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モダン建築の京都展 京都市京セラ美術館(7)

7.モダニズム建築の京都
 西欧では、20世紀前半にル・コルビュジェを代表とする「モダニズム」という建築様式が展開した。それまでの古代ギリシア・ローマ風の円柱をもった重々しい特徴的な装飾と色合いをまとった優美な様式から離れ、産業的な精神を軸に過去から自立し、科学の時代に適合した新しい様式を求めた。科学的裏付けをもった採光、照明、ガス、電気、水道、電話など機能的なインフラや装置をふんだんに取り入れ、そこで生活するひとびと、仕事するひとびとの安全と便利を最大化する合理性が特徴である。建物の形状としては、ごくシンプルな直方体であることも多い。
 このモダニズム建築と京都との関係を振り返ると、その導入の予兆を感じさせる戦前と、モダニズムを受容しつつもそれを進化させ日本の風土になじませようと努力を重ねた戦後とに大別できそうである。Photo_20211125062101
 西欧モダニズムの受容期の一例として、京都帝国大学花山(かさん)天文台があげられる。これは、京都大学の天文学研究設備として大学構内にあった天文台を、昭和4年(1929)東山の花山山頂に新設したもので、設計の主導者は京都帝国大学建築学科第一期生の大倉三郎と推察されている。半球、半円、円柱、直方体といった幾何学的形態の組み合わせによって全体が構成されている点にデザインの最大の特徴がある。その一方で、エントランスホールは、複雑で変化に富んだアール・デコ風の意匠を採用している。
1_20211125062101  モダニズムと日本あるいは京都との折衷と融和を模索した様式の典型と思われるのが、昭和41年(1966)竣工した国立京都国際会館である。設計は、丹下健三の片腕としても活躍した大谷幸夫で、公開設計コンペの195点の応募作に対して勝ち取った作品であった。この建築の最大の特徴は、断面図に現れる台形あるいは逆台形の、鉄筋コンクリート製の巨大な柱で、これらが空間を貫いていることである。このすべてが傾いた外壁面で、一見奇抜で荒々しい外観が、実は宝ヶ池や周囲の山並みなどの自然環境とみごとに調和するように考えられている。内部のメインホールやメインラウンジも、独創的なデザインで伝統とモダニズムの調和が実現されているそうだ。一見奇抜だが京都の風情に意外に融合する、ということでは原広司が設計したJR京都駅ビルを連想する。
 この展覧会は建築がテーマなので、絵画や彫刻のように作品の実物を鑑賞することはできず、写真や模型を眺めて説明文を読む、ということになり、極言すれば書籍を学ぶのと大差ないとも思われるが、こうして多数の大型写真、大型模型を並べた展示場のなかにいると、あらためて京都には近代以降のみでも多数の芸術的建造物がたくさん残っていることに感銘を受けた。安藤忠雄が言っていたが、建築は芸術だが、そこはヒトが住まったり活動したりする場所でもあり、その観点からの実用性は絶対的に要求されるので、本来的に自由度には限界がある。たとえば住宅であれば、立地環境に適合して、住まうヒトが満たされて、はじめて価値ある住宅建築となる。吉田山にある旧谷川住宅群のうちの一軒に現在住んでいる夫妻が、フィルム展示映像で話していたが「私たちは、ここに家を購入して住んでいるが、気持ちとしては京都のこの環境に住まわせてもらっているので、住まいをお借りしている意識だ。生活の快適のために安易に家屋に手を加えたりせず、そのままで居続けることがもっとも満足できる。」との言葉は印象に残る。
 私は、これから先何年生きるかわからない老人の身だが、幸い京都は近いので、今回知った京都の近代建築を、ひとつでも多く訪れたいと思った。

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