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東京都心「幕末維新動乱コース」散策(19)

三田演説館
 福沢諭吉終焉の地の脇の坂を登り切ると、正門の正面の階段を上がり切った、校舎が立ち並ぶキャンパスに着く。この南西の隅に三田演説館が建っている。Photo_20240609055801
 この演説講堂は、今日の慶應義塾において福澤諭吉の存命中から存在する唯一の建造物であり、日本の重要文化財指定建造物となっている。
 日本銀行初代副総裁・第二代総裁を勤めた富田鐵之助を通じてアメリカから取り寄せられた図面を基に造られ、基本が洋風でありながら外観は木造寄棟瓦葺になまこ壁といった日本風のデザインが用いられている、品格のある美しい擬洋風建築である。
 通常は一般人が館内に入ることができないが、館内は2階の左右にギャラリーを設けたオーディトリアムの形式が採用され、聴衆400-500名を収容することが可能で、正面奥の演壇の背後には曲面状の壁が廻らされ、音響的にも優れたものとなっているという。
 諭吉の『学問のすゝめ』第12編に「演説とは英語にてスピイチといい、大勢の人を会して説を述べ、席上にて我思ふ所を人に伝ふる法なり。(中略)この法の大切なるは論を俟ず。今世間にて議院などの説あれども、仮令ひ院を開くも、第一に説を述べる法あらざれば、議院も其の用を為さざる可し」と述べて、その重要性を説いている。「スピイチ」を演説、「ディベイト」を討論と翻訳したのは福澤自身であり、小泉信吉(小泉信三の父)がスピイチの方法と重要性を説いた英語冊子を福澤に示したところ、福澤がそれを認めその冊子を翻訳したときに生まれた言葉であるという。

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