宇都宮散策 春の首都圏小旅行(6)
1.栃木県立博物館
三嶋通庸
明治14年(1881)6月、水にも困る「不毛の地」と呼ばれた那須連山の山麓に広がる那須野が原で、和歌が詠まれた。
「神代より荒れし那須野を拓(ひら)きつつ 民栄えゆく里となさなん」
作者は三島通庸(みしま みちつね)である。開発への強い思いを歌に込めた三島は、後に第3代栃木県令(知事)に就き、この地の開拓の祖となった。
「土木県令」の異名で知られる三島は就任翌年の明治17年(1884)栃木町から宇都宮町への県庁移転を断行した。陸羽街道(国道4号線)や塩原新道(国道400号線)など県内交通の大動脈の整備にも貢献した。
とくに県北地域の都市開発に尽力した。那須疏水の開削、那須野が原の開墾に力を注いだ。強力に土木工事を進め「鬼県令」とも言われた三島だが、那須野が原博物館の松本裕之(まつもと ひろゆき)館長は「まさに本県のインフラのベースを築いた人物」と讃える。
那須塩原市内には今も「三島」の地名が残り、三島をまつる神社では毎年、例大祭が催されている。
旧木村輸出織物工場
足利市にある木村織物工場は、初代木村浅七(きむら あさしち、天保14年1848~大正5年1916)が建設したもので、足利で最も古い近代工場のひとつとして知られている。
旧工場棟は明治25年(1892)、木造平屋建寄棟(よせむね)桟瓦(さんがわら)葺き建築として建造された。外観は伝統的な土蔵造りだが、小屋組に純洋式の洗練された骨組みを用いているところに大きな特徴がある。
また旧事務所棟は明治44年(1911)建築と伝えられる木骨石造2階建・寄棟越屋根石綿スレート葺きの洋風建築であり、当時としては本格的なルネサンス風の外観を備えている。
これらの2棟は県内でも有数の特徴ある工場建築、本格的な洋風建築で、「織物のまち足利」の歴史を語る上で欠かせない貴重な明治の産業遺産である。





























































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