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エゴン・シーレ展 東京都美術館(9)

シーレの表現の変遷(上)
 オーストリアでシーレより少し前から活躍していた画家に、オスカー・ココシュカ(1886~1980)がいる。
2_20230525073301  ココシュカは、シーレとともにウィーンの表現主義を代表する画家であった。ココシュカは少年時代をウィーンで過ごし、1909年までウィーンの工芸学校で学んだ。20歳代には、建築家ヨーゼフ・ホフマンの主宰した「ウィーン工房」に参加し、画家、版画家、詩人、劇作家として活動した。また、挿絵入り詩集を発表し、当初は画家というよりは詩人、装飾美術家として知られていた。
 1910年、表現主義の雑誌『シュトルム』(嵐)の発行人であり、同名の画廊の経営者でもあったヘルヴァルト・ヴァルデンの招きで一時ベルリンに滞在し、『シュトルム』誌の同人にもなっている。当初、ウィーンではあまり評価されないどころか、反感を買っていた。
 作曲家グスタフ·マーラーの未亡人と恋愛関係となるが、彼女と別離した後に自暴自棄となり、陸軍に入隊し重症を負う。その後、ドレスデンの美術アカデミーで教鞭とり、後進を育成した。人間の内面を鋭くえぐるココシュカの作品は、激しい情念を投影するかのような大胆な筆致と分厚く塗り重ねられた絵具を特徴とする。
 オスカー・ココシュカの「ハーマン・シュヴァルツヴァルト2世」(1916)が展示されている。Photo_20230525073701
 シーレの晩年の作品に「カール・グリュンヴァルトの肖像」(1917)がある。
 カール・グリュンヴァルトは繊維業を営む美術愛好家であり、第一次大戦中にシーレが兵役に従事したときの理解ある上官であり、後にはパトロン(後援者)にもなった人物である。
 この作品では、虚飾をそぎ落とした鋭く力強いデッサンと渋みのある色彩によって、人間の内面まで浮き彫りにしようとしている。しっかりと組み合わせた両手と、落ち着いた表情が印象的な肖像画である。モデルが腰を掛けている椅子は暗い背景に溶け込むように描かれ、人物そのもの存在が際立って見える。シーレはさまざまな角度からのデッサンを行ったうえで、最終的にはモデルを正面からではなく俯瞰するような視点から描いた。
 この作品では、それまでのシーレの表現主義的な難解さは少し後退し、自然主義的な写実性が出ている。シーレはこの作品を描いた1年後、28歳の短い生涯を閉じることになる。

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