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文化・芸術

『真人の世界─日本文化のカミ』

 京都アップリンクで、須田眞司さん監督・脚本による映画『真人の世界─日本文化のカミ』を鑑賞した。
 同じタイトルの須田さんの作品を、4年前に奈良県吉野の大淀町文化会館で観た。今回は同じ趣旨の第2作である。
 日本の宗教観は、西欧の一神教的なものとは大きく異なり、日本の自然・風土・歴史に根付いた「カミ」ともいうべき概念に基づく、というのが主題である。247
 映画の構成は、自然信仰の記憶、縄文の記憶、古代の記憶、祭りの記憶となっていて、いずれも「遠く深い記憶」すなわち経験に基づくヒトの心のなかの歴史事実の痕跡が要である、とする。
 そして取り上げられる事例として、三重県熊野の自然信仰・祭り・修験道、出雲の伝承、沖縄の伝統的信仰などが示され、関連する学者・思想家として本居宣長・南方熊楠・折口信夫が取り上げられる。
 私自身を顧みると、先祖からお墓と仏壇を受け継いだ顕本法華宗の仏教徒ではあるが、その教義に没頭するわけでもなく、仏壇を守り、冠婚葬祭に関わり、家族の墓参をして檀那寺に挨拶する程度で、仏教徒と改めて表明するほどの自覚もない。それでも、自分自身が宗教的心理を持たない、あるいは無宗教だとはまったく思わない。
 私自身のぼんやりした宗教的感情と言えば、因果応報、悪いことをすれば天罰を受けるのではないか、良心にしたがって生きることが精神的にも安心である、などという至って平凡・曖昧で漠然としたものである。お寺では合掌し、神社では二礼二拍一礼する。
 もっと言えば、自分自身の勝手な想像で、先祖神が一神教的に常に存在し、たとえば神社に行っても、そこの「神様」としてご先祖さまがおられるような気がしている。
 このような私の、非論理的な、実に語りにくい、説明しにくい宗教感情は、私の勝手な推測から、日本ではとくに変わったもの、偏ったものではないと思う。
 こうした実にぼんやりした非論理的な信仰心であるから、これを正面から表現したり、議論することは、少なくとも私自身はできない。
 そんな私から見れば、この映画は表現することが難しい私たち日本人の宗教観、信仰心を、論理的・具体的でなく、抽象的・象徴的にみごとに表現していると思う。前作に比べても、映画としてのまとまりと分かり易さが各段に向上している。
 私は、現役を引退後、大学院文学部日本史学専攻修士課程を学び、20年弱ほど歴史散策をしばしば行ってきた。改めて思ったのは、日本には神社や寺院が夥しく存在することである。無宗教・無信仰なはずがない。この一見ぼんやりした捉えにくい日本の信仰、宗教について、敢えてその本質に迫ろうとするこの映画に、深く敬意を表したい。

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万葉ダンスファンタジー「女帝持統」なら100年会館

 いよいよ秋が深まった11月24日の快晴の日、JR奈良線で奈良駅に着き、すぐに駅近くの「なら100年会館」に向かった。
 「なら100年会館」は、明治31年(1898)奈良市が誕生してから奈良市政100周年を迎えたことを記念して、奈良市民の文化活動と国際交流の拠点として、平成10年(1998)竣工した。100
 設計は磯崎新である。この建物の建築では、「パンタドーム構法」という特殊な工法が採用された。これは、高い建築のために開発された建築方法で、パンタグラフの原理を応用して、構造物をパンタグラフのように折りたたんだ状態でドームの頂上部を地上で建築し、最後に頂上部までジャッキでプッシュアップすることで、高い建築物の頂上部分を建築する高所作業の危険を回避することができるものである。地下1階・地上5階、延床面積は22,682㎡いうずいぶん大きな建物である。奈良県内最大規模のホール(大ホール収容人数1700人)を備え、コンサート、国際会議、演劇、展示会など多目的に利用されている。
 今回の催しはその大ホールを用いて、演目は「万葉ダンスファンタジー『女帝持統』─藤原京に夢を託して」というものである。ミュージカルのように歌唱が主体になるのでなく、演技にはダンスが多く導入される独特の演劇であった。
 西暦645年の乙巳の変で中大兄皇子(後の天智天皇)が中臣鎌足と組んで蘇我入鹿を誅殺し、大化の改新として知られる政治改革を進めたが、このころ中大兄皇子の二女として、後の持統天皇となる鸕野讚良(うののさらら)が誕生した。実力者蘇我入鹿がいなくなると、天皇家の内部で権力抗争が激化し、天智天皇の皇子大友皇子と弟大海人皇子とが壬申の乱で戦い、結局鸕野讚良と結婚していた大海人皇子が天武天皇となった。鸕野讚良は讚良皇后となったのである。大海人皇子は、鸕野讚良の姉大田皇女とも結婚していて、その子大津皇子が、大海人皇子と讚良皇后との子草壁皇子と天武天皇の後継を争うこととなってしまった。
 そんななか、天武天皇は後継を決めないままに崩御してしまう。讚良皇后は、直ちに大津皇子を謀反の罪で処刑して、天武天皇の後継を草壁に絞り込んだ。ところがまもなくその草壁が亡くなってしまった。
 天武天皇の後継をどうすべきか、悩んだ末に讚良皇后は女帝として夫天智天皇の遺志を継ごうと決意して、女帝持統天皇として即位した。天武天皇の念願であった藤原京を造営し、皇位を孫の文武天皇に譲り、大上天皇として天皇の中央集権の完成を目指した。
 Photo_20251212054701 もともと複雑な経緯のであるうえに、現代人の常識から乖離した極端な近親相姦が多発して、難解なストーリーである。それを補うために、ベテラン俳優小久保びんが中臣鎌足として、生前のみならず死後も亡霊として登場して貴重な狂言まわしを演じている。
 直接あるいは密接にストーリーに関わるわけでない舞踏も組み込まれ、半分くらいはさまざまなダンスを楽しむ舞台となっている。
 入場者の総数と入場料を考えると、とても舞台を支えることはできそうにないと、素人の私でも思ってしまうが、途中で奈良県知事や奈良市長、橿原市長なども挨拶に登場し、行政側の支援もあるようだ。
 終演の後の観客の退場時には、舞台出演者たちが通路に並んで見送ってくれた。そういう暖かさも考慮された催しであった。

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二回目の大阪関西万博(2)

アゼルバイジャン館
 ネパールの隣のルクセンブルク館、ドイツ館は、いずれも待ち行列すら止められていた。そしてアゼルバイジャン館に来た。ここは待ち行列が約1時間という。頑張って待ってみる決意をした。Photo_20251013074401
 待ち行列のなか、ある女性と立ち話をすることになった。通期パスをもって、静岡から数回にわたって来阪し、通算14回目の来場だと言う。この方は、中学生のときに55年前の大阪万博を見てすっかり万博に魅せられ、この度の大阪関西万博を人生の思い出としてたっぷり楽しもうと、通期パスを買うのみならず、なんども繰り返して新幹線で大阪に出かけ、大阪のホテルに宿泊して来場しているという。イタリア館は、なんどか5時間の待ち行列に耐えて鑑賞したと。イタリア館は、素晴らしい展示内容が、部分的に時間の経過で入れ変わるので、なんどもの鑑賞に堪えるという。そんな次第で、この万博に対しての経験的知識がとても豊富で、いろいろなパビリオンについて、入館の難易度や入館しての感想を聴かせていただいた。
1_20251013074401  お陰で約1時間の行列での待ち時間が、退屈しない興味深いものとなった。
 さて、このアゼルバイジャン館は、母屋の建物は意外に小さくて、エントランスの多重のアーチ構造が凝っている。「七人の美女」の大きな像が入口通路の両脇にあり、ゆっくり回っている。パピリオンの入口に、7つのアーチがあって「伝統と革新を融合させた、持続可能性のための7つの橋」とし、通路の両側に7人の美女の像が舞っているのである。2_20251013074501
 アゼルバイジャンは、アルメニア、イラン、ロシアに隣接するカスピ海西岸の国である。人口は1000万人ほどで、もとはペルシア系のゾロアスター教徒が多かったが今ではイスラム教徒が多い。
Photo_20251013074501  この長い通路を経て、パビリオンの室内に入ると、帯のカーテンで囲まれた円筒形のスペースとなり、周囲に映像が投影される。
 そこを出ると、アゼルバイジャンの文化を顕わす品々が展示された廊下のような細長い部屋を通るが、このパビリオンの展示はここまでである。1時間待って、数分で終わるというパピリオンであった。
 最後にエレベータがあり、上の階には喫茶室がある。ちょうど喉も乾いたので、アゼルバイジャンのお茶なるものをいただこうかとエレベータに乗って上がったとろ、カフェはすっかり満員で、とてもお茶をいただけそうにない。万博は甘くないのだ。

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映画『教皇選挙』 春の首都圏小旅行

 雨で予定を変えた日の午後、東京在住の友人の提案で、急遽映画を観ることにした。
 ごく最近、バチカン市国のフランシスコ教皇が亡くなったこともあって、この映画も話題になっていたことはテレビなどで知っていたが、その内容についてはなにも知らなかった。
 教皇選挙の源語Conclaveとは、「鍵をかけて」というラテン語に由来する。死去した教皇の部屋を閉鎖して封印し、世界中から枢機卿がシスティーナ礼拝堂に集合し、外界から完全に隔離されたなかで全枢機卿が互選投票し、新しい教皇として全員の三分の二以上の票を獲得する枢機卿が選出されるまで、なんども選挙を繰り返すものである。投票・開票のたびに、投票用紙は焼却され、その煙がシスティーナ礼拝堂の煙突から放出される。投票結果が未決であれば黒い煙が、ようやく決まれば白い煙が出て、一般のひとびとが選挙の状況を知ることができる。Photo_20250509060201
 この映画では、選挙の運営をローマ教皇庁首席枢機卿たるトマス・ローレンスが勤める。彼は、自分の信仰心に確信を持てなくなり、生前の教皇に辞任を申し出たが、教皇から「君は教会を管理して欲しい」と告げられ、懸念とともに失望を感じていた。それは彼が宗教者としてではなく管理者として能力を認められている、と理解したからであった。
 国も人種も文化も大きく違う世界中から、百数十人の枢機卿が集まるのである。投票が始まる前から、互いに牽制し合い、論争しあい、喧々囂々の騒ぎとなった。水面下では陰謀や差別、スキャンダルの数々が犇めいていて、権力闘争も当然あった。大きくはカトリック教会の保守派と改革派の対立である。保守派は、ローマ教皇時代を理想とし、本来教皇はイタリア人であるベきで、長らくイタリアから教皇の選出がないことと、近年のカトリック教会の「過剰な寛容」に苛立ち、危機感さえ感じている。改革派は、世界の文化や歴史の変遷にカトリック教会も順応して、たとえばLGBTなどの進展にも柔軟に適応しつつ、より広範囲に人々に貢献すべきだと考える。各候補者たちには、この保守・革新の間にさまざまなレベルの階層がある。それぞれの国でカトリック教会のトップたる人びとなのに、このような場では紳士的な態度を放り投げて、激しく罵り合ったりする。ローレンス首席枢機卿は、これらの多様で難しい人々をなんとか取りまとめようと苦悩しつつも努力を続ける。
 いろいろな思わぬ問題が続発して、またまた喧々囂々となり、手がつけられなくなったかに思えたその時、なんの権限も持たないシスターのリーダーが登場して、誰もが敵わない毅然とした冷静な態度で全員を糺す。騒がしさを極めていた場が、一瞬で静まり返った。私はこのシスターを演じた女優を知らないが、その確信に満ちた表情、ゆっくり静かにしかし途轍もない鋭さと力強さで発言するその演技には、心底感動した。
 そんなこんなで紆余曲折を極めるが、最後は誰もが納得する、しかも驚くべき結果が訪れる。ローレンス首席枢機卿は、教皇選挙を無事に指導し得たことで、故教皇のことばを改めてかみしめたようだ。
 この映画は、美男美女などの目を引くような登場人物もなく、表立った波乱万丈もなく、ただ人間同士の深刻で真剣な葛藤・対立・相互理解など、微妙で繊細な心理のうごきを丁寧に描いた、いわば最良の映画らしい映画と言える。じゅうぶん納得し、満足できる映画鑑賞であった。

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高槻ジャズストリート2025 5月4日(下)

3. Music SQUARE1624 Tenjin
Music-square1624-tenjin-little-prayer-ja  レンタルスペースWoooを出て、北西に少し歩いて、高槻上宮天満宮の鳥居の近くのビルの2階にある、ライブハウスMusic SQUARE1624 Tenjinに行った。
 入ってみると、そこそこの観客収容スペースと舞台を備えた本格的なライブハウスである。入場には、なにがしかのドリンクを購入して座席に着く。月に数回のライブを催しているという。身近に本格的なライブハウスがあることを知ることができた。高槻ジャズストリートのような行事のお陰である。
 ここでは3つのセッションを聴いた。
 ひとつ目は「Little Prayer Jazz Orchestra」というビッグバンドである。サックス4人、トランペット2人、トロンボーン2人、ピアノ、ベース、ドラムの合計11人の構成である。
 ピアノとサックスは、少し前にたまたま太陽ファルマテックT-Linksで聴いたRisa Ishida Group33℃のメンバーが参加していた。Music-square1624-funky-rabbits
 どの演奏者もかなりのベテランらしく、引き締まった良い演奏を聴かせてくれた。とくにトランペットのJames Barrettはメリハリのある鋭い演奏が印象的であった。
 ふたつ目は「Funky Rabbits」というギター、キーボード、ベース、ドラム、トランペット、テナーサックス、アルトサックス、パーカッション、ヴォーカルの9人構成である。
 このバンドでは、とくにヴォーカルの村田千穂子のパワフルな歌唱に迫力があった。「ピンキー・パンサー」「チュニジアの夜」など、しっとりしたものやハイテンポのエネルギッシュなものまで、よく通る声量たっぷりまさに全力投球という圧倒的な歌唱で、観衆もすっかり魅了されていた。
Music-square1624  三つめは「じゃずぐり!」というビッグバンドであった。ドラム、ピアノ、ギター、ベース、サックス5人、トランペット4人、トロンポーン2人の合計15人という、今回聴いた中では最大人数の構成であった。
 今年の高槻ジャズストリートは、人気が高すぎて入場に長い待ち行列を成すようなセッションを回避して、できるだけ円滑に入場できるようなセッションを聴くという戦略で臨んだが、果たして多くの会場で無事座席を確保して、落ち着いてじっくり鑑賞することができた。
 会場で再三アナウンスがあったが、高槻ジャズストリートは、一昨年が219万円、昨年が750万円の大幅赤字を計上し、存続の危機にあるという。私は、日常的にジャズをよく聴いているわけではないが、こうしてさまざまな生演奏を演奏者の間近で気軽に聴けるという貴重な機会は、やはり存続して欲しいと願うものである。

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高槻ジャズストリート2025 5月4日(上)

 2日目最終日の5月4日は、家人とともに3つの会場を巡った。
1. 太陽ファルマテック(株)T-Linksカフェテリア
Tlinks  最初は、ごく最近新しい会場になった太陽ファルマテック(株)T-Linksカフェテリアである。やはり最近新設された関西将棋会館とJRの線路をはさんですぐ近くにある、モダンな美しい建物である。
 この会社は、戦前から80年以上にわたり第一三共グループの西日本主力工場で、2019年10月太陽ホールディングスのグループ傘下に入り、太陽ファルマテックとして事業を開始した医薬品製造業である。多様な固形製剤・注射製剤の製造をしている。今回会場となった建物は、ごく最近改築されたものらしい。
 民間会社の建物の中に入るので、受付で記名して入場許可証として紙の腕輪をうけとり装着して入場する。立派な体育館に隣接した大きなカフェの部屋がここでの高槻ジャズストリートの会場となっている。
この会場では3つのセッションを聴いた。Tlinkstmeeting
 最初は「橋本仁+近藤奈津子 ザ・まめなっつ」という6人のポップスバンドである。男女2人のヴォーカルとコーラスを兼ねるヴォーカルの女性とキーボード、エレキ・ベース、ピアノの構成である。男性ヴォーカルはファルセットが得意のようで、個性ある歌唱をきかせてくれた。
 ふたつ目は「T-Meeting」という男性4人のファンク・バンドである。ファンクというのは、ジャズをベースにしたビートの強い音楽、あるいはブラック・ミュージック(主にアメリカの黒人音楽)という意味らしい。このバンドはヴォーカルが「日本の歌だけ歌う」と宣言し、「見上げてごらん夜の星を」、「限りなき永遠の愛」などを熱唱していた。
Tlinksrisa-ishida-group33  3つめは「Risa Ishida Group33℃」という4人のジャズ・ファンクのグループで、”サーティスリー・ディグリーズ”と発音させるらしい。サックス、ピアノ、ベース、ドラムの構成である。リーダーのサックス奏者石田梨沙は、昭和音楽大学短期大学部を卒業後、カナダ留学を経て、バンドを結成してCDを発刊しているという。京都などでサックスの教室もしている。元気な力強い演奏で、バンド演奏を引き締めていた。
 演奏も良かったが、なにより新しいきれいな建物のなかは、それだけでも快適だ。

2. レンタルスペースWooo
 太陽ファルマテックT-Linksを出て、JR京都線の線路をくぐって西側に出て、Woooという名のミニライブや楽器・ダンスの練習に借りることができる、収容人数40人以下程度のごく狭いレンタルスペースに行った。Wooo
ここでは「ムラキヤスノリ」というベース演奏者の「ピン芸演奏」を聴いた。
 この人は、40年以上ベースを演奏しているといい、あるときからベース1本でピン演奏をして生きていくと決断したと話す。時には、ベース奏者3人で一緒に演奏したりもするという。
 狭い会場には、彼の同業者や共演者たちの、いわゆる「身内」と称する人たちもいて、客席からいろいろ合いの手や野次を飛ばすのに対して、関西弁のノリで応えるという場面が多々あって、雰囲気を盛り上げていた。
 エレクトリックな装備も活用しながら、達者な演奏で満喫させてくれた。

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高槻ジャズストリート2025 5月3日

 高槻ジャズストリートは、今年で27回目だという。私たち家族は、2003年に転勤で大阪に帰って来たが、高槻ジャズストリートはすでに1998年から始まっていた。Vp
 初日の5月3日は、鑑賞に出かける戦略として、自宅から近い会場から1時間ずつ南の方向にシフトして鑑賞するというものであった。
 最初は、高槻阪急5階屋上で「VPデュオ」のエレクトリック・ピアノと女性ボーカルのジャズを聴いた。高槻阪急は、6階がレストラン・フロアになっていて、5階に屋上とは知らなかったが、キッズコーナーとして小さな屋外エリアがあったのだ。こうして身近なところにも、こんな催しのお陰で発見があったりする。少人数の椅子なしだが、それなりに楽しめた。Photo_20250505054501
 次に行ったのは、阪急高槻市駅の高架下広場である。清水玲奈グループのクインテットの演奏であった。清水玲奈のテナーサックスは、なかなかパンチのあるダイナミックな演奏であった。杉山悟史のキーボードは、エレクトリック・ピアノに加えて、3種類くらいのシンセサイザーを駆使した手の込んだ達者な演奏で、これもなかなか聞きごたえがあった。鶴田伸雅のリードギターもとてもテクニックの手が込んでいて、おもしろいものであつた。音量はてとも大きくて、それでもまったくうるさくは感じない、よく息の合った素晴らしい演奏であった。
 高架下の屋外で、ステイタスを感じる演奏場ではないが、毎回ここにはかなり有名なプレイヤーも来てくれる。立ち席のみのぎっしり満員だったが、なかなか充実していて、みんな満足そうであった。
Jk  3番目は、城北通りのJKカフェに入った。2時間続けて立ったままの鑑賞であったので、椅子席を期待したが、それはかなわず、カウンター前の立ち席で、それでも演奏者にかぶりつきの場所となった。「マシュカパピア」というピアノ、ギター、パーカッションのラテン・バンドであった。ラテンとは言っても、ハチャトゥリアンの「剣の舞」やモーツアルトの「アイネクライネ・ナハト・ムジーク」などを、ラテンのテイストにアレンジして、とくにパーカッションを活かして、楽しく演奏していた。
 4番目は、高槻城公園芸術文化劇場北館2階でKOYOJAZZ AND CONTEMPORARY MUSIC LABという神戸甲陽音楽専門学校卒業生によるジャズを聴いた。ピアノ、トランペット、サキソフォン、ウッドベース、ドラムのオーソドックスなジャズ・クインテットである。若々しい力強い演奏で、なかなか迫力と勢いがあった。2koyojazz-and-music-lab
 最後は、高槻市立第一中学校の屋外グランドで、白山タカシ&ザ・フレンズのR&Bフュージョンの11人による演奏であった。昼間は快晴で温度が高くカラッとしていて、快適な天候であったが、陽が傾き風が強くなって、屋外ではいささか寒くなってきた。昼間に適合させて長袖シャツのみで出かけてきて、それでも昼間は暑すぎるくらいであったが、このころにはそんな服装では肌寒くなってきた。

Photo_20250505054601  それと、この会場はグランドに露天の舞台を設え、そこから少し離れた場所に聴衆者のためのパイプ机とパイプ椅子を並べて聴衆者席が設えてあるため、舞台と聴衆者席の座席の間に、立ったまま聞く大勢の聴衆がいて、せっかく座席を確保しても舞台の演奏者がよく見えないという難点があった。
 結局、風邪をひくのも嫌なので、演奏の途中ではあったが失礼して退席した。
 とくに昼間は快晴に恵まれ、たのしいひとときであった。

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南座「三月花形歌舞伎」

 久しぶりに京都南座に歌舞伎公演を鑑賞した。
 演目は「妹背山婦女庭訓 三笠山御殿の場」と「於染久松色読販」のふたつであった。
 「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)三笠山御殿の場」は、江戸時代中期に近松半二など5人が合作した全五段の歌舞伎で、明和8年(1771年)正月に大坂竹本座で初演された。
 この物語は、日本古代の西暦645年「乙巳の変」、いわゆる「大化の改新」から採ったもので、話の内容は大きく脚色され、敵対する関係者の間に恋愛・悲恋のストーリーを混ぜ合わせて、ストーリーのテーマがあたかも歌舞伎版ロミオとジュリエットのような構成となっている。Photo_20250319054801
 蘇我氏が権勢をふるっていた7世紀中ごろが舞台である。蘇我入鹿は天皇の権威をも抑えるほどに権力の最盛期を謳歌していた。これをなんとかして打ち倒そうと画策していたのが中臣鎌足とその息子の不比等であった。不比等は歌舞伎では「淡海」という名で登場し、ここでは俗世に潜み込むため烏帽子折つまり烏帽子職人として「求女」と名のり、庶民に身を窶(やつ)している。ところがこの求女は(その名の通りか)女性にもてる。奈良の三輪に潜伏していたとき、その地の杉酒屋(つくり酒屋)の看板娘お三輪がぞっこん惚れ込んでしまった。しかし求女は、入鹿の妹である橘姫とも昵懇の仲であった。求女にすれば、入鹿討伐の手段の一環だったのかも知れない。
 舞台の幕が上がると、場所は蘇我入鹿の御殿である。中央に居丈高に鎮座する入鹿に対して、女官や家臣が取り巻き、入鹿の栄光を讃えている。
 そこへ下賤の身なりをした漁師鱶七(ふかしち)が登場してくる。ふてぶてしい漁師鱶七は、自分は中臣鎌足から遣わされた者で、鎌足からの手紙を持参した、という。うさんくさいと思った鎌足は、とりあえずこの男を捕らえて人質にせよ、と家臣に命ずる。鱶七は簡単には家臣の拘束に応じなかったが、やがてふてぶてしい態度は崩さないまま拘束に応じ、大胆にも御殿の座敷で昼寝に入る。
 そして橘姫が登場し、まもなく求女が出てくる。求女は、白色の苧環(おだまき)という糸巻きを持ち、その糸の端を橘姫の袖に結びつけて、橘姫の行先をたどることができるようにしていたのだ。求女と再会した橘姫は喜ぶが、実は求女が兄入鹿を狙う人物であることを知り、それでも求女の役に立ちたいと言う。この言葉に感じ入った求女は、結婚して添い遂げようと橘姫に誓い、二人は婚礼の準備に屋敷の中へ入っていく。
 そこへこんどはお三輪が迷いつつ御殿にたどり着く。お三輪は赤い糸の苧環を持ち、その糸の端を求女の衣服に密かに結びつけていた。途中で糸が切れたが、迷いながらもようやく御殿まで来たのだ。お三輪は、出てきた女官たちに求女らしき人物が来なかったかを訪ねる。女官は、その人物なら、これからお姫様と祝言を挙げる婿の男だという。
 恋心を募らせるお三輪は、なんとしてもその男に合わせて欲しいと女官たちに懇願する。意地悪な女官たちは、お三輪の純情につけ込んで、さんざんにいたぶり、泣かせる。
 途方に暮れたお三輪が、いったん帰って出直そうとしたとき、御殿の中から祝言が始まったことを大声で祝う声が聞こえた。これでは帰ることなどできない、とお三輪は嫉妬の炎を燃え上がらせて形相を変えて御殿のなかへ侵入しようとした。そのとき、御殿のなかから突然鱶七が現れて、とっさにお三輪の腹を短刀で刺した。
 断末魔のなか、なぜ自分がこうして殺されねばならぬのかを問うお三輪に、鱶七は、実は自分は中臣鎌足の家臣金輪五郎で、蘇我入鹿を討伐するために動いているという。蘇我入鹿は、その父蘇我蝦夷が、朝廷で飼育する禁漁の鹿の血を妻に飲ませて生まれた子であり、そのような高貴な鹿の血と、さらに嫉妬に狂う女の生血をあわせて鹿笛にかけて吹けば、入鹿の力が衰える魔力があるのだ。お三輪が慕う求女は、実は中臣鎌足の子不比等であり、彼は入鹿を討とうとしているので、お三輪の生き血は恋人の役に立つのだ、喜べ、というのであった。
 この物語は、乙巳の変の前にこんな裏話があったとするフィクションであり、ずいぶん時代が古い。ところが舞台に出てくる人物の衣装も、建物の内装も、多くが近世江戸時代の雰囲気であり、そういう意味ではいい加減な時代考証ではあるが、江戸時代の人気歌舞伎なのだから、それはそれでいいのだろう。歴史に題材をとる点で、この歌舞伎は「時代物」なのかもしれないが、内容的には「世話物」の要素が強い。
Photo_20250319054802  この舞台で主人公となっているお三輪を演じるのは、五代目中村米吉である。彼は五代目中村歌六の子で、端正で美形の女方である。もうひとりの重要な役鱶七は、四代目中村福之助が演じている。私たちの世代では中村橋之助として知られていた八代目中村芝翫の長男である。求女こと淡海は、中村虎之助が演じた。中村虎之助は、長年にわたって歌舞伎界に君臨した四代目坂田藤十郎を祖父とし、三代目中村扇雀を父とする。ちょっとだけ顔を出す豆腐買おむらとして、中村壱太郎が出ている。中村壱太郎は、同じく四代目坂田藤十郎を祖父とし、四代目中村鴈治郎を父とする。いずれも、私たちの世代が馴染んだ役者の子の世代で、当然ながらこの歌舞伎の世界も世代交代がすっかり進んでいることを痛感する。
 2時間にわたる長時間のどっしりした演目であった。
 次は「於染久松色読販(おそめひさまつ うきなの よみうり)」である。
 四世鶴屋南北がつくった歌舞伎狂言で、文化10年(1813)江戸森田座で初演された。 主演の役者がお染・久松・お光・竹川・小糸・お六・貞昌の七つの役を「早替わり」の技法を用いて一人で勤める演出で、通称「お染の七役」と云われてきた。 初演時は、歌舞伎史上最高の美形女方と云われた五世岩井半四郎がお染と久松、久松の許嫁お光、奥女中竹川、後家貞昌、土手のお六、子守お作の計七役を演じ、大当たりを記録したという。
 今回は、現代の若手女方を代表する中村壱太郎が、「お染の五役」としてお染、久松、久作娘お光、雷、土手のお六の五役を演じている。進行も変化も早い40分余りの舞台で、私は「雷」なる役がよくわからなかった。
それにしても、中村壱太郎の早変わりの演技は見事であった。大変なエネルギーを要すると思う。長い重厚な演目を見た後でもあり、こういう軽快でスピーディーな演目も、とても新鮮でよかった。

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2024年度高槻こいのぼりフェスタ

 今年は「高槻こいのぼりフェスタ1000」というタイトルで1000匹の鯉のぼりを翻すとのアピールらしい。
 4月29日例年通り、河川敷広場で午前10時から昼休みをはさんで、午後3時半までステージイベントが行われた。家人とふたりで、芥川高校の和太鼓を中心に観に行った。1000_20240516060501
 キッズ・ダンスという子供から青年までのそれぞれの演技があった。幼稚園児や小学生も、楽しそうに踊るのは可愛い。
 芥川高校の和太鼓部は、創部30周年、部員60名を誇り、全国高校総合文化祭に19回出場し、優秀賞・文化庁長官賞(2回)、優良賞(4回)を受賞、国立劇場公演(2回)にも参加という輝かしい実績をもつ。海外活動でも、2001年からイギリス、トルコ、韓国、スペイン、オーストリア、インドネシア、ベルギー、アメリカ、中国(日中高校生友好交流事業)、シンガポール(文化庁派遣)で公演を行い、11回目の海外公演となったポーランドの世界民俗芸能フェスティバルで「特別賞」を受賞している。リズムだけでこれだけの表現力を実現するのには、感動する。また、笛を2人加えた演奏もあるが、この笛のボリウムにも驚いた。
 高槻こいのぼりフェスタの恒例のイベントとして、すっかりこの地に定着している。

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2023年七月大歌舞伎 松竹座

 3月からほぼ4カ月ぶりに、大阪松竹座で「七月大歌舞伎」を観た。
 今回は、夜の部に片岡仁左衛門が演じるのは最後となるだろうといわれている「俊寛」が予定されていたが、さすがに人気が高すぎて、私たちには昼の部しか切符が取れなかった。それでも内容はなかなか充実していた。
 最初の演目は「吉例寿曽我 鶴ヶ岡石段・大磯曲輪外」である。Photo_20230712054301
 これは私には初見の演目である。鎌倉幕府の草創期、平重盛の家人から源頼朝の寵臣となった工藤祐経(くどうすけつね)がこの舞台の主役である。工藤祐経の家臣近江小藤太と八幡三郎が、主君たる工藤祐経の武運長久を祈るために夜中に鶴ヶ岡八幡宮に参詣にきていた。そのとき八幡三郎は近江小藤太に「見てもらいたい書がある」と持ち掛けた。それは謀反の密書であり、それを感づいた近江小藤太は「中身を見ないでとりあえず私に譲ってほしい」と返事した。八幡三郎は「ほしいなら譲らぬでもないが、まず私が中身を読んでからだ」と返す。これで二人は激しく刀を交わすことになった。大きな八幡宮の石段を舞台に、華やかな立ち回りが演じられる。近江小藤太を中村隼人が、八幡三郎を中村虎之介が演じる。若い伸び盛りの二人の機敏な立ち回りはなかなか美しい。舞台の石段も、ゆっくりせりあがって場面が交代するようなカラクリとなっていて、なかなか興味深い。
 そのカラクリが幕間なくただちに舞台を大磯の曲輪へと変える。源頼朝の寵臣に成りあがっていた工藤祐経は、富士の巻狩りの総奉行を仰せつけられ、工藤の屋敷では大名や遊女大磯の虎などの取り巻きが祝いに駆け付けていた。そこへ朝比奈三郎が二人の若者を連れてくる。それはかつて工藤が討った河津三郎の忘れ形見、曽我十郎・五郎の兄弟であった。父を殺した相手に面会できたことを知った兄弟は、とくに血気盛んな曽我五郎が仇討ちを意識してはやるが、朝比奈がなだめ、工藤は巻狩りの身分証明書である狩場の切手を兄弟に与えて、双方再会を期して別れる。工藤祐経をはじめ、登場人物一同が、疑心暗鬼の探り合いとなり、「だんまり」と呼ばれる舞台となっている。工藤祐経を坂東弥十郎が、曽我十郎を片岡千之助、曽我五郎を市川染五郎が演じている。「だんまり」の舞台様式については、私にはよくわからなかった。
 二番目の演目は、京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)で、竹本連中と長唄囃子連中の伴奏による舞踊の舞台である。私は、この演目を観るのはたしか2度目だと思う。
 鐘供養のために所化(しょけ:修行僧)が集まる紀州の道成寺が舞台である。そこへ美しい地元の白拍子花子がやってくる。所化たちが訝しんで所用を訪ねると、なんとしても鐘を拝みたい、と。舞を奉納することを条件に白拍子に入場を許すと、白拍子は熱い恋心を込めて艶やかな踊りを披露するうちに、形相も衣装も変化し、最後には鐘に登って取りついてしまう。1時間近くにおよぶ壮麗でエネルギッシュな舞踊が、尾上菊之助によって披露された。ときには動きの速い踊りに加えて、伴奏にきっちり合わせながら自ら鼓や小太鼓を演奏する。まことに見事としか言いようがない素晴らしい舞踊であった。
 最後の演目は「伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)沼津」である。
 裕福な江戸の呉服商十兵衛は、縁あってある武士が敵討ちから逃れるために九州相良に落ち延びる手助けのために沼津まで来ていた。そこでひょんなことから貧しいが人柄の良い老人雲助平作から、駄賃仕事がないので荷物運びをさせて欲しいとせがまれ、荷物を運ばせる。ところが平作は老いぼれていて荷物運びの役に立たないばかりか、足を怪我してしまう。可哀そうに思った十兵衛は、偶然持ち合わせた評判の妙薬を印籠から出して施薬してやると、薬効てきめんに傷は癒えた。そのあと偶然平作の娘お米と行き合わせ、お米の美貌に惹かれた十兵衛は、平作・お米のあばら家に立ち寄り、一宿することになる。お米は、実は元吉原の「瀬川」と名乗った高名な花魁であったが、ある武士と結婚していて、その夫は鎌倉円覚寺で果し合いに敗れて負傷し療養していた。夫の回復のために「妙薬」を手に入れようとして十兵衛の印籠を盗もうとしたお米は、十兵衛に取り押さえられてしまうが、平助とともに平謝りして十兵衛から許しを得た。そんなこともあり、十兵衛は夜明け前であったが、すぐに平助の家を出て、千本松原に向かって旅立った。残された印籠に付随していた書付から、平助とお米は、実は十兵衛が平助の実子でありお米の兄であることを確信する。さらに、その印籠が、お米の夫に傷を負わせた武士のものらしいことをも発見した。十兵衛がその仇の消息を知っているかも知れないと感づいたお米は、平助とともに十兵衛を追った。
 なんとか十兵衛に追いついて、仇の武士について聞き出そうとした平助は、律儀な十兵衛から断られ、とっさに十兵衛の脇差を引き抜いて自刃する。驚いた十兵衛は、近くにお米が潜んで聴き耳を立てていることを知りながら、死にゆく平助への言葉として仇の武士の消息を教えたのだった。
 人情劇とはいえなんとも複雑なストーリーで、私には全容がすぐには把握できなかった。その複雑さの遠因として、この物語は、沼津に実際にあった仇討ち事件、しかも高名な荒木又右衛門にも関わる有名な事件を下敷きにしたものであるという。
呉服商十兵衛を中村扇雀、平作を中村鴈治郎、お米を片岡孝太郎がそれぞれ演じる。
 回り舞台だけでなく、背景が目の前でするりと入れ替わる新しい舞台装置を導入し、場面の展開が迅速なことに驚いた。そのため、一幕の舞台ながら1時間半余りの、内容の濃い長丁場である。先述の石段のカラクリもそうだが、私が歌舞伎を観るようになったこの20年ほどの間にも、舞台装置も少しずつ変化・進化しているのだろう。
 舞台に登場する役者も、確実に世代交代が進む。高名なベテランの役者を見慣れたひとには、若手役者に物足りなさを感じてしまうのかも知れないが、若手も確実に育っている。
 今回は、休憩を2回含むが、全体で4時間以上にわたる長い公演で、ここ3年間余りのコロナ騒動で、開催されても全体で2時間から3時間弱と短かったのが、ようやくかつての公演なみに復活していて、その意味でも嬉しかった。

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