フランク・ステラの挑戦
アメリカ、ボストン郊外に生まれ、プリンストン大学で美術史を学んだフランク・ステラが、ニューヨークで作家活動を始めた翌年、23歳のときに手がけたのが「ブラック・ペインティング」と呼ばれるシリーズであった。商業用の黒いエナメル塗料とペンキ用の刷毛を用いて、大画面にストライプを繰り返し描いた作品は、非常に限られた要素で構成された抽象美術=ミニマル・アートの先駆と見なされてもいる。黒一色の寡黙な画面は、そこから何かを読み取ろうとする鑑賞者たちの意志を拒み、難解な印象を抱かせるが、ステラはそうした人々の見方を牽制するかのように「あなたは、そこに見えるものを見ているのです」の言葉を残した。テレビやコンピュータの映像に見入るように、現実には“そこに存在しないもの”の姿があると思い込むのをやめ、目の前にある絵画の存在をそのまま受け入れるのが、この絵の見方だと主張するのである。<
その翌年ステラは、矩形のカンヴァスという絵画の定式すら捨ててしまって、描く絵の外形のままの形状に切り出した大きな木板の上に作品を描いている。眼鏡のような形の「ヒラクラ Ⅲ」1968年 は、半円形のユニットを組み合わせた「分度器シリーズ」のうちの1点である。まさしく角度の目盛がついた分度器のように、半円の中心から外に向かって放射線状に色分けされている。こうした形は、ステラが描こうとするイメージと作品の外形を完全に一致させようとした結果生まれたものであり、最初に四角い画面が与えられて、その中に対象を描くのとは全く逆のアプローチがとられている。ここにもまた、絵画は、何かを映し出すスクリーンではなく、ひとつの物体であるとするステラの考えが反映されている。また、単色で描かれた前作と異なり、蛍光塗料を含む多色づかいは観る者の視覚を刺激し、平面でありながら躍動感ある絵画空間を実現している。ちなみにヒラクラというのは、彼の故郷の地名らしい。
あとがき
この美術館は、オーナーたる川村家の趣味を生かした重厚なコレクションと荘厳な建築が、わが国の他の美術館とは一味違う独自の世界を創生している。ヨーロッパのクラシックなお城か、西欧の古い時代の大富豪の邸宅を思わせる、ゆったりした時間が流れるかのような、非日常の世界を提供しているのである。
レンブラントの作品やマーク・レスコの作品の扱いのように、作品の特性を殺さないよう贅沢な空間配分がある。そのうえ天井も高く、通路も狭くないので、鑑賞者の気持ちも自然にゆったりする。
たとえばアメリカ・ボストンにあるイザベラ・ステュワート・ガードナー美術館と同様に、絵の説明は除き、壁に占める展示作品の密度もできるだけ余裕をもつようして、できるだけこの館の住人が生活のなかで楽しむためのものであるかのような雰囲気を演出している。もっとも来場者には作品の説明が必要なので、解説番組が聴けるアプリをスマホにインストールして個別に来場者が拝聴する、というシステムも導入している。
建物を囲む景観も、豊かな緑がふんだんにあり、池の水に移る日差しもひときわ美しい。
来場者にとっても、ひとときの理想郷のような快適な環境であり、これが閉館されるのは、実に惜しいと誰もが思うのも当然である。
もちろん何とか存続して欲しいとは思うが、これを経営する側からすると、維持・管理のコストは膨大であり、やむを得ない決断だったのだろう。
この美術館については私もかなり以前から聞いていて、ぜひ訪ねてみたいと思いながらも、私の住処たる大阪からはずいぶん遠くて、これまで訪れる機会がなかった。せめて閉館直前であっても、こうして鑑賞できた幸運を感謝したい。
お気に召せばクリックください
最近のコメント