「アンチ・アクション」展 兵庫県立美術館(19)
福島秀子(1927~1997)
福島秀子は、昭和2年(1927)東京市赤坂に生まれた。文化学院を卒業後、昭和23年(1948)北代省三、山口勝弘らとともに前衛美術グループ「七耀会」を結成し、昭和26年(1951)には瀧口修造が命名した「実験工房」に参加し、舞台芸術や映像、美術などジャンルを越えた表現に取り組んだ。福島秀子は、実験工房の舞台のために、華やかな衣装のデザインも行った。女性の美術家にとって、衣服が外見の社会的な役割を別の角度から考え直すきっかけともなった。見せ方を自分で組み立てることは、構成や彩色にともなう判断と同じく、創作に通じる営為である。
草間彌生の場合と同様に、ファッションは女性美術家ならではの貢献でもあった。福島秀子は、多様なメディアを横断しながら、総合的な芸術実践に携わる一方で、独自の抽象絵画を追求した。
昭和30年ころ(1950年代後半)には、 型押し(スタンピング)によって円や矩形、線を画面に浮かび上がらせる独自の技法を確立し、自らの表現を深化させていった。その制作は1950年代から1990年代にかけて国内外で継続的に発表され、フランスの批評家ミシェル・タピエの評価を得つつ、パリ青年ビエンナーレ(1961)への出品を契機に渡仏するなど、国際的にも活動の場を広げた。
モノクロームによる「弧」シリーズや、青を基調とした作品、パラフィン・ワックスを用いたコラージュなど、時代ごとに異なる手法を取り入れながら、一貫して静謐かつ探究的な姿勢を貫いた。
福島秀子「ささげもの」昭和32年(1957)が展示されている。
スタンピングなどの応用と、画面を引き締め骨組みとする黒色の活用が見られる。
福島秀子「作品109」昭和34年(1959)が展示されている。ここでもスタンピングの応用が見られるが、画面の構成は、ずいぶん変化している。
また、早くから榎本和子との信頼・協力関係もよく知られていた。
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