盛夏の最中、大阪中之島美術館で「日本美術の鉱脈展」というタイトルの、少しユニークそうな展覧会があった。内容の概要は、NHK「日曜美術館」で紹介され、私も興味をもって鑑賞した。
この展覧会は、これまで一般に注目されることが少なかった、隠れた日本の美術家を発掘しようと、山下裕二氏(明治学院大学教授)が監修したものである。
同じような趣旨の企画で開催された展覧会として、私は6年前に東京都美術館で「奇想の系譜展」という展覧会を観た。このときも山下裕二氏が監修しており、山下裕二氏は、東京大学名誉教授辻惟雄氏の弟子である。
6年前に見た展覧会でも、伊藤若冲、長沢芦雪、白隠慧鶴、曾我簫白などがすでに取り上げられていた。ともかく今回の展覧会を鑑賞することにした。
第1章 奇想の画家たち
このセッションの冒頭近くに登場するのは、やはり伊藤若冲(正徳6年1716~寛政12年1800)である。伊藤若冲こそは、辻惟雄の1970年の著書『奇想の系譜』により美術界に知られるようになり、2000年以降はもっとも人気のある近世画家のひとりとなった。ただ若冲は、江戸時代が下るにつれて傍流扱いとなり世間から忘れられていたものの、その生前には高名な画家として人気ある大家のひとりであったらしい。その若冲が、後に「円山四条派」の始祖とされる江戸時代を代表する画家のひとり円山応挙(享保18年5月1733~ 寛政7年1795)と「共作」を残したらしい、ということがごく最近発見された。若冲「竹鶏図屏風」(寛政2年1790)と応挙「梅鯉図屏風」(天明7年1787)のそれぞれ二曲一隻の金屏風である。展示では、左手に若冲の鶏、右手に応挙の鯉がある。
この2作品は、制作年で約3年の時間差があり、二人の画家が互いに意識して制作したとの確証はない。しかし右手の応挙の鯉は、2匹とも左手に関心がありそうな気配であり、水面の上に覆いかかる木も、右手から左向きにほぼ真横に出てきた枝が、画面中ほどで切断され、真上に方向を変える。いかにも左手の存在に配慮があるとも見える。
左側の若冲の鶏は、4羽とも身体は左を向きつつも、とくに左端のいちばん大きな鶏に顕著だが、明らかに右手に関心が向かっている。その頭の動きに対応して、尻尾のたおやかに伸びあがる羽根は、一様に右に向かって振られる。左端の大きな鶏の尻尾の黒い羽根の力強い筆致は目を引く。鋭くひと筆で描いたのだろう。見事である。その背景の竹は、若冲が好んで描く虫食いの葉が描かれ、右手の作品とのバランスを考えてなのか左側だけにある。
若冲の竹と鶏、応挙の鯉と梅は、ともに金地に墨で軽快かつ精緻に描かれ、静的にも動的にもバランスも完璧に思える。
とても裕福なスポンサーが、最高に豪華な屏風をもとめて、二人の最高水準の画家に、それぞれの画家のもっとも得意とする画題を指定して発注したものと推測されている。
お気に召せばクリックください
最近のコメント