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文化・芸術

映画「8年越しの花嫁」

 岡山県に住むカップルに起こった実話をもとにした映画作品である。
 自動車整備工場に勤める尚志は、合コンで麻衣と出会い、結婚を誓った。その幸福の絶頂のとき、麻衣を病魔が襲った。「抗NMDA受容体脳炎」という珍しい重篤な病で、麻衣は昏睡状態に陥る。結婚を認め祝福していた麻衣の両親も、尚志に結婚を諦めるよう勧めた。しかし尚志はプロポーズ直後に予約した結婚式場を8年間解約せず、麻衣の回復を待っていた。
 病気のために二人を襲う繰り返す試練に、なんども挫けそうになりながらも耐えて、ついに8年後に車椅子生活ができるようになった麻衣は、尚志と念願の結婚式を実現した。
 ずいぶん古くから、病気と闘うカップルを取り上げる純愛ドラマがあり、私もいくつか観たことがあるが、それでも見るものに訴えるものがある。健康に大した問題がない、というごく普通のことが、いかに貴重でありがたいことかと思う。
 なにより主演の佐藤健の、朴訥で素朴な演技は秀逸である。彼はまだ若いのに、若さと美貌が主題の青春ドラマ、身体能力がカギのアクション映画、ある道一筋の職人の生涯の物語など、多彩な役柄を立派に演じ切ると思っていたが、内面の葛藤をしずかに表現する今回のような地味な役柄でも、じつに見事であった。土屋太鳳も、難病に襲われた不自由な女性の役を好演していた。この二人の俳優の魅力だけでも、観る側はじゅうぶん満足できた。

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「喜劇 有頂天団地」南座

 「喜劇 有頂天団地」が、新春の南座で上演された。「喜劇 有頂天旅館」「喜劇 有頂天一座」に続く、渡辺えり・キムラ緑子コンビが取り組む“有頂天シリーズ”第3弾として、小幡欣治の戯曲「喜劇・隣人戦争」をもとに、俳優・脚本・演出家であるマギーが松竹で初めて演出を担当する舞台である。
Photo 時代は高度成長期の昭和50年代、京都郊外の住宅地を舞台としている。環境がよいことで評判の高い住宅地の一角に、狭い敷地にミニ開発で軒を並べて6棟の戸建て住宅が新築された。そこに入居してきた新参の住民と、地元の古参の住民とのささやかな諍いから近隣住民の間に騒動が勃発する。先住者は、せっかくここまで大事にしてきた環境を新参の住民たちが乱さないか気になって、つい小言を申し入れて反発を買う。新参の住人たちも、お互いに外見や世間体を気にして、ついつい見得を張って、無理をしてしまう。それぞれの家庭内でも、どこにでもあるような小競り合いが起こる。ごく些細なことで、近所同士にいがみ合いが生ずる。それでもみんな、それぞれ懸命に働き、家族を大事に守って生きている普通の人々であり、結局は和解もできるし、助け合うこともできる。ごく普通の庶民の人情を、平凡な日常のなかにユーモアを含めて切り出している。
 いつもながら、渡辺えりとキムラ緑子の達者な演技に魅了される。どこまでが台本で、どこからがアドリブなのか判然としないが、自由奔放で快活な、観る者を圧倒するようなエネルギッシュな演技である。もちろんわき役も良い。
 テレビや映画にはない緊張感と臨場感と空気感をたっぷり味わい、じゅうぶん笑って楽しんだひとときであった。

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映画「坂道のアポロン」

 人気漫画の実写版だそうだ。1960年代の佐世保の町が舞台で、その高校に転入してきた薫は、家庭に事情があって親戚の家から学校に通う、医師をめざす少年である。薫は、同級生として不良少年風の仙太郎と、しっかり者の律子と知り合う。律子の家は町のレコード店で、律子の父は熱心なジャズ好き。その家の地下室は、実は父や仙太郎が溜まってジャズ演奏に明け暮れるアジトであった。偶然そこに来た薫は、それまでクラシック・ビアノをしていたが、ジャズに魅せられて、性格も生活態度もまったく違う仙太郎と親友になっていく。薫は律子に好意をよせるようになるが、律子は仙太郎の理解者でかつ好意をよせている。しかし仙太郎は年長の百合香に憧れ、百合香は大学で学生運動にはしる淳一に惚れている。ジャズの絆でむすばれた友情と、微妙に行違う恋愛模様が絡まって青春を描く。
 とくにきわだった独創性はないが、青春映画としては十分訴えるものがあり、劇のなかで演奏されるジャズの魅力もある。私たち団塊の世代は、登場人物とほぼ同世代に相当し、物語の舞台背景が懐かしいこともあって、しばらく見入ることができた映画であった。

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松竹新喜劇新春お年玉公演

 新開場なった京都南座の新春興行として、また劇団創立70周年を記念して、元旦から8日まで毎日2回の公演があった開催された。Photo
 松竹新喜劇は、喜劇の祖といわれた曽我廼家五郎が昭和24年(1948)他界し、松竹の名の下に渋谷天外(二代目)、曽我廼家十吾、浪花千栄子、曽我廼家大磯、曽我廼家明蝶、曽我廼家五郎八、藤山寛美等が集まって、昭和24年12月中座で旗揚げしたものである。私たち団塊世代にとっては、子供時代からテレビを介してよく観たものであり、名前を聞くと、おぼろげながら懐かしい風貌がふと脳裏に浮かぶ。現在は三代目渋谷天外、高田次郎、小島慶四郎、藤山扇治郎が中心となって、私たちはあまり知らない顔ぶれも増えたが、現代劇から時代劇に至るまでの、いわば伝統的な人情喜劇を上演している劇団である。
 茂林寺文福・舘直志作による「裏町の友情」一場と、舘直志作・星四郎脚色による「お祭り提灯」二場で、少しの休憩時間を含めて3時間弱の舞台であった。
 「裏町の友情」は、いまや半世紀前1970年ころの大阪下町を舞台に、高度成長の時流に乗って繁盛する洗濯屋と、その隣の時流に乘れなかった炭屋との、喧嘩友達同士の人情話である。先代以来の「犬猿の仲」の両家の口論のやり取りに、「ロメオとジュリエット」よろしく両家の子供世代の恋愛をかみ合わせ、大阪下町の人情を滑稽に演じる。
 「お祭り提灯」は、江戸時代の正月を背景に、実直な提灯屋徳兵衛が偶然拾った祭りの寄付金をめぐり、それを狙う町内一の強欲張り山路屋おぎん、寄付金の回収を願う町役人、それに丁稚の三太郎などが絡んで、善と悪との追っかけっこが、花道の駆け足での往復場面とともに展開する。山路屋おぎんを演じるゲスト出演の久本雅美の演技も、観衆の大喝采をあびて冴えわたる。
 いわゆるドタバタ喜劇が悪いというわけではないが、久しぶりに「正統派」ともいえる新喜劇を見て、おおいに楽しめた。

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アニメ映画「ザ・ブレッドウイナー」

 日本語版のタイトルは「生きのびるために」となっているようだ。
 舞台は、タリバンが実効支配するアフガニスタンの町である。主人公の少女パヴァーナが、イスラム原理主義をタリバンから強制され、本を読んでも、ブルカを着用せずに顔を出しても、ひとりで歩いても、物を買っても、すべてが禁止されて咎められる。男もほんのわずかのことでイスラムの教えに背いたとして逮捕され、殴られ、戦場に捨てられる。男手や親を失った子供たちは、自分で食べ物を手に入れなければ生きて行けないが、イスラム原理主義の制約のために、できることはほとんど残されていない。少女は、生きのびるために髪を切り男の子に変装して行動を始める。しかしタリバンの監視、戦争の災禍から身を守ることは、奇跡を追うにひとしい。
 アフガニスタンの現場で、実際に起こったことを当事者からインタビューを重ね、タリバン支配下の人々の生活の実態を描いた、ドキュメンタリー的要素の強いアメリカのアニメ作品である。
 かわいい絵から、そしてアニメ作品なので、つい子供対象の楽しい映画かと気軽に見始めたが、内容は重く、暗く、恐ろしい。なんとも感想を表わしにくいが、よくできた作品ではあるだろう。

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吉例顔見世12月興行 南座

 南座での顔見世の12月興行を鑑賞した。夜の部はいつもより遅い午後4時50分の開演であった。

12 最初の演目は「義経千本桜 木の実・小金吾討死・すし屋」である。これは『平家物語』を底本としながら、平治の乱で源氏に敗れた平氏一族の残党に対する源氏の追討の一環のエピソードの物語である。平清盛の子で武勇・人格に際立って優れ人望を集めていた平重盛には維盛(これもり)という嫡子がいたが、源平合戦で敗れて自死したと伝えられている。しかし、この舞台では、実は生きて高野山に逃れた、ということになっている。
 維盛の妻若葉の内侍と、その子六代の君が、重盛にかつて仕えていた主馬小金五という若侍に連れられて、高野山の維盛をたずねる旅の途中、大和国吉野の街道筋の茶店に立ち寄っているところから「木の実」の舞台が始まる。幼い六代の君が、木から落ちた木の実を拾って遊んでいると、遊び人風の男が通りかかって、礫で木の枝を打ち、たくさんの木の実を落として六代の君を喜ばせる。ここまでは、ごく平穏な風景である。しかし実はこの男「いがみの権太」とあだ名の名うてのワルで、謀って小金吾から金を巻き上げる。この茶屋は実は、権太の女房である小せんが営む茶店で、六代の君と同じくらいの年頃の男の子が遊んでいて、後の展開の伏線となっている。
 「小金吾討死」の場では、若葉の内侍の一行が旅を行く途中で、大勢の源氏の追手に襲われ、大立ち回りの末、小金吾はついに切り殺されてしまう。舞台はさまざまな派手な振り付けが見もので、とくにたくさんの縄をつかった殺陣の振り付けがおもしろい。そこへ近くの村のすし屋の親父弥左衛門が通りかかり、死んだ小金吾を発見して、なにやら不審なふるまいを始めるところでこの場は終わる。
 最後の「すし屋」の場では、この店の主人弥左衛門が権太の父であり、ここに維盛が店の見習いの使用人に身を窶して滞在している。ここへ偶然若葉の内侍と六代の君が迷い込み、維盛と喜びの再会を果たす。その事情を、たまたま金の無心に来ていた放蕩息子の権太が立ち聞きして、悪知恵を働かそうと動き出す。親父の弥左衛門は、かつて重盛に命を救われたことがあり、命がけで重盛の子の維盛を救おうとしていた。この店の鮨は、桶に米を入れて発酵させる押し鮨で、そのため多数の空桶が置いてあるが、この取り違えがストーリー展開の鍵となり、悪だくみを図っていた権太は、弥左衛門にその罪を咎められて刺殺される。しかし、死に臨んだ権太は、実は父の意志を理解しており、弥左衛門が切り取って桶に隠していた小金吾の首を、維盛の首と偽って、さらに自分の女房と息子を、若葉の内侍と六代の君に取り換えて源氏の追手に差出して、自分と家族を犠牲にしてまで維盛とその妻子を救おうとしていたのであった。
 ワルの権太が肉親への愛情から、自己と妻子を犠牲にしてまで改心を示し、さらには褒美として与えたられ頼朝の陣羽織のなかに、維盛に対する「出家すれば放免する」とのメッセージがあって、頼朝の度量の大きさが表現されたり、とストーリーはかなり複雑である。
 さらに、父親に刺されて出血しつつも、その瀕死の苦しみの中で事情と心情を説明する権太の長い長い往生際は、百川敬仁『日本のエロティシズム』ちくま新書、2000によれば、日本特有の「もののあわれ」に関連して、観衆の情動を喚起する演出として古くからよく用いられた演出であるという。断末魔の苦しみにあえぎながら告白することが、権太の真心の真実を証明するのであり、劇中の権太という配役は、死を目前にしたこの短い時間のためにこそ生きている。歌舞伎舞台としては、やはり仁左衛門の年齢を感じさせない溌溂として機敏な美しさが際立つ。
 2番目の演目は、「面かぶり」という長唄囃子による舞踏である。13人の囃子をバックに、ただ一人鴈治郎が踊る。観衆全員の視線を、まさに一身に集めてのかなり長時間の演技は、さすがにプレッシャーがあると思うが、鴈治郎はさすがに安定感と安心感のある舞台であった。
 3番目は「弁天娘女男白浪(べんてんむすめ めおのしらなみ)」で、「浜松屋見世先より」と「稲瀬川勢揃い」の2場である。女に化けて商店を荒らす弁天小僧菊之助が、店に寓居していた日本駄右衛門に正体を見破られ、それでも意地を張って金を奪おうとするお話しで、弁天小僧演じる愛之助のコミカルで軽妙な演技と、最近はテレビでもすっかりお馴染みとなった南郷力丸演ずる右團次との掛け合いが見せ場である。日本駄右衛門演ずる芝翫は、いまではすっかり貫録がついて、老練で重厚な演技といえる。勢揃いでの、それぞれゆかりの地名を随所に取り入れた口上は、やはり山場として聴きごたえがある。
 最後は「三社祭」で、清元による悪玉・善玉2人の掛け合い舞踊である。善玉の片岡千之助は孝太郎の子だが、祖父仁左衛門に似て美貌で、期待の18歳である。悪玉を演じた中村鷹之資は、五代目中村富十郎の古希のときの子で、少しぽっちゃりしているが、この人もまだ19歳の新鋭である。鷹之資の舞踏はとてもキレがあって、なかなか良かった。
 夜の部が終わったのは、午後10時少し前であった。さすがに顔見世だけあって、とても充実した、延べ5時間にわたる中身の濃い舞台であった。

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映画「今夜、ロマンス劇場で」

 綾瀬はるかと坂口健太郎が主演する、ファンタジーである。映画助監督が映画を愛するあまり、なつかしのモノクローム映画のシーンからヒロインの御姫様を引き出してしまい、ファンタジーの世界で淡くはかない恋物語を展開する、というお話しである。ストーリーは、主人公の助監督の最晩年の回顧談となっていて、どこまでが彼の実体験で、どこからが彼の夢想なのかさえ明確ではない。しかし映画の世界とは、またその魅力とは、本来そういうものなのだろう。
 綾瀬はるかは、この浮世離れした幻の御姫様を演ずる女優として、まさにぴったりである。相手役の坂口健太郎は、最初は役柄にふさわしいのか心配したが、見ていくにつれて優れた俳優だと再認識した。その老後の最晩年を演じた加藤剛も、すっかり弱弱しい老人になって、あまりにぴったりで感動した。加藤剛は、この7月に亡くなったが、最後の演技だったのかも知れない。
 現実にはありえない、まさに荒唐無稽なお話しではあるが、映画としては決して軽んじることができないひとつの真理を表わしているのだろう。

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吉例顔見世11月興行 南座 (下)

11月興行夜の部
 夜の部は午後4時半から9時前までに、4つの演目があった。
 最初の演目は「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」である。源頼朝の寵臣となって富士山麓の巻狩りの総奉行を仰せつかった工藤祐経は、富士山を間近に見上げる屋敷で祝宴を催していた。その宴には大勢の源氏家臣たちの縁者や遊女たちが来ていたが、そのひとりに舞鶴がいた。舞鶴は源氏の勇将朝比奈義秀の妹であった。舞鶴は、祐経に二人の若者を連れてきて紹介する。それはかつて所領争いから祐経が殺害した河津三郎の子の曽我十郎・五郎の兄弟であった。二人は祐経を父の仇として仇討を実行しようとするが、頼朝の主宰する重要行事の寸前であり、今すぐ騒ぎは起こすべきでないと窘められる。時は正月でめでたい時でもあり、巻狩りの身分証明書である狩場の切手をもらった兄弟は、憤懣やるかたないものの諦めて立ち去る。このあと仇討実行の日を迎えるのだが、この舞台では新年の祝賀宴での敵同士の対面だけである。工藤祐経を片岡仁左衛門、和事の十郎をいつもは女形を演ずることが多い孝太郎が、荒事の五郎を愛之助がそれぞれ演じている。仁左衛門の工藤祐経は悪役だが、上座におさまって穏やかに話すだけで、さほど悪辣さを強調するでもなく、顔を真っ赤にして全身を震わせて怒り狂う愛之助の演技が見ものということだろう。河竹黙阿弥により台本が整理され、明治36年(1903)3月から演じられている現行の舞台では、正月などめでたい時に演じられることも多いという。Photo
 次は、二代目松本白鸚、十代目松本幸四郎、八代目市川染五郎の親子三代が同時に襲名を披露する口上である。藤十郎が司会を勤め、仁左衛門がエピソードを紹介し、三人が順次口上を述べた。私たちが子供時代にテレビで見ていたころ青年期であった染五郎がこうして白鸚になり、6年前に舞台セリから奈落への転落事故に遭難して瀕死の重傷を負って回復した染五郎が幸四郎となり、その子でまだ13歳の中学生が背も高くなりすっかり歌舞伎役者らしくなってきて染五郎を襲名した。昼の部の父幸四郎との連獅子の競演も実に見事であった。とてもめでたいことである。
 三番目の演目は、幸四郎の弁慶と染五郎の義経による勧進帳である。無断で上皇から官位を得たことなどで兄頼朝の怒りを買い、奥羽の藤原氏のもとへ逃避行中の義経一行が、山伏装束で加賀国安宅の関に来る。すでに義経一行が山伏姿で奥州に向かっているとの情報が関守の富樫左衛門には届いていて、山伏はすべて捕らえて関を通過させないことになっていた。弁慶を先頭に関に来た義経一行は、俊乗房重源の東大寺再建の勧進をしていると富樫に説明する。富樫は、それなら勧進帳を読んで聞かせろ、と。弁慶は機転と知恵で偶然持っていたまったく無関係の巻物を勧進帳に見立てて、空で見事に朗読して富樫に感銘を与える、という有名な物語である。勧進帳読み上げの場面に続いて、剛力に扮した義経の嫌疑を晴らすため、主である義経を弁慶が金剛杖で打擲する場面、無事関の通過を認められて富樫たちが退いたあと、義経に弁慶が無礼を詫びる場面、そして再び登場した富樫から酒を振舞われた弁慶が、壇之浦の合戦に因んだ延年の舞を披露する場面、最後に先に関を去った義経を追って、飛び六方で見得を切りながら花道を去っていく場面まで、いつもながら見どころの多い舞台で、すっかり楽しめた。なにより襲名したばかりの幸四郎が、体の動きといい声の通りといい、まさに油の乗り切った素晴らしい熱演であった。
Photo_2 最後は「鴈のたより」という上方狂言の演目である。愛妾司を連れて若殿前野左司馬が有馬に湯治に来ていた。司はたまたま宿の裏手に髪結いを営業する五郎七が気になっていた。その様子に嫉妬した左司馬は、偽の恋文を使って五郎七をおびき寄せ辱めようとした。そこへ左司馬の家老高木治郎太夫が来て、偽恋文の企みを暴露して五郎七の窮地を救う。実は五郎七こそが元は武士であり、今は遊女に身を落としていた武士の娘司の許嫁であったことが判明する。五郎七を演じる鴈治郎は、いつもながら安心して見ていられる芸達者である。いささかファンタジー的でコミカルな面もあるこのような舞台には、最適の役者だろう。司を演じる壱太郎も落ち着いた美しさで絵になる。
 今回は、久しぶりの南座を満喫した。南座が戻ってきてくれて嬉しい、というのが率直な感想である。

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吉例顔見世11月興行 南座 (上)

11月興行昼の部
 京都南座は、2016年1月から耐震補強工事を含む全面的な改修工事が行われ、ほぼ3年ぶりにこの11月新開場となり、待望の顔見世興行が開催された。通常は、年末の12月のみの興行だが、今年は新装開場と南座創設400周年記念ということで、11月と12月の2か月にわたって顔見世興行が執り行われることとなった。Photo
 慶長8年(1603)京の市中で出雲阿国がかぶき踊りをしたことが歌舞伎のはじまりとされ、芝居町として発展してきた京四条河原にこの南座が設置され、以後400年にわたり歌舞伎エンターテインメントの中心であり続けたことによる、とされる。
 この度は私も待望の新開場であり、待ちかねた顔見世でもあったので、11月興行を昼の部と夜の部の両方を、さらに12月興行の夜の部と、合計3度にわたって、家人とともに鑑賞することとした。
 昼の部は、午前11時30分から午後3時30分まで、休憩をはさみつつも5時間という長時間の鑑賞である。
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 最初の演目は「毛抜(けぬき)」である。公家の娘がべつの公家の家に輿入れする予定であったのが、その娘「錦の前」に奇病が発生したとして婚約解消の危機となる。その娘の髪が激しく逆立つという奇病だという。その詳しい様子を探ろうと、嫁ぎ先となっていた公家の家臣粂寺弾正が「錦の前」を訪ね、その奇病の様子を実見する。そのとき、偶然ふと取り出した自分の毛抜きが、突然ひとりでに踊りだすこと、鉄製の小柄も同様に踊りだすことを発見して、実は屋敷の天井裏に巨大な磁石が隠しおかれ、「錦の前」の鉄製の櫛を引き上げて人工的に髪を激しく逆立てていたことを解明する。さらにその裏に、「錦の前」の実家を乗っ取ろうとする家臣八剣玄番の陰謀があることを摘発して、御家騒動を解決する、という物語である。巨大な磁石のからくりという、歌舞伎にしてはいささか奇抜な設定が特徴のユニークな演目である。初演は寛保2年(1742)で、天保3年(1832)からは歌舞伎十八番の中に入れられた。しかし嘉永3年(1850)を最後に上演されることがなくなり、演目としての伝承は途絶えていたらしい。ようやく近代になって古劇の復活を志していた二代目市川左團次が、この「毛抜」の復活に取り組み、明治42年(1909)9月明治座で復活上演した。今回は、四代目市川左團次が主役の粂寺弾正を、敵役八剣玄番を亀鶴が演じている。
 2番目の演目は「連獅子」である。今回御披露目口上を行った十代目松本幸四郎と八代目市川染五郎との親子共演が見ものである。これまでに私は、別の俳優たちによる連獅子を何度か観たが、今回は幸四郎・染五郎親子の「狂言師右近・左近の舞踏」、愛之助・雁治郎の「僧蓮年・僧遍念の舞踏」、そして再び幸四郎・染五郎親子の「親子の連獅子」、と豪華で充実した内容であった。愛之助・雁治郎もいつもながら達者で楽しい演技だが、今回は13歳の新染五郎の初々しいシャープな舞踏がなかなか魅力的であった。父の新幸四郎も、いよいよ歌舞伎役者として円熟期に入りつつあることをアピールするような見事な演技であった。
 3つ目の「恋飛脚大和往来 封印切 新町井筒屋の場」は、容貌に優れ気立てもよいが、飛脚屋を率いる商人としてはいささか頼りない忠次郎と傾城梅川の恋の逃避行の端緒となる事件を描いたもので、これに続く大和新口村の場とともに、歌舞伎では馴染みのある演目である。今回の仁左衛門・孝太郎の親子共演は、私も以前に観たことがあるが、少しずつ演技内容を変えて、毎回新鮮なものとして鑑賞できるように工夫しているようだ。こうした色好みで少しだらしのない男を演ずる仁左衛門も、まさに一流である。
 最後の演目は「鈴ヶ森」で、鶴屋南北作「浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなずま)」という物語の一部である。稀代の侠客幡随院長兵衛と白井権八の出会いとなった鈴ヶ森での雲助一味(実は夜盗)との戦闘の場である。さまざまな趣向を凝らした切りあいシーンが続くが、ここでの主役は20歳前の前髪姿の牢人白井権八で、愛之助が演じている。最後の方で時間的には少しだけ、それでも存在感十分に登場するのが幡随院長兵衛で、新白鸚が演じている。愛之助は、たいていの場合登場すると、少しなりともユーモアのある軽妙な演技を交えて、それがまたこの役者の魅力でもあるのだが、今回はずっと一貫して生真面目で礼儀正しい青年武士を演じていて、新鮮といえば新鮮である。白鸚も、さすがの貫録ある上品な演技をしている。

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「十月歌舞伎」松竹座

 市川齊入と市川右團次の襲名披露を兼ねた十月歌舞伎公演が大阪松竹座で開催された。京都南座が改修工事でながらく休館していることもあって、久しぶりの歌舞伎鑑賞である。Photo
 最初の演目は、華果西遊記(かかさいゆうき)である。三蔵法師・孫悟空・猪八戒・沙悟浄の天竺をめざす一行が、西梁国という女人だけの国をおとずれたときに、蜘蛛の魔物に襲われるが、機知と武勇と忍術に秀でた孫悟空の活躍で三蔵法師をみごと救済する、という冒険物語である。孫悟空はこの日お披露目の市川右團次が、孫悟空の分身の子役をやはりこの右團次の実子右近が演じる。
 市川右團次つまりもと右近は、私はこれまであまり知らなかったが、最近テレビの人気ドラマ「陸王」に出演して、すっかりなじみになったベテラン俳優である。手品のような細かい芸、きびきびしたアクション、そして子役の右近とともに天井からのロープに吊られての空中浮遊と、なかなかもりだくさんの演出が取り入れられている。軽妙でコミカルな味もあって、楽しい雰囲気の舞台となっている。全体として、美しい舞台となっている。
 つぎは二代目市川齊入と三代目市川右團次の襲名披露の口上である。実はこの二つの名跡は、幕末から大正時代にわたって上方歌舞伎を牽引した名優初代市川右團次が淵源だそうだ。天保末期に生まれ、嘉永期に初代右團次として早替わりや宙乗りなどのケレンを得意とし、立役、女形、老役、敵役など幅広い役をこなす一方、舞踊も得意とした、とても芸達者な役者であったらしい。彼は明治42年、60歳代半ばになって長男に二代目右團次の名跡を譲り、自らは初代市川齊入を名乗るようになった。
 右之助改め二代目市川齊入は、初代市川齊入の曽孫にあたる。右近改め三代目右團次は、日本舞踊飛鳥流家元の飛鳥峯王の子として大阪に生まれ、少年時代から上京して三代目市川猿之助の部屋子となって修行しつつ慶応義塾大学法学部を卒業、昭和の終わりころから活躍している。そして今回、右近を実子に継がせて、その御披露目もこの日同時にした。まだ幼いが声が大きく、仕草が可愛くて役者としての華が期待できそうである。
 次の演目は「神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)」という世話物である。江戸の火消し組「め組」の鳶仲間と、相撲取のあいだに起こった文化2年(1805)の実話にもとづき、明治時代に竹柴基水の作で上演されたものである。力士と鳶の意地の張り合いから大勢を巻き込む大喧嘩となるが、最後は火消し組を管轄する町奉行と相撲を監督する寺社奉行の仲介によって収まったという話である。め組の頭辰五郎を市川海老蔵が、力士のリーダー四ツ車を市川右團次が、それぞれ演じている。右團次のここでは重厚な演技が、そして海老蔵の美貌とよく通る声が印象的である。
 最後は、海老蔵が主演する新作歌舞伎舞踊「玉屋清七」である。スクリーンいっぱいに花火を映し出し、ラストシーンでは実物の花火を舞台上で披露し、さらに観客席にまできらびやかな紙吹雪をまき散らす斬新な演出である。観衆の多くが、すっかり堪能した様子であった。
 いよいよ今年の歳末から京都南座が再開する。今後の歌舞伎に、一層期待したい。

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