「アンチ・アクション」展 兵庫県立美術館(16)
田部光子(1933~2024)
田部光子(たべ みつこ)は、昭和8年(1933)日本統治下の台湾に、石橋光子として生まれた。終戦後の昭和21年(1946)福岡に引き揚げ、浮羽高等女学校を卒業後、岩田屋百貨店に勤め、その絵画部でデッサンを研修した。
やがて福岡県展などに出品するようになり、昭和32年(1957)前衛美術グループ「九州派」の結成に参加した。翌昭和33年(1958)新聞社員の田部健二と結婚し、自宅で絵画教室をはじめた。
社会運動や妊娠の実体験にもとづく社会と性への問題意識から、生活者の視点を重視する九州派のなかでも特異な表現活動を展開した。
田部光子「作品」昭和37年(1962)が展示されている。
敷き詰められたピンポン玉を囲う花びらのような形は、下地の襖に焼き付けられたアイロンの焦げ跡であり、女性の家事労働の証である。焦げ跡のうえには、さらにキスマークを施して女性性を誇張している。社会における女性の労働者的立場からの視点を、当事者として作品に盛り込んでいる。田部光子は、自らは「社会主義的なメッセージを作品に表すのは好きではない」と語りながらも、地元福岡の炭鉱を訪れたり、大正炭鉱の炭鉱夫の写真を摂ったり、オブジェを発表したり、労働問題に強い関心を寄せていた。
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