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高槻ジャズストリート2023(4)

【2日目】高槻市第一中学校グランドから高槻市立桃園小学校へ
 2日目は少し遅く、高槻市第一中学校グランド午後3時開演の「前田サラ& The Funky Crew」のFunky音楽から聴き始めた。The-funky-crew
 リーダーでサックスの前川サラは、プロテスタント教会牧師かつ音楽家の父、音楽好き母の間の、6人兄弟の長女として誕生した。小学4年生のとき神戸に移りドラムの演奏を始め、父の教会で演奏を勤めた。
Photo_20230515055901  中学生時代からサックスを始め、16歳で東京に移り、高校に進学せずアルバイトで家計を助けながらサックスの演奏に専念し、家族とともに教会やストリートで演奏するようになった。17歳のころから東京のライヴ・ハウスのセッションに積極的に参加し、さまざまなミュージシャンとの交流を重ねた。19歳で、自身がリーダーとなってバンドを結成し、プロとして活動を始めた。教会のイベントで渡米したときに、世界的なサックス・プレイヤーのロン・ブラウンと知り合いサックスのレッスンを受け、さらに帰国後もSkypeを通じてのレッスンを2年間受けたという。Photo_20230515060001
 演奏は、ヴォーカルのシャウトのような感じで、全身で情熱的に演奏する。エネルギッシュで、なかなか迫力がある。通奏低音のリズムが聴く者の心臓周期に近いことは、情緒的にも共鳴しやすく、訴える力が増すように思えることを実感した。
 その後、10分余り速足で歩いて、今度は高槻市立桃園小学校グランド会場に移動した。
Photo_20230515060002  ここは毎年FMcocolo765が提携している会場で、メディアに頻出する有名な演奏者がしばしば登場する野外会場である。この日も、私が訪れた会場のなかでは、もっとも混雑していて、後から来た私たち新参者は、聴衆エリア周辺の土間の上に座り込んで、大勢の聴衆の頭の隙間から舞台を見つめることになった。
 ここでは、「山中千尋トリオ」のピアノ中心のバンドを聴いた。
 山中千尋は、福島県郡山市に生まれたが、中学卒業までの幼少期を群馬県桐生市に過ごしたためか、自身の故郷を群馬として、コンサートを「八木節」で締めることを習慣化しているという。桐朋学園音楽大学を卒業後、バークリー音楽院に留学、主席で卒業してプロデビューした。まもなく活動をアメリカに拡大し、全米ジャズチャートでトップとなった。世界的にトップレベルの評価を得ているジャズピアニストである。Photo_20230515060201
 演奏は、「イパネマの娘」から始まり、「Summer time」などのスタンダードが続いて、いつものように聴衆の合いの手を求めての「八木節」で締めた。ただ、最後に少し時間があると言って、ニューヨークの自身のコンサートでの実話に基づく短いオリジナル曲が演奏された。ある難病の幼い女の子が、山中千尋の生演奏を聴くことができたことを「今日は特別の日」と言ってとても喜んでくれたことを「Today’s another day」というタイトルの短編楽曲に制作したのであった。
 山中千尋の演奏は素晴らしかったが、伴奏のギターやドラムはアンプで音量を上げれば十分通用しても、さすがに高音域の成分が音のキレに影響するピアノの場合は、大型スピーカーではどうしても高音域の伸びが抑制されてしまうのか、よく言えば音がまるくなる、厳しく言えばせっかくの演奏のキレがなくなる、ということはやむを得ないと思う。やはりピアノの真骨頂は、室内演奏が望ましいのだろう、と素人なりに思った。

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