「走泥社再考」展 京都国立近代美術館(1)
走泥社(そうでいしゃ)は、昭和24年(1948)八木一夫、鈴木治、山田光、松井美介、叶哲夫の5人が発足人となって京都で結成された陶芸芸術革新を目指すグループであった。彼らはいずれも京焼の伝統的な窯業地である五条坂周辺で活動していた若手作家であった。
「走泥社」の名は「蚯蚓走泥紋(きゅういんそうでいもん)」、すなわちミミズが泥を這ったような文様を特徴とする、中国宋代の陶芸様式の名から取られている。
平成10年(1998)「創立50周年記念走泥社」展覧会(京都市美術館)の開催を最後に解散するまで、50年間にわたってわが国陶芸界の革新を牽引してきたとされる。今回の展覧会は、とくに大きな貢献をしたとされる前半期の1973年ころまでの作品を展示している。
1.前衛陶芸のはじまり
走泥社発足当時は、伝統的な京焼の造形に、パウル・クレーやジョアン・ミロなどの影響が見られる絵付けを行った作品を発表していた。たとえば八木一夫「二口壺」(1950)がある。壺という機能を保持しながら、現代絵画風の形状や装飾が施されている。
わが国古代の陶器からヒントを得て、造形した花器もあった。その一例として、宇野三吾「ハニワ形花器」(1950年ころ)がある。
これらは、思い切った新しい意匠を導入するという意欲に満ちていたが、それでも伝統的陶磁器の文化として、実用器の範囲をまだ出てはいなかった。
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