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「シュルレアリスムと日本」展 京都文化博物館(10)

5.戦後のシュルレアリスム(下)
 阿部展也「飢え」(昭和24年1949)が展示されている。Photo_20240411055801
 阿部展也(あべのぶや、大正2年1913~昭和46年1971年)は、新潟県五泉市に生まれた。詩人で美術評論家の瀧口修造との昭和12年(1937)の共作である詩画集『妖精の距離』で一躍注目され、画家としての本格的なスタートを切った。また前衛写真家としても、雑誌『フォトタイムス』を中心に旺盛な発表を行い、戦前期の日本写真史に足跡を残している。
 戦時中は陸軍報道部写真班員としてフィリピンに徴用され、記録写真の撮影とともに、陸軍が発行に関わった雑誌『みちしるべ』の表紙絵なども手掛けた。
戦後画壇に復帰した後は、キュビスムやシュルレアリスム、アンフォルメル、幾何学的抽象へと目まぐるしく画風を変化させた。国際造形芸術連盟の執行委員を務めるなど、文化交流の最前線に立つ機会も多かった。世界の新しい美術潮流にいち早く接し、それらを貪欲に吸収するだけでなく、雑誌への寄稿等を通じて日本へ紹介する役割も担っていた。
 画家、写真家、評論家、中世墓石彫刻の研究家など、さまざまな顔をあわせ持ち、58歳でローマにて客死するまで、世界を所狭しと駆け回った。

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