京都国際写真祭2023(6)
【2】堀川御池ギャラリー
京都芸術センターを出て、そのすぐ前の室町通を御池通まで北に上がった。室町通は歴史的に由緒ある通りなのだが、さほど広くはない。10分ほどで御池通に突き当たり、左に折れて堀川通に向かった。御池通と堀川通との交差点北東側角に、堀川御池ギャラリーがある。これは京都市立京都堀川音楽高等学校の施設で、音楽や美術などの催しに利用できるきれいな建物である。
さきの大戦後の昭和23年(1948)京都市立堀川高校に音楽課程が設立され、まもなく専攻科を設置して、昭和27年(1952)京都市立音楽短期大学となった。この短大は、現在京都市立芸術大学の一部となった。もとの音楽課程は、平成9年(1997)堀川高校から独立して京都市立音楽高等学校となった。2010年この地に新築移転して、校名を京都市立京都堀川音楽高等学校に変更したのであった。
西村祐馬 Savepoint
西村祐馬は、2018年日本大学学芸学部デザイン科を卒業したアーティストである。個人の存在を未来まで遺すためのアートを目標とする。未来学者であるケビン・ケリーやレイ・カーツワイルなどから影響を受けて、人類の進歩とテクノロジーの進歩がどのようなメリット・デメリットをもたらすのか、漠然とした未来像から写真を通して日常の光景へと投射する。外身と中身の構造を考察することで、ヒトがクローンやAIなどによって精神と肉体の関係から解放されるなら、その次のヒトの在り方を訴えることを目指す。
影響を受けたとされる未来学者は、いずれも科学進歩に楽観的な人たちなので、おそらく彼の未来に対する見方も、悲観的ではないのだろうと想像する。
今回の展示では、①Daily life in the bottle,②Touched (Skin)のふたつである。
Daily life in the bottleは、作者が愛した日常の光景を、明るい未来に遺すためにその写真を瓶詰にする、というものである。作者の想いと願は写真のうえに凝縮され、精神へと返還される。瓶は肉体が亡くなった後も、その精神を護り続けるメッセージ・ボトルとなる、という。
Touched (Skin)は、作品たる写真に直接手でふれて鑑賞する。触る、触れるという行為は、人類の存続に必要不可欠であり、触らせることでメディアと身体との物理的境界を取り払い、人類が忘れてはいけない親と子、愛する人々と触れ合う感覚を写真として遺すのである。
これまでにも、とくに盲人を対象として、触らせるアートはさまざまに存在していて、コンセプトそのものは特段新しいものではないだろう。ただ、写真の素材の質感を工夫して、接触感覚を創生したのが新しいのかも知れない。台紙はごく薄いようだが、実際にその質感から荒れた皮膚の感触を感じることができるのは興味深い。
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