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書籍・雑誌

Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(7)

3.印刷技術と革命とネットワーク
(3)ネットワークが推し進める啓発と変革
 新しいアイデア・思想がネットワークを介して速く伝達されるようになって、ネットワークが推進する(Network Driven)の科学革命、啓発革命が普及していった。こうして大学や都市がネットワークとして結合されるようになり、情報が狭い範囲に閉じ込められず広く伝達されるようになった。新しい科学も発生してくる。たとえば気象学は、ひとつ乃至少数の観測地点のデータでは成り立たず、広範囲の地域にわたる多数のデータを集積してこそ成り立つのである。通商を生業としつつ、東インド会社はヨーロッパとアジアをつなぐネットワークを形成していった。
 アメリカ独立革命、フランス革命などの大革命においても、ネットワークの役目は決定的であった。革命の成功のためには、書かれて印刷された言葉と文章の共有が必須であり、暗黙の友愛(Freemasonry)のネットワークが決定的な貢献を果たした。アメリカ独立時の、銀細工職人であり愛国者であったポール・リビア(Paul Revere)の「真夜中の騎行」などの活躍は、その一例である。

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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(6)

3.印刷技術と革命とネットワーク
(1)グーテンベルクの印刷機と宗教改革
 イベリア半島(ポルトガル、スペイン)の人々が大航海時代をむかえていたころ、中央ヨーロッパでは宗教改革が進行していた。
 印刷技術そのものは、15世紀よりはるか以前から中国に存在していたが、15世紀のグーテンベルクの印刷機の歴史的衝撃ははるかに甚大であった。それは、宗教改革と結合したからであった。ルターの宗教改革も、もしグーテンベルクの印刷機が登場しなければ、ほんの少し前のチェコのヤン・フスとおなじ運命にとどまったであろう。
 ルターは、宗教のみならず印刷技術を駆使してコミュニケーションを抜本的に変革したのである。1440~1450年ころ、印刷機の登場でまったく新しい経済セクターが創生され、印刷物でなく印刷機そのものがマインツから同心円的に急速に普及して、ルターの文章が北ヨーロッパに急速に拡散して、強かなネットワークが拡大し、それに比例してプロテスタント人口が増加し続けたのであった。メアリー1世の厳しい弾圧や執拗な反宗教改革の運動にも関わらず、新しい印刷技術を組みこんだプロテスタントのネットワークは大成功した。


(2)宗教改革の経済への想定外の影響
 ルター革命の後、プロテスタントが普及した国は経済的に大きく発展した。それはルターの意図を超えて、宗教改革が人的・経済的資源を宗教から世俗に移動させたからである。ドイツ、そしてとくにイギリスで、教会を建設するよりもビルや学校を建設するようになり、そこで学んだ学生がキリスト教関係の仕事より世俗的活動に向かうようになった。つまり宗教改革で、精神と社会と生活の世俗化が急速に進展したのであった。
 この背景には、印刷技術の発展・普及による本の著しい普及があった。1400~1500年の100年間に、イギリスでは本の価格が10分の1になった。こうして数学などの自然科学をはじめ製造技術、経済学などさまざまな世俗的知識が普及した。ヨーロッパは長い間ローマを中心とするキリスト教文化(「すべての道はローマに続く」)であったのが、ネットワークを基礎とする世俗的文化に取って代わったのであった。

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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(5)

2.皇帝と探検家
(3)大航海時代
 15世紀末ころには、ヨーロッパは他地域とは異なる文化・経済を獲得し、大航海時代に突入した。
 Henrique the Navigator(エンリケ航海王子:1415-1460)は、ポルトガル王子として航海士に冒険航海を命じ、ポルトガルからアフリカ最南端をまわって大西洋からインド洋、そして太平洋へ至り、新しい海洋商船ルートを開拓させた。続いてポルトガルは、中国との交易を開始した。ポルトガルの場合は、みずから生産した物品を輸出したのではなく、通商ルートと交易拠点を開拓・独占して、他国から買った物を別の国へ売ることで利益を得るものであった。そのための航海技術・地図・船舶を確立したが、それ以上の活動ではなかった。やがてイベリア半島から東に進んでブラジルを発見、植民地化した。
 スペインはイベリア半島から西に向かい、南に下り、ついにアメリカ大陸を発見した。スペインは、交易拠点のみに飽き足らず、新天地から金・銀・その他の財を奪いつくす意欲が大きく、攻撃的であった。折しも天然痘のような疫病と、帝国内の内紛があった南アメリカのインカ帝国は、200分の1に満たない少数のスペイン軍に簡単に征服され滅ぼされてしまった。南アメリカ植民地に投入したスペイン人の人口はアメリカ植民地に投入したイギリス植民人口よりもずっと多く、スペインは現地人との混血を奨励したので、征服者(Conquistador)は被征服者の制度・文化のみならず生物学的特性までも変えてしまったのであった。

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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(4)

2.皇帝と探検家
(2)初めてのネットワークの時代
 ユーラシア大陸では、14世紀に腺ペストが大流行した。それまでにか細いながら開拓されたヨーロッパとアジアを結ぶ通商ネットワークをたどって、腺ペストが4年間を費やしてゆっくり感染拡大した。このペスト流行で、南ヨーロッパの人口の75%、ヨーロッパ全土の人口の50%が死亡したという。
 1500年ころ、ヨーロッパはネットワーク的な国家群、東アジアは専制的なヒエラルキー的国家群からなっていた。そのなかで、イングランドは相対的に自由度が大きく、商人は自分の財産を自分の意思で自由に使用することができた。東アジアでは家族的結合の専制的支配者がヒエラルキーを統治していた。専制的支配者たちは、戦略的に支配者同士で婚姻関係を構築し、家族・血縁ネットワークを構成した。イタリアのメディチ家(Medici)は、政治的エリートとして、商人・銀行家の有力者とも血縁を造り、経済的にも発展した。ラグサ共和国(現在のクロアチア・ドゥブロニク)のベネディット・コトルリ(Benedetto Cotrugli)は、豪商・古典的教養人として、政治とは慎重に距離を置きつつ国際的な血縁ネットワークを形成し、博学者のネットワークのマニフェストとして”The Art of Trade”を著わしている。

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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(3)

2.皇帝と探検家
(1)ヒエラルキーの登場と滅亡
 人類が社会的ネットワークをつくりはじめ、力を合わせて協力して行動することを習得して行動するようになると、そこに参加している人々を外敵から護るために力が必要であった。そして人間に限らずすべての生物には力の強さ、体力、知力に差が存在する。したがって自然に上下関係が求められ生じてヒエラルキーが発生した。時代が変わり生活が変わっても、優劣、戦闘能力の差、財力の差などは存在して、ヒエラルキーは経済的にも政治的にも実践的に自然かつ有効であった。古代帝国の登場である。
 ヒエラルキーのトップは、なんらかの形の「王」であり、たいていは神になることを指向した。ヒエラルキーでは王以外の下層の者には横と交わる自由はなく、王のみが王同士のネットワークを形成した。その王のネットワークは、ヒエラルキーを維持する安全保障に有効なこともあったが、危機の原因ともなった。
 古代帝国は存続できず、滅び去った。古代帝国のヒエラルキーは、他のヒエラルキーから滅ぼされることもあったが、ゲルマン民族の侵入のような新しいネットワーク集団、あるいはキリスト教のような新しい宗教のネットワークによって変質・崩壊したのであった。ヨーロッパでは、5世紀ころに移民∔宗教+疫病が入ってきてローマ帝国を滅ぼしたのであった。
 7世紀にはもうひとつの一神教イスラム教が出現し、宗教的ネットワークから新しいヒエラルキーを形成した。かつてのローマ帝国はカトリック教皇の下に帝国の小さな破片としてネットワーク的に残ることになり、封建制の前駆となった。当時は交通手段もなく、ヨーロッパとアジアとは断絶していて、世界をひとつにするネットワークはなかった。

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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(2)


 世の中の社会構造を2つに分類してみる。ひとつは人間が基本的には対等に相互に結び付いている関係で、これをnetwork=ネットワークという。その象徴は人々が同じ目線で集う広場であり、すなわちsquareである。もうひとつは上位下達、命令服従の対等でない関係で、これをhierarchy=ヒエラルキーという。その象徴は明確に階層が分断されている塔であり、すなわちtowerである。
 これまでの歴史学は、圧倒的にヒエラルキーをもとに考えられ構築されてきた。その主たる原因は、考察の根拠たる史料が国家、組織などヒエラルキーに基づくものがほとんどを占めていたからである。ネットワークに基づく史料は、私信、書状などごく限られかつ断片的な形態の文書でしか存在しなかったので、歴史学に豊富に情報を提供することができなかったのである。
 しかし現実の歴史的事実を改めて考察してみると、比較的少人数の小さなネットワークが貢献をして、結果として大きな変革が起こったことは意外に多い。ここでは、ネットワークの働き、貢献を尊重しながら人類の歴史を見直してみる。

1.ネットワークとヒエラルキー
 人類は、12,000年前に社会的ネットワークをつくりはじめ、力を合わせて協力して行動することを習得し、そのことにより飛躍的に強い生物に変革した。
 しかし多数の人間を動員しパワーを行使するとき、もっとも有効な関係はヒエラルキーである。短時間に議論不要で直ちにひとつの目的に結集して行動できる。多数の人間をおなじ目的に動員する農業社会に適したヒエラルキーは、ネットワークと同じくらい早くから人類史に登場した。 
 ネットワークは、日常的感覚としてはかなり強い関係で結合しているネットワークを想像するが、実は必ずしも常に意識にのぼるわけでないような弱い結合によるネットワークが重要で、その弱い結合にかかわらず非常に大きな変革の力になることがある。アイデア(思考)や行動は、文字よりも直接的に接するネットワークの各段階を通じて伝達する無意識の模倣(copy)が伝達の大きな要因である。文化は複雑であればあるほどその伝達には、一定規模の同調者集団のマスが必要かつ有効である。
 そのような弱い結合のネットワークを考えると、段階の数が大きいネットワークが身近に存在することになるが、実はせいぜい6段階もたどるとほとんど世界中全員の人々とつながってしまうのである。
 そしてグラフ理論を用いて数学的に解析すると、ヒエラルキーが少し拡張したネットワークのひとつの特殊形態であることが証明できるのである。
 集中化せず、クラスターを含み、弱い結合を持つことができるので、ネットワークはヒエラルキーよりも進化に適している。悪いアイデアを良いアイデアにつくり替えることもできる。しかし、ネットワークは時間的にも空間的にもひとつの方向にまとまりにくいという欠点をもつ。
 ヒエラルキーは、本質的にリジッドで固定的であり、トップダウンで横方向の繋がりがないので、思想や文化が伝達して広がることに適さない。その半面では悪いことが伝染病のように感染拡大しにくいメリットがあるとも言える。
 ネットワークは、とどまらず常に変化する。思想やイデオロギーがウィルスのように伝染する。位相変化してより複雑なネットワークに進化することも容易である。ほんの少しの要素が加わっただけでラディカルに変貌することもある。
 ネットワークの性質を理解して歴史を振り返ると、何かを滅ぼすから歴史が変わるのでなく、連続して多様なモノを加えつつ変化して歴史が変わる様相が見えてくる。古びて機能が劣化したヒエラルキーも、新しいネットワークの挑戦を受けて生まれ変わるのである。リジッドで固定的なヒエラルキーは自己変革できなくても、ネットワークからのインパクトにより生まれ変わることができる。

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Niall Ferguson,”The Square and the Tower”(1)

まとめ
 ふとしたことからこの書を知り、英語kindle版で読んだ。
 広場すなわちスクエアーでネットワークを象徴させ、塔すなわちタワーでヒエラルキーを象徴させて、ネットワークとヒエラルキーを論ずるこの書の題名としている。著者は歴史学者だが、この書は歴史書というより、歴史をどう読み解くべきかを論ずる歴史エッセイである。
 世の中の政治・社会の基本構造をネットワークとヒエラルキーとに分類すること、さらに理論的にヒエラルキーはネットワークのひとつの特殊解と位置づけられる、というのがこの論考の基礎である。
 歴史において、ネットワークとヒエラルキーはともにおなじくらい古い歴史をもつ。人間が社会的生活を介して外敵から護られることが専ら大切であった古代農業社会では、ヒエラルキーの有効性が優って、先ずは古代帝国が誕生した。
 ネットワークが機能するためには構成員が情報を交換できる必要がある。なんの媒体もなかった太古では、直接対話することから始まった。この媒体の進化として著者は15世紀のグーテンベルクの印刷機の発明と、21世紀本格化したインターネットとをとくに顕著な革命として取り上げる。
 ヒエラルキーは、定まった目標に向けて構成員全体を結集し、短時間に素早く行動するには適したシステムである。だから古代帝国にはじまり、ローマ帝国、中国の何代にもわたる帝国、キリスト教を軸とした帝国、さらには近代の多くの王室の統治による帝国など、多数の帝国が登場した。
 ネットワークは、ヒエラルキーと異なり、構成員の結合は強いものも弱いものもあり、拡がりの境界もアイマイなことが多い。短時間にひとつの方向にまとまるには適さない。しかし融通無碍なことから自己変革も容易で、他のネットワークやヒエラルキーに関与・影響することにも適している。ネットワークは、ヒエラルキーに接触してヒエラルキーを変容させたり、崩壊させたりする強さも持ちうるのである。Square-and-tower
 これまでの歴史学は、ほとんどヒエラルキーにかんする部分のみを取りあげ論じてきた。それは論考の根拠となる史料が、ほとんど国家・団体などの堅固なヒエラルキーによって与えられたものが圧倒的多数であり、ネットワークから得られる史料が、私信、書簡などごく限られた、かつ断片的なものしかなかったからである。
 しかし印刷だけでなく、インターネットが普及する時代になって、ネットワークの時間的高速化と地域的拡がりは莫大なものとなり、ネットワークの貢献はますます大きくなった。かつ史料としての提供も飛躍的に増加した。これからの歴史学はネットワークの存在と働きを取りあげないわけにはいかなくなるであろう。
 本書の主な主張はだいたい以上のようなものである。
 この書そのものについての私の感想を以下に記す。
 この書に限らないが、最近話題となる歴史に関わる本を読むと、いずれもほんの少し前に思える西暦2000年のあと、21世紀の20年の重みを改めて感じる。たった20年の間に、とくに科学技術の急速な進展でさまざまなことがすでに変容していることを教えられる。
 この著者がヨーロッパ出身の人だからなのか、第一次世界大戦については詳しく述べながら、第二次世界大戦についてはほとんど触れていないのは、日本人読者としてはいささか奇異に感じる。触れることが少ないという点では、マスメディア、つまり新聞・雑誌・テレビ・ラジオについても触れられていない。著者にしてみたら、15世紀のグーテンベルクの印刷機ほどのインパクトはない、と言うことかも知れないが。
 次に、この著書の文章についてである。この書に限らないが、友人からの感想および書評などで、翻訳を読んだ場合に「悪訳」が目立つという声をよく聴く。私が原書を読んで思うのは、それは翻訳の問題だけでなく、原文にも責任があるだろうという点である。この本についても、全般にひとつの文章が長く、それは多くの場合出てくる単語とくに名詞・固有名詞に関係代名詞や過去分詞構文で頻繁に修飾がつくことに起因する。それを読む側からすると、主語・動詞・目的語の関係が直ちに理解しにくい、構文が直ちに把握しにくい、という問題がある。さらに、もしそれを翻訳するとなると、単に日本語をおなじ順序で並べたのではわかりにくくなり、意味が滑らかに通じるように文章全体を組みなおすことが求められる。したがって翻訳を引き受ける限りはそのような工夫や手間も実行すべきという意味では「悪訳」は翻訳者の側に責任があるのだろうが、原文がすっきり見通しの良いものであれば、もとから発生しない問題ともいえるのである。たとえば、これに先立って読んだYuval Noah Harari, "Sapiens, A Brief History of Humankind"の場合などは、文章が短く、構文も簡明で、とてもわかり易かった。そのような場合は翻訳も相対的にずいぶん容易だろうと推測する。
 最後に、この本のレジュメを書いたのだが、今回はとくに省略した部分が多いという言い訳である。500ページ余りのなかに50件以上のエピソードを取りあげ、したがって1件あたりに割り当てられる紙幅は少なく、テーマによっては予備知識が十分でないためにわかりにくいことも、あるいは著書が書き尽くせなかったがために伝わりにくいこともあったのかも知れない。つまり文章も構成も、私にはわかり易い本ではなかった面があり、自分が理解できる範囲を自分のための備忘録として記したのである。

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第9章 Fake News
9.4.アメリカ大統領選挙に対するロシアのCyberattack
 2016年9月、ロシアがアメリカ大統領選挙に対してCyberattackをかけてきた。民主党全国委員会Democratic National Committeeとクリントン選挙運動委員長Clinton Campaign Chair John Podestaがターゲットとなった。クリントン候補の電子メールが大量に盗まれ、さらに州レベルの投票システムに侵入した。これは国家的インフラへのCyberattackであったが、アメリカでは未だCritical Infrastructureとテクニカルに指定していなかった。
 これはロシアの重大な挑戦であった。しかし振り返ってみれば、プーチンは大統領に復帰以来、攻撃的・積極姿勢に一貫していて、NATO, EUに対する反発・牽制からか、イギリスのEU離脱の国民投票にも関与が疑われていた。プーチンは、西側の民主主義を弱体化する目的で、Cyberattackを仕掛けたということは、十分考えられた。民主主義のオープンさopennessがつけいられる弱点だった。プーチンのこの行為はアメリカにとって、かつてないレベルの外交的いやがらせharassmentであった。
 2014年のソチ冬季オリンピックのころから、ウクライナの東部地域がロシアに侵攻されてクリミア半島がロシアに併合され、マレーシア航空の旅客機が襲撃を受けて墜落し283人の犠牲者が出ていた。いずれの場合も、いかに明確な証拠が突き付けられてもロシアは関与を否定した。
 サイバー空間におけるロシアの態度は、Zeus事件とYahooハッキング事件のあとますます悪くなり、ウクライナでは実戦の裏側で広範囲にCyberattackが行われていた。
 2016年のアメリカ大統領選挙にかんするロシアの介入にたいして、どのように対応すべきかが難しい問題であった。事件の内容の詳細を知り得たのは、当時の政権与党であった民主党側であり、その体制下の官僚が問題を取りあげることは複数政党制のもとでやりにくいということ、そして問題を公表することでアメリカが分裂すると、それはロシアの目的からみてロシアを喜ばせる結果となること、が懸念された。
 結局、今後はこのような時にどのように公表して対応すべきか、前もって与野党含めて協議して決めておく必要がある。基本は、①証拠を集め、②公表し、③事態に適合した対抗手段を決定して実行する、ということである。
 大統領選挙が終わったあと、12月29日オバマ大統領は、ロシア外交官の国外退去を命じ、ロシア関連施設の閉鎖を宣言した。SONY事件のあと北朝鮮に対して実施したと同様な処置をしたのであった。
 2017年の春には、ロシアはあらたにNotPetyaと呼ばれる身代金ソフトransom-wareを用いて、アメリカの会社を次々に襲撃した。運送会社FedExは$300M、製薬会社Merkは$310M、広告会社WPPは$15Mの損害を被った。ロシアのプーチンは、オンラインの大悪党といえる。
 2017年、FBIはスペイン国家警察と連携して、ロシアの名うてのスパム・ハッカーであるPeter Levashovを逮捕した。彼は長らく逮捕できないロシア内にいたが、このときは休暇でスペインに来ていたのだった。現在、ロシアのハッカーで指名手配されている者を連ねて記載した本がある。しかしロシアにいる限り逮捕できないのが今の現実である。[完]

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John P.Carlin "Dawn of the Code War"(44)

第9章 Fake News
9.3.オバマ大統領爆撃未遂事件というフェイクニュース
 2013年4月23日、午後1時過ぎに「ホワイトハウスで爆発があり、オバマ大統領が負傷した」という臨時ニュースがアメリカを突然かけめぐった。これはSEAがAP (Associated Press)をハッキングして流したFake Newsであった。
 しかしこの波及効果は甚大で、株式市場は大混乱してわずかの間に$136Bの市場価値が喪失した。数分後にはAPから訂正を発して説明したので、株価は短時間で修復した。しかし、サイバー攻撃の影響の大きさが、広範囲に知らしめられる事件となった。
 同年の夏には、SEAはさらに活動を広げ、オーストリアのメディアがハックされた。続いてアメリカ海軍US Marinesのサイトが侵入され「命令を拒否せよ!」というメッセージが流れた。
 これらは、後にアメリカでFake Newsと名付けられることになる一連の新しい事象のはじまりであった。
 捜索により、Ahmad Umar Aghaという22歳の容疑者が割り出された。さらにSEAのハッカーのリーダー的存在であったFiras Dardar(27歳)と、ドイツにいるシリア人Peter Roman(36歳)も容疑者として割り出された。
 さらにこれらの容疑者たちは、インターネットを介してアメリカ以外を含む14社から50万ドルを盗んでいることもわかった。

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John P.Carlin "Dawn of the Code War"(42)

第9章 Fake News
9.1.ISILのリクルート活動
 2015年春は、OPMのデータ盗難の問題のほかに、さらにISILがHome grown Terrorismのためのジハード戦士を、ソーシャルメディアでリクルートする活動がもっとも活発化していた時期でもあった。いつテロが襲ってきても不思議はないような雰囲気であった。
 当初シリコンバレーは、ソーシャルメディアに出てくるテロリストが問題化されることに抵抗があった。とくにツイッターは、ISILのことで責任を引き受ける気はなかった。しかし時がたつにしたがいISIL関係のアカウントが急増して、政府としてはソーシャルメディアを技術的に支えているシリコンバレーに協力を依頼せざるを得なくなった。2016年1月、ホワイトハウスの諜報官はシリコンバレーを訪問して、対応を依頼した。2月には国務長官John Kerryがロスアンゼルスに出かけてエンターテイメント業界と協議した。このような経過を経て、ツイッターはISILのリンクを大幅に削減した。
 ISILの活動は明らかにソーシャルメディアを利用した宣伝活動であった。我々はソーシャルメディアとも、映像サービスとも、それぞれの業界と緊密に連携して対抗策を講じる必要があった。

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