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キュビスム展 国立西洋美術館(13)

ピュリスムへの展開
Photo_20240401055601  スイス生まれのル・コルビジュエは、パリのオーギュスト・ペレやドイツのペーター・ベーレンスの建築事務所で働いて、トルコ、東欧、ヨーロッパをめぐる旅の後、1917年にパリに活動の拠点を移した。この年知り合ったアメデ・オザンファンとともに、1918年末に絵画展を開催し、あわせて共著『キュビスム以後』のなかで「ピュリスム」を提唱した。これは合理性や秩序を重視し、簡素な形態と厳格な構図を特徴とするもので、その方針にもとづき緻密な静物画を描いた。
 ル・コルビュジェ「静物」(1922)とアメデ・オザンファン「食器棚」(1925)が展示されている。
 対象となるモティーフは、ワインボトルや食器、パイプや本のようなごく身近な日用品であり、他にはヴァイオリンやギターなど楽器に限定されている。それらは、身近でありふれているだけに、長い年月を経て洗練され成熟した純粋な形態に達していると考え、それゆえに機能美をまとったオブジェであるとみなされている。
 このふたつの絵を見るかぎりは、コルビュジェとオザンファンの絵画は、かなり似通っているように見える。Photo_20240401055701
 1925年パリ装飾芸術国際博覧会では、エスプリ・ヌーヴォー館が公開され、ピュリスムの最大かつ最後のプロジェクトとなった。ル・コルビュジェの構想によるパリ中心部大改造のプランと、その計画に含まれる住戸ユニットを接続したもので、そこにはピュリスムとキュビスムの絵画や彫刻が展示された。一切の装飾芸術を排斥し、建築から家具・食器までもが「規格化と大量生産」の原則にもとづく近代工業の美学によって統一され、「住宅は住むための機械である」というル・コルビュジェの言葉を体現していた。しかしここで主張されたル・コルビュジェの方向性とオザンファとの方向性の違いは決定的なものとなり、この後ピュリスムの運動は終焉に向かった。

 今回のキュビスムの展覧会は、たんに作品展示会という以上に、私たちに対するよく編集されたセミナーのようなものとなり、少なくとも私には学ぶことがとても多かった。
 キュビスムという運動が、これほど迅速に拡散・普及し、しかもかなり長い間生き続け、20世紀の近代美術にこれほど奥深くかつ広範囲に影響をあたえたものであったことは、私は知らなかった。じゅうぶんにアカデミックであるとともに、美術のおもしろさ、奥深さを教えてくれる良い展覧会であった。

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