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ボイス+パレルモ展 大阪国立国際美術館(2)

ボイスの初期のアクションと彫刻
Photo_20211201064101  ボイスは、早くも1961年に40歳にしてデュッセルドルフ芸術アカデミー教授となったが、本格的に作品を発表するようになったのはそのころ以降だという。それまでに「フルクサス」と呼ばれる前衛芸術の運動に、ボイスも参加していた。「フルクサス」とは、建築家ジョージ・マチューナスが提唱した前衛芸術運動で、美術、音楽、詩、舞踏など分野の別にこだわらず、広い芸術ジャンルにまたがって、新奇なインターメディア表現、シンプルで意味を限定しない表現、ユーモア・ウィットのある表現、ゲーム性を好んだ表現などを展開していた芸術運動であった。1964年7月、アーヘン工科大学で、フルクサスのイベントとして、「新芸術フェスティバル」が開催され、この場でボイスは「クーカイ、アコペー─ブラウンクロイツ、脂肪コーナー、モデル脂肪コーナー」という奇妙な題名のアクションを行った。演奏しながらピアノの音を歪めたり、電熱器で脂肪の塊を溶かしたり、参加者が意味を理解しにくいアクションを次々に演じていたが、そこへ突然ひとりの学生が乱入し、ボイスは殴られて流血した。しかしボイスはその後、敢えて鼻血を垂れ流したままキリスト像を掲げローマ式敬礼をするなど、あたかも自己神話化をめざすかのような振る舞いをしたことが、記録フィルムとして展示会場で放映されている。
 その翌年1965年11月には、デュッセルドルフの画廊で、自分の作品の前で死んだウサギを抱えて徘徊し、ウサギにそれを鑑賞させようとしているかのようなアクションを演じた。ボイスは、自分の頭髪にハチミツを塗り、頭と顔面には金箔を貼り、腕にウサギの死体を抱き、そのウサギに語り掛け、それにウサギが応じて頷くかのようにウサギを動かしている。最後の場面では、死んだウサギだけか残される、そんな短い短編の記録映像である。
 Photo_20211201064102 1967年の作品に「ユーラシアの杖」という、彫刻がある。彫刻といっても、造形のために材料を彫り出すのではない。厚めのフェルトでびっしり巻かれた4本の4メートル近くもある長い鉄アングルと、同じような長さの銅製のパイプである。解説によると、4本の鉄アングルは動物(鹿)の四つ脚で、銅パイプは杖を象徴する、とある。題名のユーラシアは、ユーラシア大陸全体ではなく、シベリアの凍てついた大地を意味し、その酷寒に堪えようとするフェルトに覆われた長い脚と、たどたどしい歩みのための長い杖の象徴なのだという。しかし、その寸法といい、単純過ぎる形状といい、私には説明なしではそのように解釈できるものではない。

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