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高槻ジャズストリート2023(3)

【1日目】大スタジオから太陽ファルマテックホールへ
 この後、セッション合間の休憩時間の明るい照明のお陰で家人をみつけることができて、後の演奏は一緒に鑑賞できた。
 大スタジオでは、ポップスの篠原良知の演奏が続いた。篠原良知(しのはら よしとも)は、大阪芸術大学舞台芸術学科講師を務めるアーティストで、18歳よりシンガーソングライターとして、本格的なプロ活動をスタートした。これまでに後進への指導として、桐谷健太(俳優)、山本彩(NMB48)など、多数の若手歌手を育てているという。
Photo_20230514054601  「MaMaMee」という女性3人組のポップスの演奏がつづき、その後「西村琴乃Quintetto」のサックス中心のジャズがあった。西村琴乃(サックス)、佐藤勇作(ピアノ)、井野アキラ(ギター)、西野寛之(ベースギター)、塩入基弘(ドラム)のクインテットである。
 西村琴乃は、京都府出身のサックス奏者である。大阪音楽大学音楽学部器楽学科を卒業、いくつかのコンクールで受賞し、スムースジャズに憧れてアドリブの勉強を始めたという。
 メリハリの明瞭なすっきりと落ち着いた、上品で心地よい演奏であった。とくに「笹舟」というオリジナルでは、ソプラノサキソフォンで尺八を連想させるかのような繊細な和風の雰囲気を醸して、あたたかな優美な演奏であった。
 会場を、隣接する太陽ファルマテックホールに替えて、曽根麻央のジャズを聴いた。Photo_20230514054602
 太陽ファルマテックホールは、昭和28年(1953)印刷用インクの製造会社であった「太陽インキ製造株式会社」から発祥して、ハイテク/エレクトロニクス用化学材料・部品へ事業拡大してきた太陽ホールディングス株式会社がスポンサーとなっているホールである。
 「木のぬくもりを感じさせる205席のコンサートホール」を謳い、壁面を囲む木ルーバー、サイドバルコニーからは公園の緑が見え、木の色と質感を重視したシックな雰囲気のリラックスできる空間を実現している。ソロやアンサンブル、とくにピアノ独奏などのこじんまりした演奏会、小規模な舞台公演、講演会など、誰もが利用しやすい規模のホールを目指しているという。
 曽根麻央は、両親が音楽家、父方の祖母は三味線奏者、母方の祖母はジャズ喫茶の元オーナーという家庭に、1991年生まれた。幼少期よりピアノを始め、8歳でルイ・アームストロングに憧れてトランペットを始め、9歳から地元たる千葉県流山市周辺で音楽活動をスタートした。18歳でバークリー音楽大学より全額奨学金を授与されて留学のため渡米し、2016年同大学の修士(Master)課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業した。
Photo_20230514054701  トランペッター、ピアニスト、作曲家として活動している。また、トランペットとピアノの同時演奏という独特なスタイルでも知られている。「小曽根真、上原ひろみに続く逸材」とも評価されているそうである。
 「酒とバラの日々」からはじまり、ガーシュインのナンバーなど数曲が、いきなり始まった。いずれも、繊細で丁寧で、音量が大きくなくともしっかりエネルギーを感じる素晴らしい演奏である。そして「Always and Forever」という楽曲を、持参してきたトランペットをピアノ演奏とともに演奏する、という楽器の二刀流を聴かせてくれた。こんな大変なことを、ひとりでいちどにやってしまう、という感動は、最近のMLB大谷翔平選手と同様なものだろう。
 MCトークがほとんどなく、手短に楽曲名を告げるのみで、ほとんどの時間を演奏に費やしたこともあり、とても密度の濃い充実した時間であった。

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