借りたカネは返すのが当たり前との経済理論
日本総合研究所のベテランエコノミストによる日本の財政政策、とくに国債の問題についての論考を読んだ。
欧米では政府から独立した「独立財政機関」たとえばアメリカではCBO: Congressional Budget Office(議会予算局)が国家のネット債務残高の見込みを提出するが、日本は内閣府がやるので甘々の見通しが発表される。このため、国民に危機意識が高まらない、というのがこの著者の警告ポイントである。
以下、先ずこの本が述べる内容を要約する。
第1部は、このままではどうなってしまうのかを解説している。
日銀の金融政策が国民の危機意識の不足を誘発した。極端な低金利を継続したために、国債の利払い費が増えなかったことが大きな誘因であった。そして国内の取引の金利は、国債の金利が基準となるのである。
日本は国債の5割を日銀が引き受け、市場にでないため、市場メカニズムが機能しない。このため国債の金利は低いまま維持された。しかしこれはインフレが無い場合のみ持続可能なのである。インフレを抑制するためには政策金利を上げる必要があるからである。
長らく続く低金利は、激しい円安を発生してきた。これは、国内で評価する企業業績を押し上げた。しかしいまのままでは、インフレが続くとともに外国に対して為替の円安が激しくなってしまう。日銀が金利を引き上げないから、インフレを抑制できない。このため、原状はさらにインフレ要因による円安も進んでいる。
この対策としては、財政赤字と債務超過を免れるため、国債の売却と金利を上げることが必要となる。しかし日銀が政策金利を上げれば、日銀=中央銀行が債務超過に転落してしまうため、つまるところ大増税と歳出カットが必要である。
2025年度時点の国債発行額は172兆円で、一般会計税収の2.2年分に相当している。
第2部では、行き詰まりを回避するためにどの程度の改善策が必要かについて述べられている。
基礎的財政収支(プライマリーバランス)と政府債務残高の今後の推移見込みが、内閣府財政試算の見込みではとても楽観的だが、同じ対象のOECD経済サーベイの試算でははるかに悲観的である。
OECD経済サーベイでは、消費税20%までの引き上げ、年金受給年齢先送りなど厳しい条件を追加したうえでも、見通しははるかに悲観的である。この大きな乖離の要因は3つ、
①内閣府の名目経済成長率の見込みが甘すぎる。特段の対策なしに自然に高成長するとの見込みである。
②その根拠のない名目経済成長率が、金利を上回ることを希望的に見込んでいる。
③金利とインフレの関係の矛盾。金利は常に物価上昇率より高いのが当たり前のはずで、内閣府の見込みたる低い金利は非現実的である。利払い費はもっと大きくて、基礎的財政収支をもっと厳しく悪化させるはず。
中長期経済成長率は、ヒト(労働量)+カネ(資本投資量)+技術革新力(全要素生産性=TEP: Total Factor Productive)で決まる。人口減少が進み、財政が悪化し、技術開発の国際競争力が低迷傾向にある日本は、いずれの要因も非常に厳しいのが実情である。
内閣府と財務省とで、今後の利払い費の見込みが、不思議にも毎年5~8兆円もの乖離がある。このような不自然な利払い費の過小評価が日本の財政健全度への疑惑となり、自由経済の国際市場において円が異常に低下する危険性すらあることを指摘したい。
異常なまでに巨大な日本の債務残高だが、日本の場合は国内で貸し付けられていることがギリシアとは違う。それでも最近のコロナ対策の国債は、引き受け手がいないために長期国債とできず短期国債であったのが現実であることを忘れてはならない。高度成長時は、物価、給与、生産コストのすべてが上昇していた。それは歳出の増加を必然とするが、税収増で賄われていた。現状においては、国民生活を護るためにはインフレにあわせた歳出増は必須だが税収は低成長のため追いつかず、高度成長時と同じような財政再建は不可能である。同様に、インフレ時の財政増加を無視した「インフレで財政破綻が回避できる」も同様に不可能である。
財政再建のためには、利払い費と債務償還費(定期的に毎年1/60ずつ返済分)が必須で、プライマリーバランスのみではまったく足りないことを強調したい。
以上の結論として、国債の増加を止めるのみでなく少しずつでも確実に減らし、これまで積みあがった利払いも必要なので、プライマリーバランス達成などという甘いことでなく、具体的には最低限でも毎年30兆円規模の財政改善(一般会計115兆円の三分の一)が必要である。
第3部では、必要な財政改善実現のためには聖域なき歳出削減が必須であり、そのなかからとくに社会保障と地方財政の問題を論じている。
社会保障費は年金62兆円、医療43兆円、介護14兆円、その他19兆円の138兆円になる。そのうち保険料(53%が個人、47%が事業主負担)が80兆円、国庫負担(税と国債)が38兆円、地方税が17兆円である。
医療費は、1978年に8兆円であったのが40年余り経過した2021年には42兆円にまで増加している。その背景は、長寿高齢化、医療高度化などで不可避の要因によると思われる。
医療費の負担状況は、当事者の自己負担分6.1兆円、公的医療給付費13.7兆円、保険料22兆円、公費14兆円である。医療費の半分は医師・看護師の人件費が占めている。
2025年、815万人の要介護者がいるが2040年には1000万人へ増加が見込まれている。
年金受給者へは、国民年金6.8万円/月、厚生年金11.5万円/月が平均で支給されるが、これのみでは生活困難だろう。
昭和時代の夫=サラリーマン、妻=主婦を前提として成立していた第3号被保険者制度が、共働きの増加、結婚への柔軟対応化(非婚パートナーなど)など、もはや実態から乖離してきて、新たな不公平感が増加しつつある。
地方財政は、その地方自治体内で自足するのではなく、地方交付税制度で、一般会計115兆円のうち19兆円(総額の1/6)が国から支給されている。税収では国税:地方税=63:37なのに対して、歳出では国:地方=44:56となっている。地方交付税、国庫支出金、地方贈与税で国から地方へ供与しているのである。
国庫支出金は、受取側自治体の財政力に関係なく医療・介護、健保、義務教育などに目的別に支給される。
地方交付税は、財政力の弱い自治体へ使途指定なしに(実態はブラックボックス)支給される。ただ東京都のみ圧倒的地方税収をもつため国からの支給は無い。地方交付税制度は、国の税収が足りず国債に依存(数十兆円)せざるを得ず、事実上破綻状態というのが実情である。
第4部では、日本の税制は平等・公正なのか否かが論じられる。
2024年度一般会計予算の歳入は112.6兆円。うち税収が70兆円(60%)、公債金が35兆円(30%)である。税は、所得税、法人税、消費税の基幹三税が8割をしめている。
しかし税には抜け道がある。租税特別措置(特別に免税する、2兆円以上)が環境問題対策費用(二酸化炭素削減など)、研究開発費、中小企業活性化、賃上げ促進、などに適用されているが、既得権益化している。
金融所得への税率が一律20.315%と庶民の給与所得税率より低いことから、実態として金融所得比率の高い1億円以上の高所得者への税率が低くなる、いわゆる「1億円の壁」が発生している。
その他、宗教法人無課税の妥当性の検証、開業医は税制が優遇されている、高齢者は金融資産で優位でかつ収入比率で増加傾向にある、などの問題点がある。
第5部では、改革の具体的な選択肢について問題提起がある。
金利を上げれば日銀は赤字となり債務超過に転落するので、日銀は金利を上げられない。しかし低金利が続くと日本国の経済的信用が大幅に低下する。すべては日銀が国債を過大に買い入れたためである。
欧米の中央銀行は、利上げして赤字・債務超過になったが、利上げと並行して国債を手放して中央銀行の資産規模を縮小し、赤字・債務超過克服の目処を立てている。こうして苦労しながらも信用を回復している。
わが国では、国債の利払い費が今後の最大の鍵となっている。
つまるところ、国民(個人、企業)、政府の日本の構成員すべてが痛みを分け合って、真剣に財政再建を開始し、かつその努力を継続しなければ、日本が国家として破綻することになる、と警鐘を鳴らしている。
以上のように、現在の日本の財政運営について、財源と歳出と負債の実情、そしてその中身の問題について、具体的なデータを詳細に提示したうえでの議論が、民間の経済専門家の意見として展開されている。
国債の利払いの財源確保と債務縮小の必要性にかんしては、この本の著者のように、本来の貸借関係と同様に返済すべきとの正論としての議論がある一方で、古くは亀井静香元議員など、外国ではなく国内から借用する限りでは本質的に問題はない、とする議論が根強く存在して、経済学の門外漢たる私には正しく判断する自信がいまのところないのが実情である。
日本の歴史においても、徳政令や大名貸しの一方的清算など、品が良いとは言えない道徳的でない強引な対処法も多々存在していた。アメリカでも、MMT: Modern Monetary Theory(現代貨幣理論)が提唱され、民主党リベラル派A.O.コルテス下院議員は、世界中から米ドルが欲しがられている以上、財政はドル紙幣を刷れば解決する、とトランプ大統領も驚くような大胆な発言をしている。
それにしても、国債、すなわち政府の債務が無制限に拡大してもなにも問題が無い、というのも極端な議論だと思う。どこまでが許容範囲かの判断基準が、私にはわからない。
さらに、低い金利がより激しい円安を招来する危険性もあり、そうなるとすでに懸念がある外国人による日本の不動産、とくに土地の買い上げの拡大を深刻に心配しなければならない。
折しも現在、日本でも野党中心に「減税」が盛んに叫ばれている。この本の著者が言うとおり、最近の政治家は国債の問題をはじめからスルーしたまま、あまりにも安易に減税を主張しているのは事実だろう。私は市井の一老人に過ぎないが、少なくとも政治家はこの財政・税収の問題に対して、自分なりのきちんとした見解を表明して欲しい。
ともかく、日本の財政の実情とその問題点についての詳細で丁寧な論述であり、この分野に疎い私には、大いに勉強になった。
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