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「シュルレアリスムと日本」展 京都文化博物館(9)

5.戦後のシュルレアリスム(中)
 岡本太郎「憂愁」(昭和22年1947)がある。Photo_20240410074401
 自分の頭部のイメージのように思えるが、額の上には9本もの白旗が付けられていて、いかにも戦に完璧に敗れました、という表明のようだ。先の大戦での敗戦から間もないころでアメリカ軍も駐留してきて、世の中の雰囲気もこのようなものだったのかも知れない、と思う。
 戦前、パリで活動していた岡本太郎は、親交のあった戦場カメラマンのロバート・キャパの公私にわたる相方であった報道写真家ゲルタ・ポホリレにより、岡本の名前が1936年よりビジネスネーム「ゲルダ・タロー」として引用されたことがあった。ゲルダの活動期間はとても短く、まもなく1937年にスペイン内戦のブルネテの戦いの取材時に自動車事故で死去してしまった。このあと制作した「傷ましき腕」が、シュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム簡易辞典」に掲載された。岡本太郎は、海外でシュルレアリスムの作品を制作・発表したことが認められたわが国で唯一の画家なのであった。

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