2023年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ

書籍・雑誌

小谷賢『インテリジェンスの世界史』岩波現代全書

 インテリジェンスの研究者として、講演会やメディアにも出ている少壮の学者が2015年末に発刊した本である。
 インテリジェンスintelligenceは、諜報espionage活動の中核的要素であるが、この書では人間が身を呈して敵中に潜入して情報入手を図ることは含まれず、専ら通信傍受signal intelligentによる情報入手について述べられている。これは傍受に加えて、暗号解読と、さらに外国語翻訳が業務内容になる。
 インテリジェンスのための通信傍受の近代的専門的組織としては、1914年第一次世界大戦開戦時に、イギリスに「40号室」という暗号解読組織が物理学者ヘンリー・ユーイングによって設置されたのが嚆矢である。1917年1月イギリスはツインマーマン電報事件で、ドイツがメキシコに対して大戦参加の見返りにアメリカ領土を割譲する提案をしていることを傍受し、それをアメリカに伝えたことがそれまで中立方針を貫いていたアメリカの参戦を導き、ドイツの敗戦につながったことで、通信傍受の重要性が注目されるようになった。アメリカも、1919年には専門組織を設置した。
 1923年には、日本もポーランドから専門家を招聘して、ソ連の暗号解読のための組織を陸軍参謀本部に設置した。
 第二時世界大戦において、1941年イギリスが日本を傍受して、当面日本軍が南進しないと知り得たことは戦術上大いに貢献し、また1942年アメリカ海軍が日本海軍の作戦暗号を解読したことがミッドウェー海戦の勝利をもたらすなど、通信傍受の利益が大きいことを経験したが、それでもまだイギリスとアメリカは相互に疑心暗鬼があり、通信傍受で本格的に共同・協力することはなかった。
 しかし第二次世界大戦が終結するころ、1942年にはソ連が英米に対して秘密情報収集活動を本格的に進めていることを察知し、英米は終戦を待たずしてソ連を仮想敵国と見做すようになった。これが英米間の情報活動の連携重視に向かい、1946年UKUSAユーキューサ協定として米英連携体制が成立した。つまり通信傍受での米英連携の目的は、ソ連の実情を共同して探ることが最優先であった。
 1947年9月アメリカでは、NSC国家安全保障会議とCIA中央情報庁が新設され、1948年にはNSCの下に、米通信情報委員会が設置された。しかし、アメリカ国内でさえ陸軍・海軍・国務省などの間に競合・対立・相互不信があって、通信傍受で得た機密情報の集権化・共有化はなかなか達成できなかった。1958年NSA国家安全保障庁ができて、ようやくアメリカでは通信傍受活動の統合が達成された。
 1945年カナダのソ連暗号担当官のソ連亡命事件があり、カナダは1949年アメリカとCANUSA協定を締結した。同様なスパイ事件などが各国に発生し、やがてイギリス・アメリカの協定にカナダに加えて、オーストラリア・ニュージーランドが加わり、Five Eyesと呼ばれる体制ができた。それでもあくまで傍受活動の中核はイギリスとアメリカであり、5カ国の情報の共有に意味があった。UKUSAは、傍受施設の設置を目的に、ノルウェー・デンマーク・アイルランド・西ドイツ・オーストリア・イタリア・ギリシア・パキスタン・フィリピン・韓国・日本を友好国に加えたが、情報の共有は含まなかった。
 1961年以降、ソ連暗号解読チーム「ヴェルナ」の活動で、1940年代に遡るアメリカ内の数百人にのぼるソ連スパイが暴き出された。こうして英米のリーダーたちはソ連との対決を決意するに至ったが、ソ連の暗号解読に20年を費すこともあり、迅速というわけにはいかなかった。
1956年スエズ危機が勃発し、いち早く情報を得たイギリスはアメリカに知らせずに独自にイスラエルと軍事行動を開始し、アメリカの不信を買うとともに、アメリカは中東での情報活動の重要性に気づくこととなった。1960年には、アメリカが世界初の電波傍受用人工衛星「グラブ」を打ち上げた。
 1962年キューバ危機が発生したが、人的スパイ活動ではソ連が優勢であったのに対して、米英は傍受・偵察で対抗し、その有効性と限界を理解した。NSAは通信傍受で危機の兆候は把握できたが、作戦内容の把握には時間がかかり過ぎた。以後アメリカは、電波収集艦にも注力する。
このころから、アメリカNSAは情報傍受能力でイギリスGCHQ英国政府通信本部に圧倒するようになり、イギリスのアメリカ依存がはっきりしてきた。
 1961年J.F.ケネディが大統領に就任するころには、アメリカのベトナム関与が拡大し、やがてベトナム戦争が泥沼化した。アメリカの北ベトナムに対する情報収集能力は、最初は不十分であったが、1967年のテト攻勢のころにはアメリカ軍に大きく貢献するようになっていた。ベトナム終戦のころ、イギリスGCHQは、北ベトナムの背後にいたソ連の動きをとらえ、その情報がアメリカのキッシンジャー和平工作に貢献した。
 こうした国際的安全保障のための外国対象の情報収集活動に加えて、1960年代からNSA・FBI・CIAは、「ミナレット計画」として、アメリカ国内の反戦運動などの通信傍受による情報収集にも注力するようになった。当然ながら、この活動は国内の議会で問題視され、何度も紛糾した。
 ベトナム戦争を経て、NSAは9万人を超える巨大組織になり、宇宙空間から深海までにおよぶ広範囲の通信傍受をするようになっていた。アメリカの情報収集能力がイギリスを圧倒し、それは米英間の軋轢をも生じる要因にもなった。
 議会や立法府の監視や牽制を受けながらも、静止衛星を含む広範囲の情報収集は、世界中からあらゆる会話データなどを収集し、解釈・分析を度外視して検索コードのみ付加して無差別に大量メモリーに蓄積するようになった。現在のBig Dataの先駆けといえる。IBMなどの民間との共同プロジェクトで、暗号解析や暗号標準規格などの開発も進められた。
 1970年代に入ると、苦労して米英の協力体制UKUSAを作り上げた第一世代のリーダーたちが引退あるいは死亡し、デタントの世界情勢とあいまって、またもUKUSA諸国間に軋轢が生じてきた。アメリカはニクソン・キッシンジャーを中心に米ソ関係の緊張緩和を進めようとし、イギリスはヒース首相のもと、ヨーロッパとソ連との関係安定化をアメリカに関わらず進めようとした。しかし、1973年シリア・エジプト連合軍が突如イスラエルに侵攻して第四次中東戦争が勃発し、またヒース首相が退陣したことで、UKUSAの関係修復が進んだ。
 その一方で、アメリカの暗号専門家がソ連に亡命する事件や、アメリカのベトナム戦争にかんする機密情報が漏洩した「ペンタゴン・ペーパーズ事件」などが発生し、自国民への傍受は制限された。
 1983年大韓航空機撃墜事件は、米ソ対立を決定的なものとし、またアメリカ国内では「スパイの年」と呼ばれるほどにソ連のスパイが摘発された。
 1980年代からは、暗号技術の高度化・低価格化と収集データの増加から、NSAは集めたデータの20%しか処理できなくなった。
 1990年代は、冷戦終結により「平和の配当」が提唱され、米NSA、英GCHQともに予算削減・人員整理の波に襲われた。情報機関は、外交・安全保障から経済・犯罪捜査へターゲットをシフトせざるを得なかった。
 1990年8月イラク軍の突然のクウェート侵攻から湾岸戦争が勃発した。米NSA、英GCHQともにイラクの侵攻の兆候は事前に把握していたが、ともに真剣には問題視していなかった。湾岸戦争においても、米NSA・英GCHQともに軍の作戦遂行には役に立たず、もっぱら政治的目標にかんして貢献できた。その一方で、「平和の配当」政策から通信傍受関係の予算と人員は四分の一程度にまで削減されていた。また技術的にも①暗号技術の発展・高度化と、そのUKUSA独占の不可能化、②光ファイバー網普及による傍聴の困難化、③インターネットによる情報通信の複雑化と情報量の爆発的増加、などの技術進歩による新たな問題が加わった。
 通信傍受の運用にかんしては、1992年、ダイアナ妃と愛人J.ギルビーとの携帯電話膨張事件たる「スクイッジー・ゲート事件」、UKUSAが欧州諸国をカバーする商業用通信傍受プログラム「エシュロン」(国際的産業スパイ事件に利用)など、人権や秘密保護の観点から正統性が疑義される事案が増加してきた。
 しかしそれらの逆風も2001年の9.11同時多発テロ事件で、潮流が一変した。米英ともに「テロリズムとの闘い」という大義名分が成立して、インテリジェンス関連予算が激増した。同時に、主にソ連・ロシアだけといったそれまでの対象範囲が、世界中に広範囲に拡散したテロの脅威が対象と大きく拡大した。
 2013年6月スノーデン事件が発生し、NSAが世界中のネットワーク・データを無断で無差別に収集していたことが公知となり、NSAの機密情報がスノーデンの亡命によりロシアに渡ったことと併せて、米英のインテリジェンスにとって大きな痛手となった。それでも、アメリカに比較してイギリスは伝統的に自国インテリジェンスに対して国民からの信頼は厚いという特徴がある。
 インテリジェンスについては、国家安全保障と個人のプライバシー、情報公開とのバランスと、通信傍受の費用対効果の評価が継続する問題となっている。
 概ね以上のような内容であるが、なかなか実態が把握しがたいインテリジェンスの実情にかんして、米英の協力機構たるUKUSAを軸に、かなりわかりやすく整理して解説されている。わが国でも、このような大問題に今後いかにして対処していくべきか、いまや喫緊の課題である。
 インテリジェンス、諜報などの行動は、常に人権や倫理とせめぎ合う、とてもデリケートな葛藤をともなう。その一方で、一部のメディアや論壇のように「正義感」から全面否定しても、現実には我々の生存や安全保障が厳しく脅かされるという厳しいジレンマがあり、単細胞的に拒否することが本当の「正義」とはならない。たとえば、スノーデンは「正義感」からロシアに亡命したというが、それまでの機密データをロシアに提供したことが「正義」とは到底考えられない。もちろんインテリジェンスに関わる人材は、それなりの高度な人権意識、倫理観、正義感が求められ、あわせて強い愛国心が必要である。さらにこれらの当事者たちが、正当に扱われ、評価されねばならない。われわれ国民は、この 問題に真剣に取り組まなければならない。
 いろいろなことを考えさせる意味でも、時宜を得た優れた書であると思う。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

杉田弘毅『アメリカの制裁外交』岩波新書

 2020年2月の発刊であり、時期としてはトランプ政権までの観察である。
 全体的に、アメリカの経済制裁の実情についての事実関係、その影響の分析としては、詳細かつ緻密で、信頼のおける情報が述べられている。しかし、その事実に対する地政学的、外交的、政治的評価という観点からは、いささか腑に落ちないものがある。
 著者杉田氏は、アメリカが国際的に不当な経済制裁をしている、外交はなおざりである、世界一の軍事力を有効に行使する「世界の警察」の役割を放棄してしまっている、「軍事力を使わない」と「内向き指向」になってしまっている、経済制裁は相手国の政策に影響を与える以上にその国民の弱い立場の人びとを苦しめている、大きな被害を発生する割には効果が少ない、などと金融制裁をはじめ各種の経済制裁を行うアメリカを専ら激しく非難している。
 しかし国力の行使の手段の一つとしての経済制裁について、アメリカの元国防長官ロバート・ゲーツは、その著書 "Exercise of Power",2020.6 のなかで、経済制裁はその制裁対象に直接かかわるファクターに対してしか効果がなく、したがってその効果には限界があることこと、弱い立場の人びとにより厳しく影響をあたえてしまうこと、などが述べられており、そんなことはすべてわかったうえでの、万能ではないがかけがえのない非軍事的手段として理解し実施されているのである。アメリカは、杉田氏がいまさら言及するような経済制裁の負の側面は、全部理解したうえで実施しているのである。むしろ、杉田氏がソ連、ロシア、さらに中国が継続的に実行している、はるかに非人道的な諸行動を、棚上げしたかに見えるのは片手落ちに思える。どうしても視点に偏りを感じてしまう。
 ジャーナリストも、自分が考える問題意識を基礎として取材し活動するだろうから、批判精神は必要だろうが、事実を評価するとき、非難するときは、関連する他のステイクホルダーを十分念頭に置いて評価を述べないと、不公平・不公正が露呈して説得力がない。
 そういう意味では、大変勉強になり参考にはなったが、あまり響かない書であった。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』ちくま新書

 今年2月24日からのロシアによるウクライナ侵略開始以来、メディアにしばしば登場する軍事専門家小泉悠氏が、ウクライナ侵略開始の9か月前に書いた本である。新書ながら300ページ余もの内容の濃い書物となっている。先ず内容の梗概をまとめる。
 ロシアの軍事思想の根本にあるのは、ロシア帝国以来の強い「大国」意識である。「大国」とは、経済・人口・領土にかかわらず、外国がつくった秩序に関わらず自らが秩序を創り出す側の国であることを意味する。そして軍事の要諦として「戦略縦深」すなわち防衛と反撃準備の時間確保のために、空間的拡がり・深さの必要性を重視する。そのためには、いまや自国領土だけでは不十分で、ロシア勢力国すなわちアルメニア・アゼルバイジャン・ベラルーシ・モルドヴァ・そしてウクライナの6カ国を必須と考え、このなかからロシア勢力圏を脱出しようとする国が現れたら、軍事力行使を辞さずに断じてそれを妨げる。
 現実に2014年、ウクライナに侵攻してクリミアを併合した。このとき西側にも喧伝されたのが「ゲラシモフ・ドクトリンによるハイブリッド戦争」というコンセプトであった。直接的軍事力以外のさまざまな社会的・文化的・経済的・通信技術・心理的な手段を駆使して、敵方を錯乱・混乱させ、戦わずして勝つ、というものである。これは、ときに核にも依存せず、非接触な戦法と理解されたこともあった。しかし、ロシアの行動の現実を冷静かつ詳細に観察すると、事実経過としてもロシアの意向としても、あくまで最重要な位置を占めるのは直接的・接触的・暴力的な軍事力であり、非軍事的な手段はそれを有利に導くために巧みに用いられるというものである。
 「あらゆる場所・時に平時・有時の区別なく、ひとびとの心理にまで迫って非軍事的に攻撃する」という「非線形戦争」というコンセプトも、ロシアによって主張される。「西側の非線形戦争に晒されるロシア」という被害者的なロシアの主観的認識があるという。ロシアは「ロシアの政治体制は正しいが、それゆえに西側から攻撃を受けているのだ」との認識である。
 そして、軍事力でアメリカには到底かなわないことがわかっているロシアにとって、いかにして自分より軍事的優勢な西側を凌ぐか、が課題である。
 そこで、まともに正面から戦うのでなく、大規模戦争対処能力の代わりに小規模紛争の積み重ねにより、効果的に対処するコンパクトかつ機能的な軍事力が2010年ころまで目指さされた。あわせてすでに限定的な核兵器(「戦術核」)の使用も真剣に検討されてきた。「接近阻止・領域拒否」戦略として、自国より優勢な敵が戦域に入るのを阻止するため、敵をなるべく遠くで迎え撃つ工夫が検討された。アメリカとの全面的核戦争へのエスカレーションを抑止するために、戦術核兵器の大量使用による敵方通常戦力の劣勢化も、演習含めて真剣に検討されている。核による破滅を避けつつも、一定度の核戦争を闘う、というきわめて危うい戦略である。
 こうしてロシアにとって現実的な軍事力行使は、ロシアの対西側劣勢と軍事力の旧式・不足のため、軍事目標のためには人道的配慮は軽視せざるを得ず、敵方のインフラ破壊攻撃や非人道的無差別攻撃を排除しないものとなっている。さらに「エスカレーション抑止」を謳いつつも、常に最終的には超大国間の古典的大戦争の可能性を忘れない(ありうることを覚悟する)というものである。
 以上の梗概のうち、「非線形戦争」という概念は、アイデア的にも内容的にも、アメリカの元国防長官を勤めたロバート・ゲーツが唱える「Nonmilitary Instruments of Powerすなわち非軍事的パワー行使手段」("Exercise of Power",2020.6)に通じるものである。ゲーツは、アメリカのこの戦略こそが、長く厳しかった米ソ冷戦にアメリカが戦争せずに勝利した要因だと主張している。「西側の非線形戦争に晒されるロシア」という被害者的なロシアの主観的認識というのは、まさにそれをロシアも認識しているらしいことを示している。
 このたびのウクライナ侵略の前に書かれたこの書を読むと、いままさにウクライナで発生している事態が、ずっと前から時間をかけてロシアが考えて準備していたことを実行しているのであって、起こるべくして起こったことが非常によく理解でき、それだけに一層恐ろしい。
 軍事関係の学者の書としては、地政学的・政治学的な考察もしっかりしていて、バランスもよく、とてもわかり易く偏りもなく、説得性のあるすぐれた研究紹介書であると思う。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

E・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている(下)

ウクライナの問題と罪
 ウクライナは、ネオナチが多くほぼポーランドの一部と見まがう西部リヴィウ地区と、小ロシアとも言える中部キーウ地区と、ノヴォロシア(新ロシア)すなわち親露地域の南部東部地区の3区分から成る。1922年ソ連成立以前に、ウクライナとベラルーシは一度も国家になったことがなかった。ウクライナは、これまで常にロシアから近代化の波を得ており、独自の推進力はなかった。そこで自らの独自性主張のため、アメリカ・ヨーロッパに接近したのだろう、とトッドは言う。
 1991年、モスクワとサンクトペテルブルクで進んでいた民主主義革命から、ウクライナは独立したため切り離された。国家建設にロシアは成功した一方で、ウクライナは失敗した。ウクライナは、ソ連崩壊後2017年までに12.5%もの人口減、高学歴の若者の国外逃避を経験した。西欧は、旧ソ連圏の遺産であった高い教育水準のウクライナ人口を、安価で良質な労働力として吸い寄せてしまった。そのようにしてロシア侵攻の前からウクライナは破綻国家となっていた。「国家に依存する秩序があるロシア」と「国家という伝統をもたないウクライナ」という対比ができる、とトッドは説く。
 そんなウクライナで、2014年ユーロマイダン革命以後、ウクライナ東部の親露派住民は、言語的・文化的に西部の極右(ネオナチ)から攻撃にさらされた。そこでプーチンは「ウクライナのロシア人保護」のためにクリミア併合と東部の自治・実効的独立、さらに分離を図った。ウクライナは「無政府状態の国家」であり、現在ゼレンスキー大統領のもと、ヨーロッパ諸国を戦争に引き込もうと画策している。ウクライナ指導部こそがいちばん不合理で予測不可能なのだ、とトッドは言う。
 私の批判を述べる。
 ウクライナに限らないが、かつて自らの独立国家を持てなかったことで「破綻国家」「無政府状態の国家」と決めつけられて、主権国家形成の権利・資格がないかのようにカテゴライズされるのは、ウクライナにとっては理不尽であろう。苦労し苦心して独立国家を形成しようとしているウクライナを、支援しようとする国家がいても、それは自然である。
 ユーロマイダン革命以後、ウクライナ東部は、言語的・文化的に西部の極右=ネオナチから攻撃にさらされたというが、物理的に・身体的にナチスのような虐待があったという証拠はやはりないようだ。それで「ナチ的」と断定し、そこからの擁護としてウクライナに暴力行使することは正当化できない。


ヨーロッパ諸国・西側の罪
 ヨーロッパ諸国はいまや、希望に満ちた1990年時点とはまったく違って弱体化・混乱・偽善化している。EUは共同体からはほど遠い、ドイツの支配下の無能な集合体に成り下がっている、とトッドは言う。無意味になりつつある「ヨーロッパ」という政治的・通貨的まとまりを無理に維持するための外敵としてのロシアの位置付けが、無意味な「ロシア恐怖症」「ロシア嫌い」をつくっている、とトッドは言う。
 これはヨーロッパにとっては損失のみだが、アメリカにとっては戦略的成果、すなわち国益となっている。ポーランドは、ロシアとの共存以外に選択肢はない、とトッドは言う。
私は以下のように批判する。
 EU(欧州共同体)への反感、ドイツのEU内でのプレゼンス過大への反感は、従来からトッドの主張であるが、それをロシア嫌いの主な要因とするのは無理がある。先の大戦の後の旧ソ連による東欧への理不尽で無慈悲な侵略を考えれば、ヨーロッパ諸国に「ロシア恐怖症」「ロシア嫌い」が存在しても不思議はない。その原因を、またアメリカの責任にするのは、こじつけとしか思えない。


人類学的考察
 トッドの人類学によれば、ロシア共同体家族=権威主義的と、ウクライナ核家族=自由・アナキー的とは相違している。バルト3国とベラルーシはロシアと同じ外婚制共同体家族であり、共産主義との親和性が高く、ロシア革命に積極的に参加した。一方、ポーランド・ルーマニア・ウクライナは、核家族社会で、アナキー的性格から18世紀以来「国家」が機能しなかった。今後反ロシアの感情が強いポーランドの出方は要注意で危険である。ウクライナ西部リヴィウの分割・ポーランド併合など、ウクライナ分割への野望が懸念されるという。また、アメリカは絶対的核家族社会で、兄弟間の不平等を特徴としていて、万人の平等は認めないことが、アメリカ国内の人種差別拡大と経済格差拡大を招いている、という。これらは、冷戦後のロシアとの対抗から発生しているので、アメリカの「ロシア嫌い」の源となった。アメリカでは、教育普及にともなう階層と社会の分断が進んでおり、もはや「自由民主主義」ではなくなっている、とトッドは言う。
 しかしトッド自身は、フランスに生まれ育ち、ロシアや中国に暮らしたいとは全く思わない、とも断言している。
 私の見解を述べる。
 トッドは、人口歴史学あるいは人類学から独自の独創的な探求を進めている学者であることは理解するし、指摘の内容には傾聴すべきことも多いとは思う。それでも、その視点や切り口が万能なわけでもないだろう。いわゆる自由民主主義を謳う国家が問題を抱えていることは事実だろうし、欠陥もある。しかしトッド自ら吐露するとおり、ロシアの現状が十分魅力的で優れているわけでもない。西側からみれば、ロシアを偏見なしに好きになれない要素が多いのは自然だと思う。


トッドの地政学的見解の他の論点について
 トッドは、唯一の大国の支配を許さないために、超大国は2つ以上ある方が良い、というが、これは、彼がどのような国際関係を構築することが望ましいとするのか説明を得ないと、妥当性を判断しかねる。
また、グローバル化した世界では、ロシアを締め出すことは自国を傷つけるのみだというが、これはロシアから傷つけられる要素とロシアに接近するメリットとのバランスできまるだろうから、具体的な要因がしめされないと判断できない。
 さらに、パワーゲームの埒外に逃れるため核保有は必要であり、日本も核装備すべきだという。しかしこれは深刻な問題である。核不拡散条約の存在を真っ向から否定する立場となり、安易に賛成しかねる。少なくとも私は、コストとリスクの観点から、現在の日本の核武装には賛成できない。
 全体として、引用された数値データはともかくとして、トッドが推定しているロシアやウクライナ、そして西側諸国の政治姿勢や情勢の成り行きなどは彼の推量に過ぎず、説得性に欠けることが多い。この書はエマニュエル・トッドの悪い面が大きく発現した本であった。エマニュエル・トッドも含めて、優れた学者の知識・洞察・分析には傾聴に値することが多く、事実関係において、価値観において、ものの見方の新しい側面において、気づかされることがある。しかし私は最近、学者の書いた本よりも政治の実務を経験したヒトの本の方が、迫力・説得性・妥当性のすべてにおいて優れていると思い、読書の軸をシフトしている。引き続き学者たちの本もできるかぎり読んでいきたいと考えてはいるが、今回の読書は、この最近の私の方針が大きな間違いでないことをあらためて教えてくれたものであった。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

E・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている(上)

 2022年2月24日ロシアがウクライナに突然侵攻したいわゆるウクライナ戦争に対して、かねてから注目していた人口歴史学・人類学の研究者エマニュエル・トッドが本を出していたのを知り、さっそく読んでみた。2022年6月刊行の200ページ弱の新書である。
 全体として、ウクライナ戦争について、ロシアよりも西側とくにアメリカの責任を主張していて、西側がウクライナを煽ることですでに第三次世界大戦がはじまりつつある、と警鐘を鳴らしている。
 いつものように、ごくちいさな書のわりに多くの内容が書かれているが、この本に限っては、私には納得できない要素が多かった。以下、トッドの主張と、私の批判を書いていく。

ロシアを追い詰めた西側
 トッドはまず、旧ソ連が崩壊した1990年からエリツィンが指導していた1997年ころまでの間に、アメリカとヨーロッパ諸国は、ロシアの経済と国家を破綻させた。そして1990年のドイツ再統一時にアメリカのベーカー国務長官と西ドイツコール首相がソ連ゴルバチョフ書記局長にNATO不拡大を約束したのに、1999年にはポーランド・ハンガリー・チェコがNATOに加盟、2004年にはルーマニア・ブルガリア・スロバキア・スロベニア・エストニア・ラトビア・リトアニアがあいついで加盟して、約束を破った。この背後には、アメリカの関与があったとする。
 さらに2014年2月、アメリカの後ろ盾を得て、ウクライナに「ユーロマイダン革命」が起こり、親露派のヤヌコビッチ政権が倒された。ウクライナの武装化にアメリカとイギリスが関与していたこともあり、ウクライナの親露派がこの政変を認めず、ウクライナ東部ドンバス地域を実効支配した。ロシアは「人民自決権」から、ドンバス地方の親露派実効支配と、それに続くロシアのクリミア編入の正当性を主張した。トッドは、2014年のロシアのクリミア併合も問題はないとする。
 以下、私の批判を述べる。
 ロシア、とくにプーチンは、1990~1997年に、西側はロシア経済と国家を破綻させたとしているが、アメリカの立場では精一杯ロシアの復興を支援してそれなりの費用負担も支援もしたと考えている。こういう問題に一方の見解のみを受け入れることは公平でない。ユーロマイダン革命を一方的に否定するロシア立場のみを正しいとするのは、ドット個人の見解かも知れないが、合意できない人々も当然多数いるだろう。
 ロシアが2014年にクリミアを併合したのは、なんと言い訳しようが騙し打ちであり、主権国家の領土の一方的略取であり、決して正当化できない。
 ウクライナ国内の親露派は、かつてソ連時代にロシア地域からドンバス地域に炭田労働者として出稼ぎに移住したロシア人が多数であり、「人民自決権」を主張するならそのロシア人が自国たるロシアに帰るのが本筋であろう。過去の出自がロシアであっても、居住するウクライナで生活する限りは、ウクライナ国民の総意が選択した政府の統治を受け入れるべきである。あとで触れるようにロシアが復活に成功した、魅力ある国家となったというなら一層のこと、ロシアはかつて出て行った人々であっても自国に同胞を迎え入れるのが当然だと思う。

戦争開始の契機
 トッドは、ロシアが「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」との警告をかねてより発していたのに、アメリカとNATOがこれを無視したから戦争が起こった、とする。アメリカの空軍出身の政治学者ジョン・ミアシャイマーもいう通り「ウクライナはすでにNATOの事実上の加盟国」となっていたのだ。ロシアの国境安全を安心させていたら、ウクライナ戦争は起こらなかった、という。実はロシアではなく、西洋社会こそうまくいっていなかったためにウクライナ戦争が起こった。西側は、不平等が拡がり、新自由主義で貧困化が進み、人々が未来に対する希望を失い、社会が目標を失った。その虚無から抜け出すための戦争とも思われる、とまでいうのである。
 以下、私の批判を述べる。
 なんと言おうと、単独で勝手に一方的に戦争を開始したのはまぎれもなくロシアなのであり、その事実は決定的に重く、開戦の責任は逃れようがない。ウクライナは、1991年に独立した主権国家であり、そこが西欧的民主主義を自発的に目指してNATOに加入しようとするのであれば、元の支配者ロシアといえども独立した主権国家の意志を暴力的に否定することを、国際社会は決して許容できない。
 さらに加えて、拒否権を持つ国連安全保障理事会の常任理事国たるロシアがみずから戦争をしかけたことは、国連全体の紛争解決能力と信任を完全否定することとなり、今回のロシアの行動こそが、国連の最重要機能たる安全保障機能を破壊したと言える。さらに、核保有国たるロシアが、核の使用を仄めかして他国を脅迫した事実は、核不拡散条約の意義を完全否定するものであり、核兵器の問題に対処する世界的枠組みを覆すものである。

ロシアの正当性
 冷戦終結後、ロシアは人口が日本と同じ程度となったが、アメリカに対抗し得る勢力であり続けようと努力した。ロシアは、冷戦後の困難ななか、乳幼児死亡率低下、人口増加など、着実に回復し成功して、じゅうぶん魅力的な国家に回復してきた。今回の戦争は、弱いロシアが強いアメリカを攻撃しているというべきである、とトッドは言うのである。
 ウクライナ戦争は、「母なるロシア回帰でウクライナ再建」を図ったプーチンと、アメリカ・イギリスが武器供与する「反ロシア感情でナショナリスト、自暴自棄となったウクライナ人」との衝突であり、ロシアにとっては当然の自然な行動であり、「ロシアがウクライナ以外の国へ領土の侵攻を考えているとは思えない」とトッドは言う。
 ウクライナ戦争の推移から、経済制裁による西側の疲弊とロシアの強靭さが見いだせるものの、ロシアの軍事力は予想外に弱かったと見られている。これは、ロシアはヨーロッパ諸国にとって脅威ではないという証しではないか、とトッドは言うのである。
 私は、このトッドの主張に同意できない。
 既述の通り、一方的な侵攻は正当性がない。そして、ロシアの一方的侵攻開始を見る限り、弱いロシアがウクライナ以外に侵攻するはずがない、という推論は、過去のソ連の東欧侵略の事実を見てきた各国にとって、到底信用できるものではない。

アメリカの問題と罪
 2003年アメリカはイラクに独善的に行動し、ロシアはスノーデンを迎えて対抗した。イラク戦争をはじめたブッシュこそが責められるべきだ、とトッドは主張する。
 西側は、地政学的な無思慮と、第二時大戦時ナチスドイツから解放してくれたのはソ連であった、という歴史を忘却してしまって、いまは根拠のないロシア嫌いの間違いを犯している、とトッドはいう。
 さらに現在、アメリカとイギリスは、ウクライナ人を人間の盾にしてロシアと戦っているのであって、将来ウクライナ人がアメリカを憎悪する可能性すらありうるという。
 アメリカが中国や北朝鮮を狙っていることを知っている中国は、まちがいなくロシアを支援するだろう。いまや経済力の指標はGDPではなく、具体的な製造能力・製造維持能力であり、いまやアメリカは幻想の経済大国にすぎない。経済活動のグローバル化にともない、アメリカ経済は実物経済で世界各地からの供給に全面的に依存しているのだ。そしてユーラシア中央部には、アメリカのプレゼンスがない。アメリカの対露戦略はロシア解体とヨーロッパ、ロシアの接近、すなわちユーラシア西部の統一を阻止することであり、アメリカは自国の経済を維持するために、世界の不安定が必要なのだ、とまでいう。
 このような事情の結論として、現実主義のジョン・ミアシャイマーとネオコンとが同居し、不確実性が高いアメリカこそが、予測不可能でもっとも危険な存在である、という。アメリカは平等主義を棄て、人種差別をより固定化してきた。こうしてソ連の「全体主義的社会主義」とアメリカの「人種主義的民主主義」との対抗関係となった。アメリカ主導の国際秩序の危機はアメリカにとって死活問題であり、その打開策としてアメリカは、ウクライナ問題をグローバル化した、とまで言っている。
 私の批判を述べる。
 アメリカも多くの問題を、自国内および国際的に抱えていることは事実であろう。しかしロシアもまた多くの問題を抱えているのであり、アメリカのみを糾弾するのは片手落ちである。イラクの前に、アフガニスタンへの侵攻についても、アメリカの前にロシアの前身たるソ連が大規模介入していた。アメリカの人種差別問題は、いまだに多くの問題を残すのは事実だが、それでも時間の経過とともに大きな改善があり、たとえば黒人の所得改善、政治参画の増加など、着実な改善がある。
アメリカが、意図的・計画的にロシアに介入している、という見解に対しては、トッドも指摘するとおりアメリカが意識する最大の競争相手(仮想敵)がロシアではなく中国であることもあって、むしろ安易に断定しがたい。アメリカは敵との戦線を複数に分散させたくないはずであり、ウクライナ問題が全体として望ましいものとは考えにくいのが自然な観測であろう。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

和辻哲郎『風土』岩波文庫

 私は、著者和辻哲郎の名前と『風土』という著作の名は、社会人になったあとからではあったが知ってはいたけれども、これまでそれを自身で読んだことはなかった。老齢に至って、ある友人からこの書に対するコメントを求められて、読んでみたのである。
 和辻哲郎は、京都帝国大学教授を勤め京都学派の主要人物であり、また東京帝国大学教授を勤め、戦前・戦中期のわが国の哲学・倫理学の代表的な学者であった。この書にあるとおり、ドイツに留学したときハイデッガーの『有と時間』(多くの和訳では『存在と時間』)に出会い、時間を重視する見方に対抗して空間性に注目し、人間を取り巻く環境と人間との関係性を探求したなかで、風土に取り組むことになり、その結論がこの著作となった。
 風土を考えるので自然に、世界のなかの日本、諸外国と日本との違いへと考察はおよぶ。風土の要素のなかでも、とくに気候と地理的条件が注目された。これらは、人間の行動で紡がれる歴史と不即不離に絡まり、人間の精神とも分離できない「精神的自然」のような与件を形成する。アジアに特有のモンスーン的風土は、アジア特有の人間の存在の仕方を規定し、そのなかでまた日本には日本独自のそのありようが形成される。「日本人の特殊な存在の仕方は、豊かに流露する感情が変化においてひそかに持久しつつその持久的変化の各瞬間に突発性を含むこと、およびこの活発なる感情が反抗においてあきらめに沈み、突発的な昂揚の裏に俄然たるあきらめの静かさを蔵すること、において規定せられる」とする。
 和辻は「自分は地理学のことにはきわめて暗く」「しかし風土学の狙いは必ずしも人文地理学と同じではない」というが、和辻の思考はかなりの範囲でアレクサンダー・フォン・フンボルトからはじまる人文地理学に重なると思う。もちろん人文地理学は、人間よりも地理的環境を主体とするのだろうが、自然環境と人間との関係性を探求するのは共通である。
 哲学は自由な思考が前提なので、人間と風土との関係にかんして自由に論考を進めることは許されるのだろうが、思考の過程で引用される風土的あるいは地理的事実については、とくに現在のレベルからみると、誤りや誤解、あるいは不足が散見される。たとえば地中海が漁業などは稀な生物の少ない「乾いた」海だ、とか「ヨーロッパの土地には雑草がほとんどない」など事実に反する気になる記述が多々ある。また現在の思想界では「ギリシア・ローマ文明がヨーロッパ文化の母体であった」という言説は、ヨーロッパが自らの文化的祖先として意図的にギリシア・ローマを引っ張ってきて担いだに過ぎず、実際はもっと多面的にギリシア・ローマ以外の地域からの影響があった、との指摘がある。
 理科系の私には、このような思想的論考において、そういった論考の前提あるいは基礎の事実関係に対する正確さがどの程度重要あるいは必要なのかわからないが、教養ある高度な哲学的エッセイとしては充分に意味あるものだと思う。和辻は「風土にかんする限り、直観がはなはだ大切だ」とも記している。「ある特殊な風土に生まれた宿命を否定せず、その宿命の意義を悟り、愛し、それを止揚しつつ生かせることにより、他国民のなし得ざる特殊なものを人類の文化に貢献できる」との主張も、私は受け入れたい。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

Robert Gates: "Exercise of Power"(89)

Ch.13 Lessons Learned
A FOREIGN POLICY AMERAICANS CAN SUPPORT
 アメリカ人は軍事力が他のどの国よりも優れていて、しかしその行使はできるだけ控えめに、我々の重要な利益が損なわれかねないときのみに限定したいと信じている。冷戦の後、さまざまな政治的立場にかかわらず、外国からの挑戦に対して、大統領はあまりに軍事的解決に偏重してきたと思う。あまりに、世界の警察官を演じ過ぎてきた。アメリカ国民は、イラクとアフガニスタンの18年間の戦争に、疲れ切っている。オバマがシリア介入に断固拒否したのも、トランプが軍事力行使に乗り気でなかったのも、アメリカ国民から支持を受けた。アメリカは世界のリーダーシップを引き受ける役割を自覚しながら、いつも我々の利益を護る準備が必要だが、世界最高の軍隊を戦闘に送り出すことに最大限に抑制的でなければ、アメリカ国民から支持を得ることができない。
 我々が非軍事的パワー行使手段を強化しようとするとき、それが広く支持されるためには、2つの条件がある。軍事力行使の必要性が減ることと、経費が有効に使われて我々の利益になり他国にも歓迎されて友好国の獲得につながること、の2つである。開発支援プログラムでは、政府出資のみより、民間セクターからの対外投資を促す方がよい。MCCの基準に沿って有効性、改革、説明責任などが評価され、受け手国がアメリカのポリシーに準拠すること、国連などの国際的機関の評価を得ていること、などがあれば、議会の支持も得やすくなる。
 すでに述べたように、議会の支持があれば大統領の対外政策は、国民からの支持を得やすくなる。党派的対立が激しいとき、これは難しくなるが、個人的あるいは非公式の努力を積み重ねてこれを達成すれば、大きな成功をもたらすことができる。口頭の議論で対立していても、たとえば中国との経済関係など多くの大きな合意が得られる範囲がある。大統領がその政策を、演説や報道あるいはその他のメディアを通じて、粘り強く矛盾なく説明し続けることが、国民の広範囲の支持につながる。
 アメリカ人は、友好国・同盟国の価値を、とくにロシアや中国に対抗するとき、それらの国にはないアメリカの独自の資産であることをよく理解していると思う。しかし同時に、友好国は常に我々のみを向いているわけではない。冷戦後歴代のアメリカ大統領、国務長官、国防長官は、NATO加盟国に対して、軍事費増強を強く求め続けてきた。この圧力は継続しつつも、我々はそれぞれの同盟国が単に費用負担のみで共同防衛に貢献しているわけではないことも考慮しなければならない。トルコやドイツは、それぞれ独自にロシアや中国から軍事装備を購入したりもしている。
 最後に私は、多くのアメリカ人は、我々の国が軍事力と経済力で世界一であるだけでない、それ以上のものを求めていると思う。アメリカ大統領が他国の独裁者に取り入ったような態度を見せる、あるいは「素晴らしい」と称賛するのを見たりするのは、多くのアメリカ人にとって愉快でないだろう。我々はそのようなリーダーたちと付き合わねばならないが、彼らを愛すると発言する必要はない。アメリカ国民はいつも、アメリカが世界のひとびとから自由と民主主義を最も強く主張する国だとみられたいのだと思う。
 アメリカ国民が支持するアメリカの対外政策をまとめるとき、ウッドロー・ウイルソンとジョン・クインシー・アダムスの両方のアプローチを共存させねばならない。我々の利益を護らねばならない。世界の警察官であってはならない。他国の内政の問題に対処するために、軍事力を行使することはきわめて慎重でなければならない。しかし使いうるあらゆる非軍事的パワー行使の手段は、他国の問題に対しても、自由を実現し改革を促すために、友好国と、あるいは場合によっては競争相手とさえ一緒になって、投入を検討せねばならない。それは、その目的が我々の利益にもなるのだから。【以上・完】

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

Robert Gates: "Exercise of Power"(87)

Ch.13 Lessons Learned
CONGRESS
 長い間、議会は対外政策にかんして、外務部局あるいは大統領にまかせきりであった。それは、党派的分裂が大きくなりそのなかで選出された大統領に対して、敢えてあからさまに反対する決定をして結果責任を背負い込むのを、回避することにあった。その結果、議会は予算などで細かいことを指摘するにとどまり、厳しい決断からは逃れていたのだ。議会は本来、対外政策で建設的で有効な役割を果たし得るのに、これは残念な事態である。すでに述べたように、コロンビアに送り出す兵士の数は議会が決めて、それが現地での軍隊の役割を規定していた。その結果、戦闘行為はほとんどコロンビア人にまかせ、アメリカ軍は助言と訓練に専念でき、軍事作戦全体としても良い結果を得た。このように、送り出す軍隊の行動を、議会が妥当に規制することがより良い結果をもたらすことがある。大統領にとって、議会の賛同を得ることはアメリカの国民に、外国での行動がアメリカの利益につながり意味ある、と説得するのに大いに力になる。議員の見解は、彼らが地元に帰って伝えられ関心や賛同を喚起する。最近の大統領は、このような国民への合意の涵養(または教育)にほとんど時間を割かない。
 議会は、この四半世紀において、アメリカの非軍事的パワー行使の手段の衰退に大きな責任がある。1990年USIAを止めてしまい、USAIDの解体を承認したのは議会であった。ブッシュ(43)のもと、一部の例外を除いて国務省のリソースを大幅に削減したのは議会であった。軍に対して冷たくするほど、議会が非軍事的パワー行使の手段に頼らざるを得なかったのは皮肉である。一方で、トランプ大統領が国務省とUSAIDの予算を30%削減しようとしたとき、予算を復活させたのも議会であった。ただ単にもとのまま、変えずにしただけだが。
 中国との長い競争において、もし議会が建設的な役割を果たしたいのであれば、いつくかの分野できっちり働く準備をしておかなければならない。議会は、国務省、USAID、NSCをどのように組み換えれば我々の非軍事的パワー行使の手段を増強できるか、専門部局とともに作業しなければならない。実際、国務省とUSAIDを変えるためには、議会の助けが要るのである。再構築や再編を前提条件とするなら、議会は大きな予算をつけることができ、他の非軍事的ツールを増強できる。
 9/11惨事のあと、議会とブッシュ(43)政権は、新しい国際環境に対応するため多くの包括的構造改革を行った。アメリカ合衆国国土安全保障省DHS: Department of Homeland Security、アメリカ合衆国国家情報長官 Director of National Intelligence、国家テロ対策センター NCTC: National Counterterrorism Centerなどの創設である。これから長期にわたる中国との競争を考えると、ちょうど冷戦の初め、あるいは9/11直後に前任の大統領たちがやったように、議会と大統領は協力して我々の非軍事的パワー行使の手段の強化を実現しなければならない。そして最後に、議会は自分自身を修復しなければならない。現在の議会の委員会の構造は、国家安全保障の仕事をそれぞれ分離独立したままばらばらに担当している。各委員会が国防総省、国務省、CIAなどにまったく個別に対応していて、大きな視野からの仕事ができない構造なのである。もちろん一部でメンバーの重複はあるが、意味を成すほどではない。私はリアリストとして、議会の委員会の構造を改変することがいかに困難かを知っているつもりだ。だから、むしろごく少数のメンバーで構成する上位の委員会を新設して「大きなビジョン」を担当しその下に各委員会を置いて、必要な統括作業を、責任をもって進めていき大統領に報告する、というのが現実的ではないだろうか。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

Robert Gates: "Exercise of Power"(86)

Ch.13 Lessons Learned
FIXING THE NONMILITRY INSTRUMENTS: CREATING A SYMPHONY
 これからロシアや中国と効率よく対抗していくためには、1947年につくられた、もはや老朽化したアメリカの官僚組織を大幅に再構築restructureする必要がある。私はすでに、非軍事的パワー行使において、国務省、USAID、戦略的コミュニケーション、サイバー能力、秘密作戦、アメリカの経済力、などの有効な統合の問題点・欠点について書いた。この改善のためには、まず政府組織の再活性化と再編が必要だ。
 国防総省は、制服組2,000,000人、シビリアン800,000人である。中国に対処するには、まず軍事力の優位を維持したうえで、非軍事的手段を強化しなければならない。莫大なリソースが必要なだけでなく、再編が要る。
 国務省は、8,000人の外交官FSO: Foreign Service Officersがいて、USAIDには10,000人が雇用され、うち1,900人は国務省から派遣された外交官である。そして40ほどの部局にわかれている。国務省もUSAIDも素晴らしい能力の優れた人材ばかりだが、官僚組織の弊害を免れていない。能力を発揮しきれず動きも鈍い面がある。外国に派遣されても、ロンドン、パリなど仕事の有無より居心地のよいところに行きたがり、ニューデリー、北京、中東などを敬遠したがる無理もない面がある。ブッシュ(43)やオバマの圧力の下でさえ、バグダッドやカブール勤務の人員は、新たに雇って宛てたこともあった。国務省は、非軍事の対外政策において、もっとも重要な中心的組織である。将来の競争相手からのチャレンジを考えると、官僚組織の劇的な改変と組織文化の刷新が必要だろう。詳しいことはさておき、概念的には国務省は、政府のすべての非軍事的リソースを、対外政策や国家安全保障のために高い視点から統合する、ハブのような機能を持つ機関が要求される。ひとつの良い先例がアフリカに対応したブッシュ(43)のPEPFARである。ひとりのコーディネーターが、すべての予算と組織の運営に責任をもつ。残念なことに今のところは、多くの人員が同じことを別々にやるようなことが多すぎるのである。
 アメリカの戦略的コミュニケーションについても、多くの組織にまたがる多くの事業体が動いている。ホワイトハウス、国務省、財務省、CIAのもと、さまざまな広報担当部局があり、それぞれがほとんど独立に動いている。ホワイトハウスとNSCが取りまとめようとしているが、進捗は芳しくない。イランは、アメリカの戦略的コミュニケーションが失敗した例である。イランのひとびとに、イランの政治的腐敗、内部権力闘争、圧政の実態などをもっとしっかり伝えていたなら、イランの内部での抵抗運動勢力を助けて、体制のリーダーたちの立場を揺るがせた可能性がある。同様なことは、北朝鮮にかんしても言える。
 アメリカの戦略的コミュニケーションを統括する、高位の組織が必要だと考える。グローバルな広報戦略のもと、60以上の多言語、200以上の多数国に向けた多様な放送、広報を戦略的に組み直すことが必要である。
 歴代のアメリカ大統領は、外国支援プログラムに不満を抱いていた。アフガニスタンが失敗の例だ。ひろく行き渡ってしまった政治的腐敗、アフガニスタン人自身がプロジェクトの意思決定に入りたがらないこと、地域での情報共有の不足などで、支援事業が難航した。USAIDに不満だったブッシュ(43)は、政府から独立した組織としてMCC: Millennium Challenge Corporationを新設した。すべてが改善されたわけではないが、支援対象国の選別とプロジェクトの選別は実施された。アメリカ政府と受け手国の説明責任は重要である。組織の改善で、議会の支持は増えた。また受け手国が友好的か否かも考慮するようになった。なけなしの援助資金の宛先を選ぶのに、国益を考えるのは罪ではない。
 中国の一帯一路構想やその他の開発途上国向けの支援プログラムに対抗するには、相当な創造性が必要である。アメリカの新しいInternational Development Finance Corporationは、アメリカの開発途上国向け民間投資の拡大に向けて、力強いスタートを切った。中国が数千億ドルの資金を受け手国に対して融資できる点で有利だとするなら、アメリカは大きな民間セクターの強みを生かして、開発途上国に対して融資だけでなく、受け手国の長期的利益をほんとうに叶える経済的に力強いプロジェクトを与えることができる。そのためにアメリカは、アメリカの民間企業にとってより魅力あるプロジェクトを創出していく知恵が必要である。改善された国務省とUSAIDが、いかにしたらアメリカの民間企業や非国営事業体、さらには大学までも説得できるかがポイントである。
 もうひとつ追加するならば、アメリカは外国への支援プログラムの実施について、もっとうまく世界に広報する工夫が必要だろう。
 政治家から無視されがちなパワー行使の手段として、諜報情報Intelligence Informationがある。秘密工作やスパイなら誰でも知っているが、ここ数十年でCIAは諜報情報およびその分析結果を、もっとも親しい友好国のみでなく、NATOなど、より広範囲に提供して、戦略的に活用している。アメリカの衛星写真で撮影した映像が国連安全保障理事会で使用されたりする。諜報情報は、軍事利用に止まらず、たとえばアフリカのHIV/AIDSの罹患状況の正確なデータは、CIAがはじめて取りまとめてWHOに提供したし、石油やガス、さらには食糧のなどの在庫状況も、テロや自然災害への備えとして把握し、その不足などを予知して早期対策に役立てたりしている。
 サイバー攻撃に対する対抗策も重要である。しかし私が知る範囲では、中国やロシアのファイアウォールを突き破る技術は、技術の問題ではなく政府のポリシーとして、まだ実施されていない。今後これらの技術は、軍事や経済の枠を超えて、きわめて重要となるだろう。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

Robert Gates: "Exercise of Power"(85)

Ch.13 Lessons Learned
TO INTERVENE OR NOT
 アメリカが軍事的に関わったあるいは関わることを真剣に考慮した15か国のうち12か国について、これまで述べてきた。そこから引き出せる大切な教訓として、大統領が核武装した敵に対して軍事力行使を考えるとき、なにが必要だろうか。
 そのような場合の軍事力行使にかんして、基準を設定する試みが早くから行われた。議会や国民の合意を重視することなどを軸に、考慮されるべきポイントを書き上げたもので、ベトナム戦争の経験から考えられたワインバーガー国防長官の基準、湾岸戦争のあとのパウエル統合参謀本部議長の基準「パウエル・ドクトリン」などが広く知られている。しかしいずれの基準も問題があるとされている。シビリアンコントロールの軍に対する理解不足の間違いを牽制するだけのものだ、とかチェックリスト外交だとかいった不満がある。これらは、大統領やその側近たちが若い兵士たちを戦場に送り出す前に、しっかり考えさせるためのものだとは言える。
 私はこれまで40年間にわたって大統領の決断の間近に勤務し、良い決断も悪い決断も見てきた。私は、チェックリスト方式は、現実の複雑で危険の多い状況を考えると、抑制的に過ぎると思う。国民の意志の結集を図る前に軍事行動を始めなければならない緊急の場合もあるし、始めた軍事行動が成功したら国民から喝采を得ることさえもある。非軍事的手段が尽き果てたときには、すでに手遅れということもある。現実の事態は、必ずしもすべてがわかってから始動するというわけにはいかない。
 我々の死活的利益vital interestsにかかわるのか、思いがけない酷い結果をもたらす可能性は少ないか、若い生命をリスクに晒すだけの値打ちがあるのか、味方になってくれる他国あるいは外部勢力が期待できるのか、戦いは長引かないか、などを軸に大統領とその側近が責任を負って決断するほかはない。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

より以前の記事一覧