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「シュルレアリスムと日本」展 京都文化博物館(11)

6.具象画/シュルレアリスム/キュビスム/抽象画
 この展覧会で、はじめて明確に、シュルレアリスムが「無意識」の表現・伝達を前面に押し出した芸術運動であったことを知った。今後の自身の学びのためにも、現時点での私の理解を簡単にとりあえず整理しておく。
 具象画(典型的には写実画)は、目に見える対象を具体的に表現する。それを観る私たちは、自分も眼にできるその対象についての新しい側面、新しい見つめ方を発見し学ぶことができる。そういう道筋はわかりやすい。したがって相対的に理解しやすい。
 キュビスムは、絵の対象となるものをそのまま表現するのではなく、絵の制作者が対象の形を分析し、解体して、再構成する。それを観る私たちは、対象の形態の捉え方・考え方・意味について、新たな視角を教えられ、考えることができる。もちろんすべてがわかりやすいわけではない。それでも絵の対象は、現実に存在する実体であり、具体的である。
 シュルレアリスムは、観る者に人間の「無意識の世界」を提示する。絵はそのための表現手段であって、描かれる対象は現実に存在するものに限らず、「人間の意識のなかに存在し得るもの」すべてが対象となる。それを観る私たちは、絵を描いた制作者の意識を自分で想像して探ることになる。人間の意識はきわめて個性的で多様だから、これは本質的に難解になりがちである。
 抽象画は、具体的な対象物を描かない絵画である。制作者は、具体的な対象物を提示しないのだから、それを観る私たちは、制作者が表現したいこと、主張したいこと、を自発的に間接的に想像するしかない。わかりにくいことは本来的である。シュルレアリスムの作品は広義の抽象画、あるいは抽象画の一部だと思う。鑑賞者たる私たちの理解も、当然多様性があるし、理解できないことも含めて多様性が許されるべきである。一方でキュビスムは、ときとして表現の難解なことがあるとしても、抽象画という概念からは距離があるのだろう。
 この度、気軽な気持ちでシュルレアリスムの展覧会を鑑賞したが、展覧会の構成としては、とてもよく整理され、まとまっていて、絵画について自分なりに学び、また考えてみるとても良い機会となった。

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