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ユトリロ展 美術館「えき」(8)

色彩の時代(下)
 また、20年前の作品と同じものを描いたものとして「聖トマス教会、モンマニー(ヴァル=ドワーズ)」(1938-40)が展示されている。20年前の絵では、専ら屋根の面の描写、とくにその色の組み合わせが目を惹いたが、ここでは建物全体の均整が図られ、また樹木も明るい緑が目立ち、20年前の暗い枯れ葉と著しい対照を示している。生活の安定化、名声や地位の向上などが関係しているのだろうか。Photo_20240219054701
 生涯にわたってアルコール依存症に悩まされたモーリスは、1955年11月5日、ダックスのホテル・スプレンディッドにて肺炎で、71歳で死去した。
 私はこれまで、モーリスがほとんど終生にわたって、そこまでアルコール中毒に悩まされていたことを知らなかった。また、家族の愛情に飢え、絶望感、そして喪失感があったのだろう。あらためて眺めると、彼の苦悩の影が、彼の絵のなかにいくつも見いだせる。
 モーリスは、たくさんの絵を描いたが、人物像や肖像画を一切描いていない。やはり人間に対する渇望とともに、深い不信感や絶望があったのではないだろうか。
 それにもかかわらず、彼が描く街の建物は、ほとんど人物が描かれないのに、明らかに人間の存在、人間の匂いがする。彼がこだわったマチエールに満ちた白い壁は、刃物で切りつけたら今にもヒトの血が溢れてきそうな感じさえするのである。「パリを愛したユトリロ」というキャッチフレーズがよく用いられるが、彼が街の景観を愛するのは、明らかにそこに住む、生活する人間の存在を前提としているに違いない。このような感想は、こうしてまとめて個展で観る以前から、なんどか断片的にユトリロ作品を観た時から、漠然と感じていたことであった。今回、ユトリロの個展をじっくり観て、その要因がようやくわかるとともに、これまでの感想を確信した。
 「白の時代」において、ユトリロは絵のバランスなど考えていない。しかし建物の壁は、まるで人間の肌を描くように、表面の微妙な光や影、そして感触、繊細な質感まで、とことん追求して丹念に表現している。その後ろ、その背後に生息する人間の息遣い、その肌、その温もりを求めて、生身の人間の肌のような壁を描いたのである。
 「色彩の時代」になると、引き続きアルコール依存は続いたようだが、経済状態が安定し、結婚もできた。精神的には、かなりの安定を得たのだろう。絵も、自然にバランスの良いもの、「より多くの観衆にわかり易いもの、馴染みやすいもの」を目指したのかも知れない。しかしその結果として、彼が意識的あるいは無意識的に表わそうとしたものが失われ、私が観ても月並となり、明らかにその魅力は喪失した。
 これまでまったく断片的にしか観ることができなかったユトリロの絵を、こうして制作年代を追ってじっくり鑑賞することができた。充実した鑑賞のひとときであった。

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