物が依然として主流であった。とくに京都においては、そこはかとない京都らしさが隠し味のように強く求められていたように思える。必ずしも大きな建物に限らず、地元の工務店が設計したものが、洋風や抽象化されたモダンさのなかに、手作りの和風タイル、花鳥風月をテーマとしたステンドグラス、細かいところは象嵌細工などなど、和風の要素が取り入れられている建築物が多数ある。京都のひとびとが求めた近代建築は、「古くて新しいもの」であったようだ。Photo_20211119061501
 三条通りに面した京都文化博物館の建物は、もとは日本銀行京都支店として明治39年(1906)に竣工したもので、辰野金吾とその弟子の長野宇平治の設計による。イギリス風の煉瓦の表し仕上げ(あらわししあげ)で外観を統一し、壁面を白いストライプで飾る、いわゆる「辰野式」である。ルネサンス様式から、建物頂部や上部に、円柱やアーチ、ペディメントの要素を取り入れ、壁面にはゴシック風のバットレス(控え壁)を配置している。全体としては辰野式の様式にまとめつつ、巧みにさまざまな様式を部分的に折衷しているのである。
 日本銀行京都支店が河原町二条に移転した後、昭和43年(1968)から平安記念館として使用され、昭和44年(1969)から現在の京都文化博物館として使用されている。
Photo_20211119061601  四条大橋の西詰南側に、東華菜館という中華料理店のビルがある。これはかつて四条大橋の近くで八百屋を営んでいた「矢尾政(やおまさ)」のビアレストランの新店舗として、大正15年(1926)竣工した建物である。2代目店主であった浅井安次郎がウイリアムス・メレル・ヴォーリズに設計を依頼した。鉄筋コンクリート造の5階建てで、塔のように垂直に聳えていて、四条大橋付近のランドマークとして市民に親しまれている。外壁はテラコッタで装飾が施されたスペイン風で、とくに玄関付近には、魚、イルカ、タコ、ホタテ貝、巻貝などの魚介類をモチーフとしたレリーフが並ぶ。
 店主の浅井は、中国山東省出身の友人于永善にこのビルを譲り渡し、戦後に中華料理店「東華採館」となって現在に至っている。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

« モダン建築の京都展 京都市京セラ美術館(4) | トップページ | モダン建築の京都展 京都市京セラ美術館(6) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« モダン建築の京都展 京都市京セラ美術館(4) | トップページ | モダン建築の京都展 京都市京セラ美術館(6) »