「拡大するシュルレアリスム展」中之島美術館(2)
プロローグ(続)
サルバドール・ダリのポスター作品「オーヴェルニュ、フランス国有鉄道」が展示されている。
サルバドール・ダリは、スペインのカタルーニアに1904年生まれ、マドリードの王立美術アカデミーに学んだ後、1927年バリに移った。シュルレアリスムの創始者であるアンドレ・ブルトンと出会い、パリの芸術界にシュルレアリスムの新進気鋭、代表的画家と注目を浴びるようになったが、1934年にブルトンと決裂した後はシュルレアリスムと距離を置くようになった。
展示されているのはフランス国有鉄道の観光宣伝ポスターである。観光地オーヴェルニュがターゲットなので、この地の名物として火山がテーマとして描かれている。こうして観光地の目玉を確実に取り入れて宣伝の基本を守りつつも、一見関係が不明な蝶のイメージを組み込んでいる。蝶の大きさはさまざまに調整されて、デペイズマンの効果がいかんなく発揮されている。デペイズマンとは、「異なった環境に置くこと」を意味するフランス語で、日常から切り離した意外な組み合わせを行うことによって、受け手に強い衝撃を与えるシュルレアリスムの手法のひとつである。こうして観光ポスターにシュルレアリスムの手法を適用することで、見る人に強烈な違和感と注目をもたらすことにより、広告としての高い視覚効果を実現したのである。
エルザ・スキャパレッリの服飾デザイン作品「イヴニング・ドレス サーカス・コレクション」(1938)が展示されている。
エルザ・スキャパレッリは、1890年イタリアに東洋語の学者の子として生まれた。裕福な家であったが、両親とはいささか心理的な距離をもったまま成長し、24歳のときイギリス・ロンドンに遊学したとき神学者と出会い、突然結婚した。夫についてニューヨークに出て一女をもうけたが、アメリカの自由な雰囲気になじんだエルザは、まもなく離婚した。
育児のためにも稼ぐ必要があり、ファッション関係のバイヤーの仕事ををはじめ、パリに移った。そこで友人のためにつくった洋服が、有名デザイナーであったポール・ポワレの目にとまり、彼の支援を得てファッション・デザイナーとして活動をはじめた。
エルザは、デザインに独創性を求めて、当時芸術界で注目を浴びるようになったシュルレアリスムに興味を持ち、独自に取り入れると、サルバドール・ダリやジャン・コクトーなどにも受け入れられ、コラボ作品も手掛けるようになった。
そのころファッション界ではココ・シャネルなどの男性風・モノトーンの風潮があったが、エルザは敢えてウエストを強調してショッキング・ピンクを使うなど、フェミニンなデザインで対抗した。
前例がないほどの華やかな形態と色彩のデザインは、第一次世界大戦後のアメリカ富裕層に受け入れられ、スター・デザイナーであったココ・シャネルを凌ぐほどになった。しかし、そんななか、ドイツでヒトラーがドイツ国防軍を掌握し、戦争へと向かう不安が蔓延するようになったころ、このイヴニング・ドレスを発表した。
エルザのシンボルカラーであるショッキング・ピンクの生地に、サーカスから着想を得たモチーフが大胆に全面に配され、実に華やかなものとなっている。「サーカス・コレクション」はシリーズで発表され、ダリとのコラボレーションである「テア(裂く)ドレス」や「スケルトンドレス」も含まれていた。平和な現在に観ると、華やかではあっても敢えて取り上げるほどでないような気がするが、第二次世界大戦前の緊迫した時代のなかでは、注目を浴びたのかも知れない、と思う。

































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