「アンチ・アクション」展 兵庫県立美術館(12)
白髪富士子(1928~2015)
白髪富士子(しらが ふじこ)は、大阪市で時計店を営む植木家に昭和3年(1928)生まれた。府立大手前高等女学校で絵画部に所属し、卒業して、昭和23年(1948)20歳で京都絵画専門学校の学生であった白髪一雄と結婚した。
富士子は、夫の絵画制作を間近に見るうち、自身も創作意欲に目覚め、絵画の制作を始めるようになった。昭和30年(1955)夫一雄と同じ「具体美術協会」に参加し、6年余りにわたって活発に制作に励み、具体美術展や芦屋市展に作品を発表した。
白髪富士子「白い板」昭和30年(1955)原作(昭和60年(1985)再製) が展示されている。これは昭和30年に制作され、屋外に設置されてすでに現品がなくなっていた彫刻作品であったが、30年後に再現されたものである。一枚の細長い白色の板に、波打つ溝を切り込んだ作品で、素材の素朴さと、激しく切り込む暴力的な力を表現している。吉原治良が「人のまねをするな」と指導した「具体美術協会」において、色彩や形の新奇さを追求するのではなく、手を加えることで無限に変化する、ありふれた身近な素材の可能性に着目したことが特徴である。
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