デザインとアート展 中之島美術館(7)
インターメディアから布張り彫刻そして環境芸術へ 山口勝弘の展開(下)
これらの作品は、ニューヨーク近代美術館の「新しい日本の絵画と彫刻展」(1965年)に選出されるなど、世界的にも高い評価を受けた。1965年以降はアクリル樹脂を素材とした光の彫刻作品へと移行し、さらなる新境地を切り拓いた。そこでは、新しいテクノロジーの象徴としての新素材が巧みに造形表現に取り入れられ、「環境芸術」という新たな概念を提示する試みとして注目された。
1970年に開催された日本万国博覧会では、三井グループ館の総合プロデューサーを務めた。その手腕は、パビリオンの建築計画からマルチメディア・コンテンツの演出、鑑賞装置の設計など、様々な場面において発揮された。同時期、次第にビデオによる芸術表現に注目するようになった山口は、1971年に小林はくどう、中谷芙二子、かわなかのぶひろ、松本俊夫、萩原朔美など、アーティスト仲間と共にグループ「ビデオひろば」を結成した。そこではビデオメディアを、従来の映像メディアとは異なる「社会的なメディア」として捉え、その新たな可能性を展望しながら様々な実験的試みが展開された。これ以降、ビデオメディアを中心とした表現活動を行っていくこととなり、以後数十年にわたって日本のビデオアートの第一人者として活躍した。またアーティスト活動を行う傍ら、1977年に筑波大学の教授に就任し、芸術専門学群総合造形領域において後進の指導にあたった。
作品制作と並行して、1950年代からアートとテクノロジーについての研究・評論活動を行ない、膨大な数の記事や論文を発表している。また、これまでに10冊の著書を出版している。2000年には「電子的環境に包まれた今日社会の環境を見つめ直し、専門分化された芸術・デザインの領域を総合的な視点で再検討する」ことを目標に掲げ、自らが発起人となって「環境芸術学会」を設立し、初代会長を務めた。
インターメディアあるいは環境芸術としては、内田デザイン研究所を主宰する内田繁の作品もある。「TENDWERLY」は、室内照明でのアートを展開している。
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