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海堂尊『蘭医繚乱』PHP、2024

 現役医師で作家の海堂尊による長編伝記小説である。
 私は、この本の主人公のひとりたる佐藤泰然ゆかりの千葉県佐倉市の佐倉順天堂記念館を近く訪れる予定があり、その準備のために読んでみることとしたのがきっかけであった。Photo_20260403054801
 果たして読んでみると、実在した人物の生きざまが、とても生々しく詳細に語られていて、没頭して一気に読み切ってしまった。実在の人物を、目の前に居るかのように心理描写も含めて描くというのは、その詳細な部分の内容が到底信じがたいと思いながらも、強く引き込まれるのである。
 性格も人生観もまったく違う緒方洪庵と佐藤泰然が、互いに反発を感じつつも、ともに類まれな能力とエネルギーを最大限生かしつつ強い意思で生き抜き、互いに影響を与え、また受けて違う道を歩む。
幕末の日本の大転換期に生きたがために、ともに医学と医療に没頭することを目指しながらも、当時の最先端の学問たる蘭学に関わったために、医学・医療からはみ出る活動にいやおうなく巻き込まれる。洪庵も泰然も、自身が傑出した人物であったにとどまらず、類は類を呼ぶ必然から、相次いで傑出した弟子たちに囲まれて自分の意思や意図を超えた人生を歩むことになる。
 稀有な能力をもった二人だが、もしこの時代に生きていなければまったく違う人生だったろうと思う。時代を推進した二人だが、時代が生み出した二人でもあった。
 私は、たまたまこの本に出てくる一冊の書物『袖珍内外方箋(しゅうちんないげほうせん)』の全文を翻刻したことがある。それは、「謨烏普刺歇」すなわちオランダ人医師Martin Wilhelm Plagge(プラッヘ)が著した西洋薬学書を、緒方洪庵が長崎に留学していたとき、そこで出会った青木周弼(あおきしゅうすけ)、伊東南洋、岡海蔵とともに翻訳した書籍である。洪庵が長崎に滞在したのは天保7年(1836)2月から天保9年(1838)1月であり、洪庵が20歳代後半の若き修業時代の仕事であった。この翻訳書は、板行されないまま稿本の写本として、天保年間にもかなり広く流布していたらしい。偶然とはいえ、緒方洪庵が若き日に格闘した翻訳書の原文に出会ったことは、私にとっては貴重な経験であり、この伝記に没頭するひとつの要因ともなった。
 洪庵も泰然も、私たち凡人の境地をはるかに超えたところで生きたが、それでもその思考や行動に、さもありなんと思わせる部分も多々ある。
 読書感想をとても簡潔にはまとめきれない、強烈な印象の本であった。

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