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書籍・雑誌

人間を不安・孤立から救うための「新しい中間共同体の提案」にかんして

 戸谷洋志『親ガチャの哲学』(新潮新書)の一部から再編集したとする「「保育園落ちた日本死ね」がバズったのは当然だった…日本人があらゆる問題を「国家」のせいにする理由」という題名の記事が、President Onlineに掲載されていた。まずその梗概を示す。
 2016年にユーキャン新語・流行語大賞のトップテンにランクインした話題として「保育園落ちた日本死ね!」とのブログ記事があった。この投稿者の生きている世界には、家庭と国家しか存在しないかのようである。自分の声を聴いてくれるコミュニティ、中間共同体の存在がなくなってしまって、中間共同体への信頼は皆無なようである。実はそうした信頼こそが、私たちが自分の人生を自分の人生として引き受けるための必要条件なのである。
 日本の現状を見ると、核家族化が進行し、地方の若者が都市部へ流入して郊外へ居を構え、そこで新たな家庭を築くようになっていった。その結果、従来の地縁的コミュニティは成立しなくなり、近隣に住む人々との共同性は希薄になった。誰も私の話をきいてくれないという不安感、孤立感が蓄積しているのである。
 伝統的な地縁的コミュニティは、因習・固陋的な問題もあり、偶発的にではなく構造的に歴史の流れに従って解体した。したがってかつての地縁的コミュニティの復活を期待することは、単なるノスタルジーに過ぎない。私たちは別の可能性を考える必要がある。
 それは、人為的に対話の場を創出すること、具体的には「哲学対話の営み」である。これは欧米で発祥した対話型ワークショップの形式であり、数人から数十人の人々が、特定のテーマについておよそ2時間かけて語り合うもので、筆者たる戸谷洋志自身が携わっていて、伝統的な地縁コミュニティに代わる、新しい中間共同体の可能性を感じている。
 しかしクリアされなければならない問題がある。苦境に陥っている人々にはそうした対話の場に赴く時間的あるいは経済的な余裕がない。その余裕は、社会によって保障される必要がある。
以上がその記事の梗概である。
 「日本死ね!」の稚拙はさておき、人間同士を交流させるコミュニティが枯渇しつつある傾向はたしかにあり、それが重要な問題であるのは事実だろう。エマニュエル・トッドも「人間=ホモサピエンスがもっとも恐れるのは、死よりも孤独だ」と指摘する。
 戸谷は、伝統的な地縁的コミュニティが本来的な問題もあり、歴史的必然性に基づいて解体した、というが、私は伝統的社会や関係の在り方に対して、一方的に保守反動的、時代遅れ、復古趣味的などと過剰に否定して煽ったメディアや「識者」の寄与もあったと思う。どんな制度や慣行にも、かならずメリットとデメリットが併存するのであり、「新しい」「多様性」「個性」などといった安易で軽薄な言葉で否定を吹聴することに対しては、つねに警戒が必要だと思う。
 対策として、戸谷が提案する「哲学対話の営み」も、ひとつの方法となる可能性はあるだろうが、それが機能するためには対話や議論が成立することが前提である。そのためには、前提条件としてヒトとヒトとが語り合えるコミュニティへの価値観・文化の共有が必須である。時間的・経済的余裕を与えられさえすれば、それが可能となるという単純なものではない。「日本死ね!」の投稿者が参加しそうには、到底思えない。自由の尊重と享受・謳歌、個性の主張は大切だが、あわせて人間同士の交わり・コミュニケーションの重要さを正しく認識することこそが、それ以前に必須である。
 現状では、時間的・経済的余裕以前に、他人との会話、コミュニケーションに価値を感じない傾向がある。たとえば、住居近隣の自治会活動に対して存在価値を認めない、という事実がある。「余裕は、社会によって保障される必要がある」などという主張は、安易な「社会への依存」であり、社会の問題の解決を社会に委ねる、という循環論的な自己矛盾的提案に過ぎないように思える。あるいは、間接的に「国が保障せよ」というのだろうか。それなら「日本死ね!」の投稿者と同じである。
 現在の日本は、少子化、人口減少など全体としてはメリットの少ない傾向なのだが、人数が少ないことで、人間同士のコミュニケーションには好都合な側面も、工夫すれば見いだせるのではないだろうか。安易に西欧の模倣を提案するのではなく、自由を尊重し個人の拘束を回避することに留意しつつ、わが国の伝統的なコミュニティを基盤として、新しい人間のコミュニティを、協力して工夫して改善し構築していく地道な努力を、焦らず着実に進めて行くことも必要だろう。ネットやSNSも、あらゆる手段と同様に、メリットもあればデメリットもある。たとえば遠隔の友人とヴァーチャル対話できるのは、大きなメリットである。無責任な発言が蔓延るのは、明らかなデメリットである。
 かく言う私自身も、後期高齢者に近づいて、ようやく心置きなく語り合える友人たち、その友人ネットワークの存在のありがたさを心底から認識できたように思う。若いころは、特段に自己中心的というものでなかったとしても、自分のことにもっと関心が集中していた。エマニュエル・トッドが、また戸谷も指摘する、人間は他人との関りがなければ生きて行けないということを、本心から理解するのに時間と経験を要した。
 コミュニティの重視・尊重の文化の普及には、教育、メディア、環境など多様な要因を担うヒトの主体的な協力と貢献が必要なのだろう。とりあえずは、メディアやマスコミの存在とその自由度を最大権尊重したうえで、それらの主張する内容を参考にはしても鵜呑みにはしない、必ず自分の頭で能動的に考えて判断する、という簡単そうではないがそれでも最低限のことを、みんなで教育・普及・実践していくことが、きわめて大切だと思う。

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エマニュエル・トッド『我々はどこから来て今どこにいるのか』下巻

「場所の記憶」として永続する家族類型が歴史を規定する
 まずこの本の内容を、ごく大雑把にまとめる。
⑴なぜ人類の下層構造はいつまでも残存するのか ─「場所の記憶
 人類社会の価値観・習俗を規定し、その結果として歴史を規定するのは、教育・宗教・家族から決まる人々の無意識層および下意識層、つまり下層構造である。そのなかでも根源的なのは家族類型である。Photo_20231130145101
 ユーラシア大陸中央部では、農業発生の中心地に近かったため、家族的・社会的形態が経験した時間、すなわちマクロな歴史時間が長く、家族構造がより高度に複合的になり、原初の未分化核家族から外婚制共同体家族、内婚制または一夫多妻制の共同体家族が派生した。
 ユーラシア大陸西周縁部では、相対的にその歴史時間が短く、純粋核家族とその周縁に残存する原初的な未分化核家族となった。
 歴史が進み時代が変わっても、その根源的な習俗が変わらず特定の地域に残るのは、「場所の記憶」として説明される。価値観の継承は、親子・兄弟など家族の枠内のみならず、ひとつのテリトリーすなわち「場所」を共有する大人たちと子供たちとの間でおこなわれる。そして個々の人間が濃密には意識していない信念、いわば「弱い価値観」が、あるテリトリーにおいて、長い年月、ときには果てしなく生き続ける。個々人はフレキシブルに郷に入れば郷に従うが、気軽な、強制を感じない「弱い価値観」こそが、軽やかな模倣や居心地の良さなどを通じて、移住者を、意図することもなく無意識に適応させて「場所の記憶」を根深く維持する。多くの個人がむしろ弱く有している価値観が、集団レベルではきわめて強く頑強で持続的なシステムを生み出し得るのである。
 宗教にかんしても、たとえばパリなどフランス中央部では、かつてはカトリック教が定着していたが、今では人びとの宗教的関心も宗教的慣行も希薄化しているにもかかわらず、カトリック教的な価値観、つまり必ずしも平等主義的でなく権威主義的な性向は根強く残存して、社会・政治・経済の活動に大きな影響を与え続けている。トッドはこれを「ゾンビ・カトリシズム」と名づけている。

⑵民主制はつねに原始的である
 民主主義は、人類学的には原始的現象である。主な成立要因は都市の発生と発展と考えられ、言語や神話から推定すると、ギリシアを2500年遡るメソポタミア・シュメールに民主主義の嚆矢が見出される。互選あるいは合議に基づいてリーダーを選出したのである。古代インド、インカ帝国の地域共同体でも同様のことが見られる。しかしトップの人物は名門一族からという場合が多く、親族グループが未分化であれば世襲はできないが、平等主義的ではない。代表者たちは事実上の寡頭支配集団を構成してしまうので、原始民主制と原始寡頭制の区別は困難である。以後も、民主制と(実質的な)寡頭制とは、つねに近親的である。
 インド・中国・中東よりずっと遅れて、ヨーロッパでは都市化が中世になってようやく進展した。それに先んじて、フランスでは、旧ローマ帝国支配下でローマ風平等主義的核家族の痕跡があり、北フランスでは平等主義的核家族が、イタリアでは父系制共同体家族が出現していた。イギリスでは未分化の原初的に近い絶対核家族が発生し、この原初的民主主義かつ寡頭制の残存が、17世紀に自由主義革命を可能ならしめた。
 16世紀以降のヨーロッパは、「軍事革命」が絶対主義を促進して、権威主義的国家の勃興が続いた。ドイツは、直系家族にもとづく権威主義的かつ不平等主義的家族システムの大国で、イデオロギー的革新は、ずっと後の脱宗教化の時代のナチズムとなった。
 ヨーロッパで、政権交代をともなう自由主義的民主制が容易に実現したのは、イギリス、フランス、ベルギー、オランダ、デンマークの核家族システムの国だけだった。
 イギリスでは、絶対核家族のもと、自由主義だが寡頭制的な体制が確立し、産業革命、農地革命と労働者人口増加で有権者比率は収縮したが、不平等への不満は小さかった。
 古代ローマ時代の父系性共同体家族が、帝政時代に平等主義的核家族に変容したフランスでは、「抽象的普遍的人間像」を理念として打ち出したが、その理念は普遍的だが空想的であった。
 アメリカは、イギリスからの独立時、イギリスの権威主義を否定し、普遍的で平等主義的な民主制を造ろうとした。そして人類史の原初的形態に近い絶対核家族の下層の上に、白人たちあるいは白人に後から追加された疑似白人たち(アジア人や最近のインディアン)の平等を実現する一方で、そのために黒人を差別する民主制を達成した。アメリカの「具体的普遍的人間像」は、他者(黒人)との境界線を必要とし、レイシズムと非過分であった。絶対核家族のアメリカの民主制は、人類(ホモ・サピエンス)の原初的類型に近く、あるがままの自然さという意味でより普遍的と言える。
 民主主義的で個人主義的な普遍は、アメリカ、イギリス、フランスのみで存在している。「民主制」は、演繹的・哲学的な理念ではなく、経験主義的・人類学的な事実であり、普遍主義的な性質のものではなく、エスニックで、排他性を必要とし、ナショナリズム、レイシズムをともなうものである。「民主制」は、自らの領土において、自らのために自らを組織化する特定の人民のものである。この集団は、自分たちの領土を護る。人類一般のために物事を決する抽象的な集合体ではないのである。
 当事者たちが気づかない人類学的基底が残存するため、自由主義的民主制が不平等的権威主義体制に変異することがあり得ることは、つねに忘れてはならない。

⑶高等教育による新しい格差と分断
 20世紀初めのアメリカの教育革命以来、まず先進国で、そしてそれを追って開発途上国で教育が普及し、さらに高等教育が普及していった。「識字化」にはじまる教育の普及は、人々の社会の発展に大きく寄与したことは言うまでもない。
 しかし高等教育の拡大・普及は、社会を、そして政治・経済をリードする高度な知識の取得によって、それらを享受した人々のステータスを高め、それは「メリトクラシー」の思想を生んだ。その結果、社会に新たなエリート階層を形成するようになった。アカデミアは、公式イデオロギーはたいていリベラル・進歩主義・左翼だが、客観的にもたらす機能は、平等の破壊をもたらしたのである。
 アメリカでは、黒人を差別することで平等となっていた白人層の内部に、高等教育による分断が加わるようになった。1970年代にアメリカは世界一の高等教育普及率を誇るようになり、1980年レーガン大統領就任ころから、経済的にグローバリズムによる新自由主義の時代、すなわち不平等の時代となり、1980~2015年にはアメリカ全体の最富裕層の所得が激増し、経済的不平等が毎年拡大するようになった。
 グローバリズムは、国際的には富裕国と貧困国との格差をもたらし、国内的には黒人層と新たに教育格差から加わった新しい下層の人びとに大きな経済的打撃を与えた。
 黒人大統領オバマを輩出し、ラテンアメリカ系、アジア系移民に門戸を開け、2010年以降増加する白人以外のアメリカ人の優遇を唱えて、アメリカの優越的地位の継続・発展の夢を唱えて、有権者の多数を掌握するかに見えたアメリカ民主党だが、トランブは、中国に騙され、同盟国(トルコ、サウジアラビア、フィリピン)に愚弄されたアメリカをごまかさずに引受け、グローバリズムのもたらす国民の困窮を指摘して選挙民に向かって世界の現実を述べることができたことで、大統領選挙に勝利した。
 教育の普及は一定度世界的収斂を示すが、発展途上の国々が教育の成果たる頭脳を先進国に略奪されることも恒常化している。アカデミズムは新しい格差を生じるので、社会のイデオロギー的分裂は超克不可能であることも注意すべきである。

⑷直系家族型社会─ドイツと日本
 平等主義的意識が低い直系家族は、社会的規律と個人的内向を同時に強化するが、並外れた効率性とパフォーマンスを発揮するときがある。父から子への継承を重視する直系家族の特徴として、ドイツと日本は、産業・技術の継承・継続に熱心であり、それが産業の成功に貢献している。この2国は、集団的な組織能力、国民レベルのナショナルな集団意識に優れる。たとえば政府が貿易制限を設けなくても、自然に自発的に自国製品の購買を選好する。
 日本は、自ら自分たちは特異だと自覚し主張している。ドイツも日本も、ゾンビ・ナショナリズムが浸透しているのである。これに対してゾンビ・平等主義核家族のフランスは、どの国も皆同じ人間と思うお人好しである。
 ただドイツ・日本の2国は、ともに出生率の低迷に苦しんでいる。この点では、ドイツ・日本の父系の強い直系家族が不利であり、個人主義的・自由主義的・女権拡張的なヨーロッパ的核家族型社会が有利である。すなわちホモ・サピエンスからさほど遠ざかっていない、原初に近い社会のほうが、出生率改善によりよく機能していると言える。
 ドイツと日本が異なるのは、移民に対する方針である。日本は、人口の漸減をも受け入れ、移民を強く抑制しているのに対して、ドイツは近年移民受け入れに積極的となった。しかし移民がドイツに適合できるためには、かなりの時間を必要とする。「場所の記憶」は、郷に入っては郷に従う人類の特性から、じゅうぶんな時間をかけさえすれば出自の性向を脱して、移入した先の場所の習俗に倣うようになるが、短時間に大量に移入すると、移民だけが集合して独自のグループを成し、不満のある時は移入先に対して反乱を起こすことがある。ドイツも、苦い経験を繰り返すと、日本のように移民を閉ざすようになる可能性はある。

⑸ヨーロッパ連合の失敗
 EUは、2つの大きな過ちからスタートした。
①経済の決定力がなにものにも勝るとの誤解
②諸々のネイションのあり方が、消費社会のなかでひとつに収斂していくという誤解
 しかし人類の世界は、そんな単純な仕組みにはなっていない。経済の推移だけでさえも、教育・宗教・家族の影響力という深層に潜む力が支配しているのだ。
 EUは、平等主義核家族のフランス中央部のエリートが提案した、経済統合による共存共栄から加盟国が実質上人々の統合を果たし、「市民とネイションの自由と平等の繁栄」を目指すものであった。まさに平等主義を前提とした理想を追求したものだが、ユーロ圏各国の家族類型を冷静にみると、46%が直系核家族、27%が平等主義核家族で、そもそも直系核家族のドイツが主導権を握る傾向を包含したものであった。さらに、フランスの周縁部はパリのある中央部とは異なり、ゾンビ・カトリシズムの地域で、反宗教改革の延長から権威主義的で不平等主義的な傾向があり、直系家族型に通じる性向を有する。
 家族類型と宗教の影響の複雑な複合の結果、権威主義的な気質がユーロ圏で支配的となっている。ユーロ圏全般に、緊縮経済政策を選好し、トップダウンの権利を歓迎するイデオロギーが存在している。単一通貨ユーロを構想したのは、実はそのようなフランスのエリートたち、1981年政権についたフランス社会党のエリートたちであった。単一通貨ユーロは、人々に仕えるためでなく、人々を支配するためにつくられた通貨であった。かくてEUの管理は、現実には人間不平等の価値観で進められた。
 ユーロのせいで、経済の強い国と弱い国との間の競争がより過酷になった。平価切下げで無理な条件から自国経済を護る手段が失われ、イタリアやフランスの産業は、ドイツやスカンジナビア諸国との競争に耐え得なくなった。すでにフランスは、独自に経済政策を立案・遂行する能力を喪失して、EUに、つまりはドイツに、ほとんど隷従しているのである。ユーロを提案したフランスは、ドイツに敗れ去り自滅したと言える。
 西ヨーロッパと東ヨーロッパの賃金水準の格差が、若い労働力の移動、とくにドイツへの大量流入を惹き起こし、東・南ヨーロッパの人口破壊まで招いている。EUで国ごと併合された旧東側諸国は、低賃金を西側に受益させながら自分はめぐまれないままとなり、精神不安まで発生し、ネイションとして生き残れるかどうかの瀬戸際に瀕しているのである。
 いまやヨーロッパはドイツにしっかり掌握されている。この権威的かつ不平等的なEUに反抗したのが、本来自由主義的価値観を担う核家族型が支配的なイギリスであった。ブレグジットは、合理的で適切な判断であった。

⑹共同体家族型社会─ロシアと中国
 ロシアでは、ソ連崩壊後の1990~2000年の大混乱の後、選挙制度と全会一致的傾向の強い投票行動を組み合わせて安定化を図る権威主義的民主制が台頭した。その背景には共同体家族の価値観がある。権威主義は人民のなかに根を張っていて「場所の記憶」として際限なく再生産される共同体家族の価値観を源泉にしている。
 それは父系制農村の緊密な対人関係、平等主義的な大家族、自主的共同組織、そして権威に対して甚だしく恭順的、という特性をもち、国家主導の社会主義に適合するものであった。スターリンは、それをうまく利用して、抗しがたい集団主義の夢を実現させた。ロシアを支配している権威主義的民主制は、一人の人物とその一派の結果であるよりも、むしろロシア人の政治的体質の表現である。西側からは「独裁者」に見えるプーチン大統領だが、ロシア市民の多くは彼に満足していると思われる。
 クリミア半島奪回、ウクライナ内のロシア系住民の自治権獲得などは、伝統的な人民自決権に照らせば正当な調整と思われる。
 第二次世界大戦でナチス・ドイツを敗退させ連合国勝利に貢献したこと、そして今の地政学的現実の考慮からは、ロシアに対する西側の脅威は過大評価そのものだ。冷戦の勝利に酔うアメリカがふたたび全世界の支配者を自認し始めるのを阻止し得る唯一の均衡要素として、我々はロシアの存在に感謝すべきである。
 中国は、アメリカをはじめとする西側に、安価な労働力の提供、大きな市場の開放などで、とくに富裕層に貢献したので、きわめて好意的に捉えられた。
 中国は(インドも)父系性へ向かう傾向を示していて、男性の出生を女性より優先しようとしている。強い父系性原則から権威主義に、しかしあわせて平等主義に結びついた共同体家族的価値観の残留がある。中国の価値観に潜在する平等主義は、経済的不平等がいちじるしく拡大する時期には、社会的・政治的システムの均衡にとってひとつの脅威となる。そのため指導者たちは、民衆を恐れる気持ちのなかで生きている。体制硬直化が中国の民衆に重圧をかけているので、体制は民衆の気持ちを逸らすために危険なまやかしの標的を作り上げる。つまり外国人恐怖症的なナショナリズムが中国共産党によって培養されている。その点で、中国共産党はマルクスレーニン主義から遠ざかり、ファシズムに近づいて、それが隣国日本に毒を盛っている。繰り返し南京大虐殺を叫ぶのである。
 世界全体の需要鈍化にぶつかり、それに起因する成長率急落を被り、男女人口の著しい不均衡に苦しみ、平等主義文化の状況下で不平等の台頭に直面している以上、13憶の人口を抱える中国は、世界の不安定化の大きな極のひとつになるだろう。

 以上が、エマニュエル・トッドの述べた内容の梗概である。以下に、私の感想を簡単に書く。
 これまでの多くの論考、歴史書などが、ほとんど「経済面の重視」が目立っていたことは、トッドの言う通りであろう。トッドがもっとも主張したいことは、経済だけでなく、人類の心理の、また歴史の深層に潜む、下層の意識構造を考慮しないと、歴史の進み方、世界のありさまを理解できないというものである。私には、彼の述べることすべてがよく理解できたとまで言えないが、私がこれまで理解できなかった世界情勢や歴史の事実に対して、こういう切り口、こういう理解の仕方があったのか、と考えされられることがあったのは事実である。たとえば、アメリカの軍事・外交の専門家ロバート・ゲイツの書『Exercise of Power』にある、「歴史的事実としては、悪虐 な独裁者を取り除いても、代わって登場する人物もまた大問題の人物となるのが普通だ」という現実に、トッドのいうような事情があると納得できる。

 1990年代末ころに発刊されたアメリカの歴史学者デイヴッド・ランデスが記した『強国論』という本に、国が経済的成功を実現するためには、その国の経済に関する態度、いわば文化のありようが決定的である、との説明があった。私も仕事を通じての直接の経験で、国によってその文化が大きく異なることは体験した。しかしなぜそのような国別の差異ができるのかの説明はランデスの本にはなかった。今回、トッドの本で、かなり理解できたように思う。
 ただその意味では、今回のトッドの本では、イスラム系の人たちの家族類型による行動の特性についての論考がほとんどないのは残念であった。
 最後に、トッドの論考のなかで、とくにロシアに対する評価については、私はほとんど了解できない。私には、理不尽なロシア贔屓にしか見えない。
 すべてが理解できたのでもなく、すべてが納得・了解できたものでもないが、これまで見たことのない斬新な視覚を提供してもらえたことは、とても有難いし感銘もあった。

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エマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか』上巻

人類の歴史を動かす基層意識としての家族・宗教・教育
 歴史人口学者・家族人類学者エマニュエル・トッドの主著だという。
 まず、この書の梗概をごく大雑把にまとめる。
 人間(ホモ・サピエンス)の歴史を動かし規定する主要因は、経済ではない。
 人間を規定する3つの階層を持つ意識が人間を規定し、したがって歴史を規定している。
1.無意識層: 家族、5000年の歴史を持ち、もっとも深い層を形成する
2.下意識層: 識字と教育、500年の歴史を持ち、意識層の基を支える
3.意識層: 経済的グローバリゼーションの階層、発生して50年の新しい浅い階層。
(1)家族構造の類型
 直系家族型: 子供のうち一人は親元に残るか、あるいは相続し、兄弟の平等性は低く親の権威が重視される。(ドイツ、スウェーデン、オーストリア、スイス、ベルギー、フランス南部、日本、朝鮮半島、台湾、ユダヤ人社会、など)
 絶対核家族型: 子は結婚すると親元を離れて独立する。兄弟の平等性に親が無関心で自由を最重要視する。(イングランド、アメリカのイングランド系、オランダ、ノルウェー南部、デンマーク、フランスの周縁部、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど)
 平等主義的核家族型: 子は結婚すると親元を離れて独立するが、兄弟を平等視することが特徴である。(フランス中央・北部、ギリシア、イタリア南部、ポーランド、ルーマニア、ラテンアメリカなど)
 外婚制共同体家族型: 息子はすべて親元に残り大家族をつくり、兄弟は平等である。親族あるいは部族内の婚姻を禁止する。この家族制をもつ地域は、共産主義に親和性があって、実際に共産主義化が達成されたのは、ソ連の軍事的強制によるもの以外はすべてこの地域である。(ロシア、フィンランド、旧ユーゴスラヴィア、ブルガリア、ハンガリー、中国、モンゴル、ベトナム、キューバなど)
 内婚制共同体家族型: 息子はすべて親元に残り大家族をつくり、兄弟は平等である。血縁結婚、具体的にはいとこ婚が多い。イスラム教との親和性が高い。(トルコ、アラブなどの西アジア一帯、中央アジア、北アフリカなど)
Photo_20231106060101  これらが、現実の社会・経済・政治の深層で重要な規定要因となっている。
(2)宗教の位置づけ
 人間に大きな規定を与える「宗教」は、無意識層に関わり、「家族」の半分程度の時間で変化している。宗教は性や性行為を規定することにより、無意識層たる家族の生成に深く関与する。また、ホモ・サピエンスは、究極的には死よりも孤独を恐れるので、同じ宗教に帰属することで孤独から救われるのであり、来世ではなくその現世での救済効果こそが宗教の本質である。
(3)識字と教育と変革
 16世紀キリスト教宗教改革で、プロテスタンティズムが活版印刷を布教のツールとして、識字率の向上に大きな貢献をした。家族類型としては、父親の権威が強いドイツや日本の直系家族は、識字率向上に有利であった。
 読むことを覚えた人間は、頭脳の機能がいちじるしく拡張した。識字化は頭の構造が変わると言い得るほどに世界との関係が変わる。これにより前よりも複合的な内面生活が可能になり、人格が大きく変わった。
 イギリスでは、1688年(日本の元禄元年)のピューリタン革命で、1789年のフランス革命に1世紀先立って、近代的な国民意識、後の資本主義を支える自由主義的ナショナリズムを生んだ。絶対核家族 、プロテスタンティズム、識字化、そして親族類の崩壊が、1770~1780年のイギリス産業革命を導き、経済的離陸に寄与した。教育のグローバリゼーションは経済のグローバリゼーションに先立つのであり、経済が歴史を推進したのではない。制度的ダイナミズムも、教育の離陸と宗教由来のモラルなしには機能しない。
 イギリスは、絶対核家族というきわめてフレキシブルな社会構造に恵まれたことが、いち早く産業革命を達成するのに貢献した。
 識字化、世俗化、出生率の低下、イデオロギー的危機のシーケンスこそが歴史の進む本質であった。
(4)イギリスと絶対核家族
 イギリスは、古代にはローマに征服され、その後フランス系ノルマン人に支配されたが、そのなかで独自の絶対核家族が定着した。13世紀には、ローマ帝国のヴィッラに系譜をもつ荘園(マナーmanor)が、小規模で限定的ながら私有財産権・遺産相続権をもつ農奴を生成し、独自の貧民救済機能を維持し得る農村共同体を実現していた。国家権力も行政遂行能力も強くはなかったが、絶対核家族の権威重視傾向に支えられて、ある種の上位の権威(ノルマン人、貴族階級、ジェントリー、農民の寡頭支配層)により統治と行政は安定していた。
(5)アメリカの原初的(原始的)傾向
 アメリカは、イギリスからの独立以来、イギリス絶対核家族がもつ権威主義を否定した。独立後の農業経営の必要から、最小単位の核家族のみの生活・生産は困難であり、複数家族の同居あるいは近接居住が普及した。イギリスから受け継いだ双系性・核家族性・外婚制に原初的人間集団に存在していた水平性のある種の回帰を付け加えたのである。これは、歴史的にはイギリスの絶対核家族に対して原初的ホモ・サピエンスに戻る傾向を含み、現在のアメリカは、経済的には世界最高水準を誇りながら、暴力性や差別性など、原初的ホモ・サピエンスの基層的性格を併せ持つという傾向がみられる。
 著者エマニュエル・トッドは、(おそらくマルクス主義史学が大きな原因と思われるが)通常の歴史学が、歴史の推進力の中心に経済的要因を取りあげる傾向に対して、真っ向から反論する。人間が営み紡ぐ歴史は、人間の深層にある「家族」(そのデータ発現としての人口)と、識字、教育、宗教、家族システムなどの要因が社会的影響を導き、政治・経済を規定するというメカニズムに注目した検討が重要なのだ、と説く。
 最初の4章ほどは、その家族の類型がいかにして発生・変容してきたのかを人類学的・人口学的観点から説いているが、正直なところこのあたりは、私にはわかりにくい。
 それに続く、識字、教育、宗教などに関わる問題となって、ようやくトッドが主張したいことがわかってくる。
 エマニュエル・トッドの著書は、主に新書版だが何点か読んで、その斬新な着目点と発想に感銘を受けてきた。ただ本人も言う通り、あまりに基層・深層の問題で、並大抵の努力や時間ではどうしようもないような問題の立て方や解説をするので、まるで運命論であるかのような融通性のない主張に思えることもある。
 この書は、エマニュエル・トッドの主著であるというので、なかなかしんどいけれども、あと残り半分の下巻を読んでみようと思う。

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保坂三四郎『諜報国家ロシア』中公新書

KGB一次資料によるロシア諜報活動の実態解明と特異な政治文化
 現代ロシアの本質は、民主主義国家でないのは自明だが、単なる全体主義国家あるいは権威主義国家のみならず、諜報機関(旧国家保安委員会KGB、現FSB)を国家権力の源泉とする「防諜国家」である。
 KGBは100年余り前、ロシア10月革命直後の1917年12月創設された「反革命・サボタージュ取締全ロシア委員会=チェーカーCheka」を前身としている。職業革命家集団ボリシェヴィキがソ連を建国したが、そのボリシェヴィキの革命と体制を死守することがチェーカーの使命であった。以来、KGBなどの諜報活動関係者を「チェキスト」という。
 スターリンは、内務人民委員部NKVDの管理下となったKGBを包括拡大した国家政治局GPUをコントロールすることで強力な独裁を実現することができた。スターリンの死後、フルシチョフはスターリン批判を行い統治の改革を宣言したが、その一方で国家保安委員会KGBの革新と保持に注力した。1985年のゴルバチョフも、1990年代のエリツィンも、KGBあるいはその後継組織を維持・継承した。
 チェーカーの創設者ジェルジンスキーは「冷静な頭脳、暖かい心、穢れのない手」として崇拝され、KGBはソ連共産党政治局直轄で、国境警備隊を除いて職員数50万人をソ連末期まで維持した。
 KGBは、所属する現役予備将校を、身分を隠して各種機関へ派遣し、派遣先の表向きの肩書(大学教授、研究者、公務員、ジャーナリスト、企業の従業員など)を使いながら諜報活動を推進する。それぞれの分野の専門能力も高く、博士も数百人レベルを擁する。外国に対しては、日本に来たゾルゲなどのように、偽パスポートにより国籍を偽って活動する「イリーガル」将校もいる。諜報活動として世界的にも珍しいのは、KGBはソ連軍の内部へも諜報員を潜入させ、自国内および自国軍隊内への諜報活動を続けていることである。
 KGBは、さまざまな「協力者」あるいはチェキストの分身ともいえる「エージェント」を国内・外国問わず育成・確保して情報収集や工作を実行する。たとえば、元ウクライナ大統領府長官ヴィクトル・メドヴェチュークは、プーチンの元エージェントであり、2022年ウクライナ侵攻後ウクライナ政府に逮捕されていたが、同年9月の捕虜交換で、ウクライナ側捕虜160名と交換でロシアに戻った。エージェントの総数は、100万人から150万人にのぼるという。1970年代末、東京KGB駐在所は、朝日・読売・産経・東京新聞にエージェント31名をもち、「信頼ある人物」24名を抱えていたとの記録がある。
 KGB出身のプーチンの体制となって、KGBはFSBと名前を変え、行政に加えてソ連崩壊混乱期の犯罪マフィアまでをも取り込んだ三位一体となって、ますます強力になった。
 KGB(現在のFSB)の戦術や手法としては、いくつかの典型がある。
 まずKGBの「心と魂」とされる「アクティブメジャーズ」である。これは、さまざまに工夫を凝らした偽情報・陰謀・暴露・コンプロマット(セックス・スキャンダルなど信用失墜を狙った情報)を用いて、標的人物に対して戦略的に攻撃するものである。西側のエージェントや協力者を介して拡散することも多い。「偽情報」は、大部分正しくてそこへ少しの要となる嘘を挿入するのがもっとも効果的である。そしてその内容以上に、どのようなチャネルでターゲットに伝達するかが重要であり、第三国のメディアを活用することも多い。「インフルエンス・エージェント」は、その目的をもって友人・個人的信頼関係をつくり、効率的に伝達できる偽情報チャネルとして利用するものである。プーチンの「ヴァルダイ討論クラブ」は、ロシアが費用負担して外国のロシアに関心を持つ学者・政治家などを優遇招待し、「本音の討論」を模擬してロシアに都合のよいナラティヴ(客観的なストーリーではなく、語り手自身がコミットして伝える物語・説明)を効率的に植え付ける。ロシア国内さらに敵対国のNGOを取込み、世論調査介入など内政介入の手段とすることもある。この本の中に、多くの西側・欧米のメディアや学者・評論家たちが巧妙にロシアのナラティヴにとりこまれている例があげられている。日本も石田博英、佐藤優、鈴木宗男などが実名であげられているが、その他にも多くの学者・研究者・政治家がいるという。ロシアのデリケートな情報やアーカイヴを釣り餌にして、あたかも純然たる友情や好感から特別開示するかのようにみせかけてひきつけて、ロシアに好都合なナラティヴ・情報・判断に誘導する。このテクニックは、ロシアが長年研究蓄積してきた高度なものがあるという。
 ロシア特有の民間軍事会社(ワグネルなど)は、ロシアの正規軍発動なくして他国に軍事介入を可能とする。これは純然たる民間ではなく、ロシア軍・ロシア情報機関が人員リクルート・装備・ロジスティクスを強力に支援する点が欧米と異なる。また必要に応じて指揮系統が正規軍に統合されることもあり、ロシアの外国での軍事活動の隠ぺいに役立つ。
 ロシアで1990年代生まれた「政治技術者」political technologistという職業がある。ロシア国内あるいは外国のメディアや情報手段を積極的に活用して世論操作する専門家であり、ひとことで言えば「幻想をつくる仕事」である。アメリカにも「スピンドクター」と呼ばれる世論操作専門家がいるが、ロシアの場合KGBが開発した高度なメディア・世論操作術を継承している点に特徴がある。
 ロシア正教会、レーニン主義共産党の青年団であったコムソモール、若者の洗脳に活用される忠実な少年組織「ナーシ(我らの仲間)」、さらに「ユナルミヤ(全ロシア児童青年軍事愛国社会運動)」なども諜報活動に動員される。
 KGBの行動原理の背景に、ロシア独特の思想・怨念がある。エリツィンは「ロシアは何十年にもわたって旧ソ連構成国たる他の多数の共和国を助けてきた結果、自らの力を使い果たした」と強い被害者意識を吐露し「ロシアは、他国以上の特別な権益が尊重されるべきだ」とした。アレクサンドル・ドゥーギン『地政学の基礎』の疑似地政学「ゲオポリティカ」にあるような「ネオ・ユーラシア主義」(ロシアはアジアにもヨーロッパにも属さない独自の運命を担うユーラシア主義の大国)という幻想的思想も、ロシアに根強い特有のものであり、「(これを理解しない)米国CIAがソ連解体を企てている」とする。
 2014年のクリミア併合、2022年のウクライナ侵攻も、これらのロシア特有の思想・感情がペースとなっていて、ロシアから見たら侵略もきわめて自然で正当な行動なのである。
 著者の保坂三四郎は、大学在学中の2000年にモスクワに留学し、ロシアでの体験に感化されて「ロシアかぶれ」となって帰国した。大学卒業後もロシア関連の仕事に就き、「両国民の友好のため」に働いた。プーチン大統領に心酔し、拍手喝さいしたときもあった。
 しかし、2014年ロシアがクリミアを違法に併合したとき、欧米のみならず日本国内の既知のロシア語やロシア政治・文化を教える先生・有識者たちさえもが、ロシア側から見た歴史・文化的視点から発言し、または「過激なウクライナ民族主義」の台頭説や、欧米諸国の「ダブルスタンダードの不公正」を持ちだして、ロシアの侵略を必死に相対化しようする姿を見て違和感を持つようになった。
 さらに2014年末に、西部のリヴィウに行ったとき、ロシアのプロパガンダがいう「過激なウクライナ民族主義者」を見つけることはできなかった。また、ウクライナ各地の墓地に足を運び何百名の戦死者の墓を訪ね、ウクライナで起きていることが現実的にも理論的にも、一部の欧米の学者が言う「内戦」でないことを確信した。
 KGBあるいはFSBの機密アーカイヴは、当然極秘であり見ることはできなかったが、1991年ソ連から独立したウクライナは、2014年の民主化革命「ユーロマイダン」の後に、ロシアKGBがもと支配下にあったウクライナに持ち込んで残した膨大なアーカイヴを公開した。保坂三四郎の著書の内容は、そのなかのKGBの教本『諜報における情報活動』というKGBの行動規範・記録を記した機密資料によるものである。ジャーナリストや研究者が現地に入って、視察やインタビューで取材した内容というのではない。ロシアKGBが秘密事項として記録した、一次資料の記述内容なのである。
 読んでみて、本書の内容は私には衝撃的であった。KGBはかなりの諜報活動や工作をやってきただろうとは漠然と想定していたが、この本に書かれた内容は、予想をはるかに超える暗く厳しく酷いものであった。最大の問題は、ロシアという国は、国家が諜報活動を行っているのではなく、諜報活動が国家を動かしていることである。このような透明性ゼロの政治文化をもつロシアが、民主主義を受け入れて実施することなど不可能である。プーチンはそれを熟知していたからこそ、2007年2月のミュンヘン国際安全保障会議で、確信をもって西欧諸国からのロシア民主主義化の要求を、強烈に撥ねつけたのであろう。
 私が「平和ボケ」なのか、これほどの非人道的という以上に非人間的な努力や行動が、100年以上もの間、大規模に整然とかつ秘密裡に維持・継続できてきた、というロシアの政治文化は、私の理解を超える。この特異な政治文化が、ロシア革命成功の直後から発生しているのが事実とするならば、このような特異な政治文化と共産主義の関係が必然なのか、必然ならばその理由について、政治学的に研究すべき問題ではないだろうか。その関係が必然なのであれば、ロシア以外の共産主義を経験した国々はどうなのか、と心配は広がる。
 最近になって世界情勢の悪化が激しくなってきたという理解は、実は表面的に過ぎず、もっと恐ろしいものが通奏低音として隠然と続いてきたらしい、ということをあらためて知った思いである。

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松本清張『神々の乱心』文春文庫

さきの大戦前の高揚感と不安の時代
 昭和8年、埼玉県比企郡の町で、特高警察の警部が新興宗教の周辺を探っているなかで、ふとした偶然から関わった参考人質問が、ある自殺事件を招いた。その解明を進めようとする特高警察が、皇室周辺の秘密にまでおよぶ問題に深入りしていく。このころ日本は、日露戦争で戦勝の結果、ロシアからの賠償金も取れずに、思わず列強国に加えられ、軍事費の増大と厳しい歳入の不足に苦しみ、そんな中で原敬総理は懸命に国家インフラ整備を進めたが、暗殺されてしまった。その間に関東軍が満州に進出し、日本では満州ブームが起こって多数の日本人が移住し、五一五事件が起こる、などそれまでにない高揚感と不安感がただよう時期であった。社会的にも、左翼と右翼の両方から「革新」を目指す運動が高揚していて、日本全体が浮足立ち、特高警察は緊張していた。
 東京、奈良、広島、関東諸県、さらに満州ときわめて広域にわたってさまざまに発生した事件に、警察、華族、皇室周辺、宗教家、軍隊、満州特務機関、満州移住者、満州浪人、匪賊、などなどきわめて広範囲の多様な人物たちが登場し、複雑に関わっていく。それらが思いがけない相関関係をもっていたのである。
 大連阿片事件、不審な連続殺人事件、その捜査で浮上するケイズ買いの骨董屋(偽物を知ったうえで商売のために購入する骨董屋)、不思議な新興宗教の卜占と宗教団体、華族の赤化、憲兵組織の介入など、当時の社会の複雑怪奇な様相が描かれる。
 ストーリー・テラーとしては、特高警察の中堅警部と華族の次男つまり非相続者たる華族の二人が、相互に警戒しあいながら独立に真相解明を進め、それらを統合すればより早く問題の真相がわかるだろうにそうはならない、という展開となる。殺人事件の経過と犯人については最後のほうでほぼ判明するが、登場人物の運命の結末はこの小説の著者たる松本清張の死によって未完となり、書かれないままとなっている。
 さきの大戦直前の波乱にみちた時代を、新興宗教を軸に、歴史的事実をできるだけ追跡しながら、ノンフィクション的な小説として描き出している。私はこれまで、いわゆる小説類を意識的に避けてきたので、他の推理小説など比較対象をよく知らないが、この小説がとても緻密に調査し、考え抜かれて書かれたものであることはよくわかる。
 文庫本で900ページほどの、単にボリウムだけでなく、内容的にもとても読みごたえのある小説であった。

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杉森久英『大風呂敷』集英社文庫

政治に挑戦した先見性に秀でた事業家の人間像
 著者の杉森久英という名は、どこかで見たことがあると思ったが、数年前に見た『天皇の料理番』というテレビドラマの作者であった。
 少し前に北岡伸一『後藤新平』中公新書 を読んだが、それにかんしてある友人から、後藤新平の伝記本としておもしろいのがあるよ、と紹介してもらったのがこの本であった。文庫本で上下2巻計700ページほどのボリウムがある。
 北岡伸一『後藤新平』が政治学者による後藤新平の政治家としての評伝・評論で、それなりに興味深い好書であるのに対して、こちらはいわゆる伝記小説で、資料と調査による詳細な情報にもとづきながらも、後藤新平の人間性、すなわち心理・感情・息遣いまでを、小説のストーリーとして表現しているという違いがある。幼少期から成人し、活躍して死ぬまで、詳しくかつ生き生きと描いていて、読んでいてとてもおもしろい。政治家としてだけでなく、生身の人間として、後藤新平がどのような人格、性格、才能などを持ち合わせていたか、が丁寧に描かれている。卓越した才能をベースとして、強烈な情熱、それにもとづくずば抜けた発想力・創造力・集中力で難関に挑戦し克服して行く一方で、奔放・粗雑・わがままな側面を持ちつつ、その人間臭さもあいまって多くの敵とともに、熱狂的なファンを虜にした、稀代の人物像がいかんなく描かれている。
 後藤新平は、著者も言うとおり、優れた政治家というよりは、困難な政治的問題に果敢に挑戦した優れた事業家であった。優れた事業家の特性は、将来を長いスパンで見通すこと、すなわち先見性である。一般民衆は、そんなことはしないしできない。民主主義・議会主義であるかぎり「民意」を尊重すべきだが、民意が後藤の先見性と大きく食い違うことがしばしば発生する。そのとき後藤は、民のためと信じて民意を棄て、自分の構想の実現に邁進する。後藤が多数派主義の政党制、普通の意味での「民主主義」を嫌ったのも、理解できないではない。
 たとえば現代の日本の政治においても、マスコミの記者、「識者」、「専門家」、コメンテーターなどを名乗る連中が、ろくに知識も知性も思考もないまま無責任に言いつのることが「世論」を誘導し、悪しき集団ヒステリーが発生して、ほとんど意味の無い、ときに有害な「民衆の声」が蔓延したりすることがある。そうであっても最終的には、チャーチルが言うように「実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。」ということが真理であり、民主主義を尊重せねばならない。
 それにしても、「政治」という営みはとても複雑怪奇で難しいものであることが描かれている。この後藤新平にしても、卓越した事業家であり政治家であったことは間違いないが、彼の判断と行動がどこまで正しかったのか、果たしてどこまでが良い判断・行動・成果であったのか、長い時間が経過したからこそようやくわかるような範囲も多々ある。政治は、論ずるは易く、実行するのは難しいと、あらためて思う。

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藤井啓祐『驚異の量子コンピュータ』岩波科学ライブラリー

 竹内繁樹『量子コンピュータ』2005を先ず読んで、量子コンピュータのコンセプトとカラクリについては基本的なことはひとまずわかったが、その実現状況についてはもっと最近の本が要るだろうと、この本を読んだのであった。
 この本の第1章から第5章までの研究の歴史と原理の解説については、竹内氏の本が充実していて、とくに付け加えることはなかった。私にとっては、後半の第6章から第10章の、最近の開発動向こそがこの本の要であった。Photo_20230828054301
 量子コンピュータ実現への大きな壁のひとつが、ノイズとの闘いである。これについては、量子エンタングルメント(量子もつれ)という、2つの量子が確率振幅を相関させて独立できなくするという現象がある。いちどエンタングルした量子は、別の量子とエンタングルできないという性質があり、ノイズとのエンタングルである量子エラーは、すでにエンタングルしている量子には関われないため、意図的な量子をエンタングルさせてノイズ耐性を高めることができ、また意図的にエンタングルさせたペアーが同一性を失ったことの検証からエラーを受けたことを検出できるという。ただ私自身は現時点では、この量子エンタングルメントという事象をよく理解できてはいない。
 1995年ショアが、エンタングルメントを利用して量子ビットのアナログエラーを克服する「量子誤り訂正符号」を発明した。それをもとに、有限の誤りを包含する構成要素からなる量子コンピュータが、許容できるノイズによる誤りのしきい値が設定できて、それをクリアーできる限りは計算結果を改善できるという定理が証明された。理論的に、量子コンピュータ実現のためのノイズの壁を克服する筋道が開かれたのである。当初は0.0001%であった許容ノイズのしきい値は、改良が進んで1%ほどになり、量子コンピュータの現実性が高まった。こうして1900年代末から2000年代前半にかけて量子コンピュータ研究の第一次ブームが起こった。ちなみにこの本の著者藤井啓祐氏は、量子誤り訂正の専門家だそうだ。
 しかしながら、量子コンピュータの実現を阻む原理的要因はなさそうだと見込めるようになったものの、量子ビットの操作も容易でなく、許容ノイズレベルも低く、進歩は停滞気味であった。実現できる量子ビット数も1~2からなかなか増えず、量子ビットの演算精度も向上しなかった。ただこの期間中にも、密かなブレークスルーの種がまかれていた。量子重ね合わせ状態が安定に保持されやすい「トポロジカル秩序」が提案された。1998年に東京工業大学のグループが理論的に提案した「量子アニーリング」が、ヒューリスティックにイジングモデル的な最適化を近似的に導く手法として提案された。
 2010年代に入って、ブームは再び盛り上がった。グーグルはNASAと協力して、量子アニーリングの研究者たちや超伝導量子ビット研究者たちを招聘して、量子AI研究センターを創設し、IT産業界に大きなインパクトを与えた。そのなかから、2014年には量子誤り訂正のしきい値要求をクリアーする超低雑音の超伝導量子ビットが、わずか5量子ビットではあるが実現した。いよいよ理論的検討だけでなく、本格的なエンジニアリング開発が叫ばれるようになった。こうして、グーグル、IBM、マイクロソフト、アリババなどが先行して、政府を巻き込んだ大規模投資にもとづく開発の時代が始まった。
 2019年10月グーグルが、新たに開発した量子コンピュータが量子超越に到達したと学術誌ネイチャーで発表した。量子超越とは、量子コンピュータが古典コンピュータより高速に計算できることを、たとえ特定の範囲内であっても定量的に実証することを意味する。グーグルの量子コンピュータは、53量子ビットを搭載し、プログラム可能で一定度の汎用性があり、数学的にきちんと計算ルールを記述することができるという。まだ量子ビットの規模が小さいものの、いよいよ量子コンピュータ実用化への可能性の第一歩が開かれたとされている。
 専門外の読者を配慮したためと思われるが、解説がたとえ話に偏重して理解しにくいところが多い。それでも最近の研究開発の動きの概要はわかった。

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竹内繁樹『量子コンピュータ』講談社ブルーバックス

 近年、科学技術館分野のみならず、経済、さらには国家安全保障の話題にまで、「量子コンピュータ」が登場するようになっている。その一方で、私はその「量子コンピュータ」なるものについて、ほとんど具体的な知識がない。そこで大学工学部の教員ネットワークをもつ友人に相談して、素人にも理解できそうな入門書を探してもらった。このひとつがこの本である。以下にその概要をまとめる。Photo_20230827055401
 スーパーコンピューターをはじめ、これまでのコンピュータはすべて、ここでは「古典的コンピュータ」と位置づけられているが、それは「古典的ビット」を基礎的情報単位として、ノットとアンド(あわせてNAND)があれば、すべての演算処理可能である、とするものである。ディジタル・コンピュータとはいうものの、演算の実行過程では、アナログ情報たる電圧を用いて、たとえば3ボルト以上を「1」、2ボルト以下を「0」と解釈して、演算操作はディジタルで電気的に実行している。ここではある瞬間には最小単位のビット情報をひとつひとつ演算する。
 これに対し「量子コンピュータ」では、「量子ビット」として量子波(確率波)の確率振幅とその位相と、その重ね合わせ状態をひとつの基礎的単位として複数の情報を担わせ、その回転(位相角の変更)と制御ノット(特定条件で反転する)があればすべての演算を処理できる、とするものであり、原理的に超並列処理を特徴とする。とくに量子波の確率振幅の「重ね合わせ状態」による並列処理性がキーポイントである。
 1980年ころから、アメリカのノーベル賞物理学者ファインマンは、その広い関心から、世界で最も正しい物理が量子力学なのだから、量子物理に従う計算方法がもっとも強力なはずだ、と唱えていた。しかし1985年イギリスの物理学者ドイッツェが、重ね合わせこそが重要と主張するようになった。よって著者竹内氏は、このドイッツェこそが量子コンピューティングの発案者である、としている。
 この本では、量子コンピュータの基本概念の解説として、「量子ビット」を用いた論理的思考実験として、3つの例を取りあげている。
 ひとつ目は、ドイッツェ-ジョサの「均一ビット列」と「等分ビット列」を並列処理で迅速に判別するアルゴリズムである。ここでは「量子回路」の例を説明している。
 ふたつ目は、グローバーの検索アルゴリズムで、「量子データベース回路」と「確率振幅増幅」を説明している。
 三つ目は、ショアの、暗号制作・解読に深く関わる素因数分解アルゴリズムで、フーリエ変換の量子コンピューティングによる並列計算(量子フーリエ変換)を解説している。
いずれも専門的に詳細な解説というわけではないが、論理的には飛躍がない、わかり易い優れた解説である。
 この量子コンピュータの実用に向けてのインプリメントだが、基本要素の「量子ビット」を構成する方法がまず問題である。「量子」現象を顕わすものとして、最初に実験に用いられたのが「光子」であった。光子は、周囲から擾乱を受けにくいという特徴があり、その意味ではノイズに強く好適だが、個々の量子を扱えるためには「単一光子」であることが必要であり、そのためきわめて微弱な光である必要があり、受光装置はかなり手の込んだものが必須となる。周囲から擾乱を受けにくいことは、半面では回転や反転などの量子ビット処理が容易ではない。微小共振器のなかの希薄セシウムガスを使った量子位相ゲートなどが提案されている。著者の研究グループは1998年、偏光と干渉光学系の経路差を用いた単一光子の実験セットを構成して、4ビットのドイッツェ-ジョサ・アルゴリズムの実証実験に成功したという。
 この他にも、電子スピン、核スピン、シリコン中の原子核スピン、超伝導量子(クーパー・ペア)などの試みがあるという。
 今後の実用に向けてのポイントは、基本的には量子波の重ね合わせ状態の維持であり、これを破壊する「デ・コヒーレンス」との闘いである。量子ビット構成要素のエネルギーが大きいと量子の変化が早いので、それはコヒーレンス維持時間が短縮されることにつながるため、できるだけ低いエネルギー、低温で演算処理することになる。また、この問題はノイズとの闘いに直結している。
 この本が発刊されたのが、2005年2月であり、20年近くも昔であるため、最近の研究開発動向にかんしては、情報がない。しかし、量子コンピュータの基本的な概念と基礎理論の入門書としては、とてもしっかりした書籍である。
ブルーバックスといういかにも軽そうな装丁で、かつ新書版、270ページ足らずというごく小さな本なのだが、読んでみるととても充実した良書であった。

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北岡伸一『後藤新平』中公新書

 経済評論家吉崎達彦さんのブログ記事でこの本を知り、さっそく読んでみた。もう35年も前の著作である。
 後藤新平は、幕末の安政4年(1857)、現在の岩手県水沢市に仙台藩の支藩たる水沢藩留守家の家臣の子として生まれた。後藤家の本家筋には、幕末の風雲児高野長英がいて、蛮社の獄により、新平誕生の7年前に獄死していた。新平は少年時代「謀反人の子」と嘲笑されたが、「今日にては宜しく刻意励行、長英を以て期せざるべからず」と、むしろ前向きに考えて発奮したという。高野を親戚に持ったことで、天下国家や西洋文化への関心は、一段と強烈になったともいう。腕白で粗暴でさえあるが、際立った才気煥発の目立つ少年で、明治維新で設置された胆沢県大参事として赴任してきた元肥後藩士安場一平の篤い世話を得て、福島県須賀川に新設なった須賀川医学校に学んだ。しかし元来医者になる気はなく、そのうえ原書による本格的な教育も受けられず、当初は大いに不満であった。しかし支援者から厳しく叱責され、いやいやながら物理学、化学、解剖学、生理学などに触れるうち、近代科学の輝きに開眼して、にわかに猛然と勉強し始めた。20歳までになんどもさまざまな紆余曲折を経験しながら、名古屋で医師開業試験を通過し、名古屋鎮台の病院、愛知県医学校長、病院長などに20歳代前半にして上りつめた。板垣退助が岐阜で凶漢に刺され、自由党とのかかわりを恐れて医師たちが尻込みするなか、板垣を診療したのが後藤新平であった。このとき板垣は、この青年医師が政治家であったなら、と慨嘆したと伝える。
 このような序章を読んだだけでも、きわめて特異な尋常ならざる才能とエネルギーが明らかである。
 後藤の特徴は、まず卓越した集中力と実行力であり、周囲から高い能力を認められる人々でさえ諦めてしまうようなことを、結果的には難なく成し遂げてしまう。ただ、自分自身の能力でできる範囲ではずば抜けていても、その反面で粘り強く周囲を取り込んで組織的な努力をする能力は欠如していて、人々から不信感を招くこともままあったようだ。もうひとつの後藤の特徴は、徹底した現場主義・実践主義で、いわゆる学者的態度の正反対であった。あくまで具体的な実行力を優先し、その反面で抽象的な思想やイデオロギーには無関心・無理解であった。仕事を完遂するために、真に力ある個人に大きな期待を注いで依存もするが、群れや組織を嫌い、政治力とコミュニケーション能力に欠如していた。当時ようやくわが国で定着過程にあった政党政治に対して、とくに多数派依存・多数万能の性格を嫌い、病気の真相を正しく科学的に理解して患者を導く医師のモデルからか、愚かな世論に惑わされぬ絶対的指導者を尊重する態度であった。古代ギリシアのプラトン派がそうであったように、いわゆる「民主主義」の衆愚を憎み「貴族エリートの寡占制」を希求したようだ。
 当時の先端的科学の一部たる医学から入ったためか、徹底した科学的アプローチを貫き「大調査機関」なるものをさまざまな局面で立ち上げ、確認した事実をもとに実行した。独自の科学的見識から「生物学的世界観」を主張し、国家・民族には固有の歴史・伝統・習慣があり、それを尊重しながら漸進的かつ協調的に政治を進めるべきであるとして、きわめて保守的であり、かつ互恵的・ウインウインの相互関係・国際関係しか問題解決の道はない、という理想主義的とも言える主張を貫いた。「統合主義的国際関係観」を唱え、国際関係を力の均衡に基づくゼロ・サム・ゲームでなく、ポジティブ・サム・ゲームとしてとらえるべきだとした。これにしたがい、新興勢力たるアメリカに対して、日本は中国・ロシア/ソ連との共存を重視すべきとして、現実に日本とソ連との協力関係構築などに注力した。
 後藤自身が明確に表明した基本方針としてつぎの3つがあった。
①日本の文明の弱点は都市の無秩序にあり、都市政策が必要。
②日本の政党政治の弱点は多数万能にあり、政治の倫理化運動が必要。
③ 日本の外交の弱点は、生物学的世界観欠如にあり、ヨーロッパ・米国のみでなく、なにより近隣に存在する中国・ロシア/ソ連との共存の重視が必要。
 いくつかの内閣に閣僚・大臣として参画し、実際に大きな貢献もしたが、演説や説明は論理的飛躍が多く難解、もしくはいささか拙劣・乱暴で、多くの敵をつくってしまうことも多々あった。後藤の首相就任を期待する取り巻きもいたが、国家最高責任者が持つべき安定性と堅実さに欠け、ついに首相にはなれなかった。徳富蘇峰は、豪快・痛快・野蛮だが「学問がない=trained mind欠如」と評したという。後藤の女婿たる鶴見祐輔が、後藤新平の性癖を説明するために、その対比として原敬について書いた文章が、この書のなかに引用されている。
原は聡明なる政治家であった。彼は数学者のごとき精確さをもって、人生の現実を凝視して生活してゐる人間であった。ゆゑに困難なる政党首領の地に座し、紛糾錯綜する利害関係と、刻刻変転する時勢の間に処して、誤るところなく裁量し、迷ふところなく断行してゐた。彼にとっての重大関心事は今日であった。明日ではなかった。彼の眺めたる人生は、目前的利害と感情との交錯であった。星の世界に起こる夢のごとき理想ではなかった。
 北岡氏が言う通り、原敬は決して単なる現実対応のみの政治家ではないが、現実離れした壮大なヴィジョンを説く後藤に欠けていた現実性を、原敬が持っていたことは事実であろう。
 ともかく読んでいて痛快で楽しい伝記である。「日本人はどうしてもありきたりの人間ばかり」とありきたりの識者やコメンテーターが言うのをなんども聞いてきたが、後藤新平のようなおもしろい偉大な人物も実在した。多くの人々に愛されたのかは不明だが、多くの人々に多大な貢献をした偉人であった。

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小笠原文雄『なんとめでたいご臨終』小学館

 これは6年前の2017年に、小笠原文雄先生がはじめてまとめた在宅看取りについての詳しい書である。私は、この書の後継版である今年2023年3月発刊の小笠原文雄『最期まで家で笑って生きたいあなたへ』を先に読んだので、在宅医療・在宅緩和ケア・在宅看取りの最近の進歩とその仕組みについては、すでに学んでいた。そこでこの6年前の前著『なんとめでたいご臨終』では、私には、主に「人間にとって死ぬこと、臨終とは」「ヒトの死ぬ時の生理と心理」について学ぶことが多かった。
 人間はかならず死ぬ。しかしながら、死ぬことについて落ち着いて真摯に考える機会は、通常の生活の中にはほとんどない。そして死が現実のものとして迫ってきたときに、どうしていいかわからなくなりがちだろうと思う。この本にあるように「自然の摂理のなかで、自分の意志で、希望死・満足死・納得死ができる」ためには、まず「死」を自分のものとしてよく考えて理解し、冷静に死に向き合うことが必要であり、まわりの家族や関係者もそれを理解することが大切であることが具体的に丁寧に説明されている。
 私自身も含めて、まだこのようなことにかんする知識は充分には普及していない。後期高齢者に向かっている私にとっては、とくに大事な本である。

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