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オディロン・ルドン パナソニック汐留美術館(4)

第2章 忍び寄る世紀末 1885~1895
188590  1886年には待望の長男ジャンが生まれたが、僅か半年で夭折し、ルドンは深く落胆した。ルドンの画風は以前にも増して鬱々としたものになっていった。しかし、3年後の1889年、次男アリが生まれたことで、ルドンの人生模様は一変したのであった。
 「注目の画家」となったルドンのもとには、エミール・ベルナールやモーリス・ドニら若い画家が集まった。彼らは新しい芸術の先導者としてルドンを慕ったが、一方のルドンも彼らから大きな刺激を受けたのは間違いない。
 「光の横顔」(1885-90)が展示されている。
 この作品は、木炭画の黒色一色のものだが、繊細かつ精緻な線で描かれた女性の横顔は、崇高なまでに美しい。まるで後光が差しているかのようである。もうそれまでの陰鬱な印象、暗い不安な雰囲気は消え去り、黒い絵なのに希望や光、柔らかさ、優しさが感じられる。188994
 1890年代になると、パリで物質主義的な思想に反発が起こり、精神主義や神秘主義の芸術・文化の運動が起こり始める。具体的には写実主義や印象派に対する反発として、ルドンやモローのような象徴主義がムーブメントとなったのであった。そこで現実の自然を手がかりにしながらも現実描写だけでは満足できないルドンのような画家が、若い芸術家たちに歓迎される時代が来たのである。
 ルドンの絵画においても1890年頃から作風が大きく変化し、黒色にこだわらず豊かな色彩を用いるようになった。
 ルドンはこれまで、石版画の「黒」を用いて主に闇の世界を表現していたが、それが「黒」を使いながらも光の世界を表現するものへと変わっていったのであった。そしてやがてルドンは、油彩やパステルによる制作にも取り組み始めた。こうしてルドンは徐々に「色彩の画家」へと変貌を遂げていった。
1890_20250629053401  世紀末が近づいて、絵画はむしろ色彩の華やかさを増すという傾向は、ロートレックやクリムトなど多くのこの時期の芸術家に見られたが、ルドンも例外ではないと言える。
 「まなざし」(1889-94)が展示されている。
 この作品は、これまでの木炭に加えて、パステル、コンテ・クレヨンを用いて、色彩を導入している。これまでの黒の作画方法から色彩の採用への過渡期の作品と言える。これまでの黒の世界で画力を蓄積していた成果をいかんなく披露するかのように、顔の色彩の明るさ、陰影の精細な表現、帽子の緻密な描写は見事である。
 「眼をとじて」(1890)が展示されている。
 これは油彩の作品で、色彩を控えめかつ繊細に用いて、静かな宗教的な崇高さを思わせるかのような美しい表現を達成している。
 なお、1900年以降になるとルドンはこれまでの「ノワール」を制作しなくなった。

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