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パウル・クレー展 兵庫県立美術館(1)

 特別展として紹介される機会が少ないパウル・クレーの個展が兵庫県立美術館で開催されたので、これは見逃せないと初夏の神戸に出かけた。
 パウル・クレーに関しては、四半世紀ほど前、まだ家族と鎌倉に住んでいたころ、いまは閉館されてしまった神奈川県立近代美術館で個展を観たことがあったが、当時はまだ私の美術にかんする知識も未熟すぎて、よくわからなかった。2009年には、今回と同じ兵庫県立美術館でピカソとともに紹介された展覧会があり、2022年には、東京のアーチゾン美術館で、国の違い、文学・音楽・美術など芸術ジャンルの境界、などさまざまな境界を超えた美術についての特集展で、音楽・文学と絵画、スイスとドイツとをまたがる画家のひとりとしてクレーが紹介されていた。2023年には、大阪中之島の国立国際美術館で「ピカソとその時代」で、このときもピカソを軸とした現代美術の紹介としてクレーの紹介があった。
 今回は私にとっては久しぶりのパウル・クレー単独の個展であり、これまでクレーの周辺の画家の作品もある程度観てきて多少の予備知識もできたと思うので、大いに期待して鑑賞に臨んだのであった。

第1章 詩と絵画
若き日のパウル・クレー
 パウル・クレー(1879~1940)は、スイス・ベルン近郊の町に音楽教師の父と声楽家の母の子として生まれた。クレーも幼少期からヴァイオリンを学び少年時代からベルンのオーケストラに参加していた。文学や絵画にも関心が高く、音楽家・詩人・画家のいずれに進むか、若いクレーは真剣に悩んだという。後に画家の道を選んだが、音楽や文学・詩への関心は生涯ずっと継続していた。Photo_20250702060001
 19歳で画家の道に進むためにミュンヘンに移り、ミュンヘン美術アカデミーに学んだ。そこでカンディンスキーの師でもあった象徴主義の画家フランツ・フォン・シュトゥックに師事したが、学校の画一的な教育になじめず、まもなく退学した。とくに色彩を用いた絵画的表現に困惑し、そのような絵画の制作から離れて「最も単純な表現」として、専ら線を黒インクあるいはエッチングで描いた。こうして10点組の版画連作「インベンション」を制作した。このクレーの初期の作品のひとつが「喜劇役者(インベンション)より」(1904)である。
 この「喜劇役者」はシリーズとして何点も再制作している。この展示作品のひとつ前のバージョンでは、グロテスクで喜劇的な仮面の背後に真剣な表情の役者の姿が描かれていて、喜劇の笑いと、その笑いを通じて明らかとなる嘆くべき真実とが対比されていた。しかしその後クレーは、喜劇と役者の関係を、芸術作品と芸術家との関係として捉え直し、仮面と人物は有機的に関連すべきだと考えた結果、この展示作品のように両者の容貌はともに似通ったグロテスクな表情で表現されている。クレーは絵を描くにおいても、詩的あるいは思弁的な要素を重視している。クレーは、この作品をなんども繰り返し描いており、このテーマが若きクレーにとっていかに大切であったかを物語っている。
 クレーは、この作品シリーズを1906年のミュンヘン分離派展に出品し、芸術家としての第一歩を踏み出した。

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