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エゴン・シーレ展 東京都美術館(7)

シーレの結婚と女性像(上)
Photo_20230523053901  1914年、ウィーンに戻ったシーレは、通りを挟んだ向かい側に住んでいた中産階級職人の娘、ハルムス家のエーディトとアデーレ姉妹と知り合った。シーレはどちらかと結婚することを考えたうえで、エーディトを選択した。シーレによれば社会的に許される人間を選んだとしているが、実際のところはエーディトと恋人ヴァリの両方を繋ぎ留めたいと考え、年に1回それぞれと2人でバカンスに行くなどの妥協案を2人に提示したが、当然ながらそんなことが受け入れられるわけもなく、またヴァリは2人の前から去った。ショックを受けたヴァリは二度とシーレの前に現れなかった。シーレはこの時の経験を「悲しみの女」(1912)として、絵画に描いている。その後ヴァリは従軍看護婦としての訓練を受け、クロアチアに派遣されたが、1917年に派遣先で23歳の若さで病死した。その「悲しみの女」(1912)が展示されている。
 この作品のモデルは、1911年から15年にかけてシーレの恋人であったヴァリ・ノイツェルである。クローズアップで描かれた女の肌は青白く、頬はこけ、大きな瞳は涙でうるんでいる。いびつに描かれた黒いスカーフの向こうには、神経質そうな表情の男の顔がかいまみえる。彼女の思考がこの男で占められていて、彼女の悲しみの原因がこの男にあることが示唆されている。当然、この男はほかならぬシーレ自身であり、不穏な描写に二人の複雑な関係があらわれている。ふたりの人物を重ねて描きこむことで、属性の入替で心理を描写しているのである。
Photo_20230523053902  「母と子」(1912)がある。
 画面の構図設定としては、キリスト教絵画の伝統的な聖母子像を思わせる母と子の絵である。しかし、目と口をしっかりと閉じた母親の表情は冷たく暗く、世界との断絶、あるいは死を感じさせる。一方、目と口を見開いたこどもは恐怖心をあらわにしている。シーレの母子像は、平和や愛情の象徴というより、むしろ死や不安をほのめかす作品が多い。この作品においてシーレは、明らかに筆ではなく敢えて指を使って描いていて、一部に指紋が残っている。

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