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佐倉散策(4)

旧堀田邸
Photo_20230504054401  3軒の武家屋敷を見学したあと、国道296号線成田街道に出て、少し坂道を上ったり下ったりしつつ30分ほど東方向に歩き、南面の斜面にある「さくら庭園」の北側に建つ「旧堀田邸」に向かった。
 この邸宅は、佐倉藩の最後の藩主であった堀田正倫(ほったまさとも)が、明治初期に建てた屋敷である。Photo_20230504054501
 明治維新の後、明治4年(1871)廃藩置県で東京在住を命ぜられて佐倉を離れた堀田正倫は、明治20年(1887)宮内省から華族の地方移住が認可されると、すぐに旧領地の佐倉に戻り、地元の農業と教育の新興に尽力した。この地に邸宅を構え、明治23年(1890)邸宅周辺に堀田家農事試験場を造営した。学問振興のための奨学会を創り、当時の佐倉中学校(現在の県立佐倉高校)への寄付を行った。
1691  堀田邸は、堀田正倫の私邸として明治23年(1890)竣工した。明治43年(1910)には湯殿が増築された。現在は、主屋、門番所、土蔵などの建物と庭園が残されている。
 主屋は、木造平屋が主で一部が2階建ての5棟から成り、伝統的な和風様式である。明治期の旧大名家邸宅として、全国的にも希少な現存する建築物であり、平成18年(2006)重要文化財に指定された。1695
 旧堀田邸の主屋は、玄関棟、座敷棟、居間棟、書斎棟、台所棟、湯殿から成っていた。現在は台所棟の大部分が解体されている。全体として、身分や格式を意識した造りとなっている。たとえば、5カ所(現在残るのは3カ所)の出入り口は、それぞれ出入りする時期やひとの違いによって細かく使い分けがされていた。多数の部屋の床の間の後ろごとにトイレがあり、部屋ごとに厳格に使いわけがされていた。壁土や釘隠しも、場所ごとに使いわけがある。
Photo_20230504054601  丘陵斜面に建つ屋鋪の南面は、高崎川や対岸の台地を見降ろして借景とし、芝生、松・サルスベリなどの樹木、景石や灯篭などが美しく配されている。平成27年(2015)国の名勝に指定された。
 半日の散策であったが、道は傾斜が多く、散策はかなりタフであった。近世の日本史を少し勉強した私にとって、徳川時代を通じてもっとも多数の老中を輩出した譜代佐倉藩は、やはり興味があり、いちどは佐倉を歩いてみたかったのである。佐倉城跡は、この2日前に訪れた駿府城公園と異なり、建物がいっさい残っていない公園ではあったが、それでも跡地の景観から、私なりにお城の雰囲気が多少は理解できたように思えて、満足できる散策であった。

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