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書籍・雑誌

古澤明『量子もつれとは何か』講談社ブルーバックス

わかりやすく図解説明も多い優れた入門書
 前に藤井啓祐『驚異の量子コンピュータ』岩波科学ライブラリーを読んで、量子コンピュータ実現のうえで、量子もつれが重要であるとの記載があった。しかし私はこの「量子もつれ」なるものの内容にまったく不案内であった。それがこの本を選んだ理由であった。
 この書は、光の量子化、レーザー光と量子揺らぎ、そして量子エンタングルメント(=量子もつれ)とはなにか、量子もつれを形成する方法、それができたか否かの検証法、量子もつれの具体的応用の例、という順序で、とてもわかりやすく論じている。Photo_20241122055101
 量子力学の原点である不確定性原理からはじまる。すなわちある特定の関係にある(古典力学的には)独立した2つの物理量(位置と運動量、あるいはエネルギーと時間など)は同じひとつの量子のなかでは同時に(正しくは「一緒に」)決められない。この物理量の関係を共役関係という。しかし2つの量子のそれぞれ共役関係にある2組4つの物理量を取り出し、2組の物理量のある種の組み合わせとしての相対関係(たとえば位置の差と運動量の和)は、同時に決めることができる。これが量子エンタングルメント(=量子もつれ)である。これらの現象を解析するとき、量子力学に基づく量子の波動現象としての性質が基礎になっている。
 そして、この書では量子もつれの当事者たる量子の具体例として、光(=光子)をもちいて解説している。光は電磁波たる波動であるため、4分の1波長ずらした2つの独立な波、すなわち正弦波と余弦波があり、それらが相互に独立でありかつ共役関係にあること、が説明される。
 光は量子の1種たる光子であり、振動数(=周波数)が高いために1個の量子のエネルギーが熱エネルギーより格段に大きいので、熱によるノイズの影響を相対的に受けにくい。その半面では、量子を加工するのに大きなエネルギーを要するので、実験においては、非線形光学素子とレーザーを用いた光パラメトリック過程などが必要となる。
 光は電磁波であり、電磁波で操作する手法が活用できて、極端に周波数が高いラジオのような考え方と手段で推論と実験検証ができることが示される。
 説明の順序も的確で飛躍が無く、簡明な図解が多く、わかりやすい入門書である。

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New Cold Wars(82)

Epilogue
新冷戦に臨んで
 中国はこれまでアメリカに対抗してきたいかなる国とも違う。アメリカは中国から、軍事的、経済的、社会構造的、政治的と、実に多面的な挑戦を受けている。これに対して、Bidenは自らの国を立て直して、この状況に対処していく方法を具体化しようとしている。しかしそれは、アメリカ国内でさえ十分な説明がなかった。
ただ、2024年Biden大統領の任期の最終年に至って、習近平は国内の経済事情が悪化したためか、これまでにない前向きな姿勢でアメリカに協力を求めてきている。しかしそれは、一時的な戦術的調整に過ぎず、中国が、つまり習近平の戦略が変わったのではない。
 これから数十年にわたって対立と競争が続くだろうが、とりわけ3つの分野が関心を惹く。核兵器・宇宙・人工知能(AI)の3分野である。いずれも最先端半導体の応用分野であるが、それぞれに異なる戦略・考え方・投資のしかたを必要とする。
 核兵器の競争は、習近平の個人的プロジェクトとも言えるもので、毛沢東以来これほど核兵器の拡充に熱心な中国のトップはいなかった。そして中国の核装備の水準がアメリカとロシアに拮抗するまでは、核軍縮の協議に参加する意志はないと明言している。習近平は、台湾併合に動くとき、アメリカに煩わせられたくないのかも知れない。ロシアのウクライナに対する核威嚇がヒントかも知れない。
 アメリカの核武装の意味が生き残るためには、宇宙とサイバー空間の競争にも負けるわけにはいかない。しかしいずれの分野も、もはやアメリカの優位は大きくはない。
 AIほど激しい開発競争にある分野はない。中国は、数十億ドルの開発費を投入して量子コンピューティングを用いた暗号技術などに取り組んでいる。
 アメリカが、自由と民主主義を掲げて世界を設計し指導する、という考え方は、すでにアフガニスタン戦争やイラク戦争で成功しなかった。これからの方向づけはまだわからないことも多いが、ひとまずはっきりしていることは、アメリカと西側には、自発的に接近してきてくれる友人たちが多いという事実だ。専制主義的なロシア中国が、人権を説かずカネをすぐに出してくれるから靡くという開発途上国などはあるが、それは信頼にもとづく友ではない。
 大事なことはJoseph Nyeが説いた”soft power”をさらに培い、世界の多くの国々から、ますます喜んでアメリカにやってきて、アメリカを楽しんで、成長して、自発的にアメリカを支えるようになる、という方向を目指すべきだろう。
 また、現在のさまざまなリスクを前に、最も注目すべきで忘れてはならないが議論されていないことは、旧冷戦においてスーパーパワーは、自他の違いを直接の衝突にエスカレートさせなかったことである。それは80年間を通じて、我々が破ってはいけないことであった。【完】

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New Cold Wars(81)

Epilogue
旧冷戦の終焉と新冷戦の到来
 かつてのCold Warは、対抗する二大超大国の片方(ソビエト連邦)が、自身の機能不全から崩壊して終わったが、今の中国にはその気配は見えない。Putinは自国内でも問題を抱えるが、ロシアを中国とイランに結びつける彼の決断は、彼が欲しがる技術の獲得と国の維持には役立っている。しかしPrigozhinの乱にみるように国内に問題が露呈していて、彼も明らかに危機を抱えている。
 Robert Gatsは、次のような見解である。
 アメリカは過去数十年にはなかった深刻な脅威に直面している。ロシア、中国、北朝鮮、そしてイランのもつ核兵器を合計すると、アメリカの2倍になる。そしてかつては競争対手が経済的にも科学的にも技術的にも軍事力でも、今の中国ほどではなかった。ただ幸いなことに、それらの競争相手はそれぞれ弱みを持っていて、しかも互い信用できない関係にある。それでもウクライナ侵略、太平洋のあいつぐ紛争、そして中東での新たな戦争と、アメリカは頻繁に起こり、制御しにくい多くの火種に囲まれている。そしてそれらは、些細な間違いからスーパーパワー同士の深刻な対決に拡大しかねない恐れがある。
 冷戦が続いていたころ、アメリカ人は自分たちが十分裕福でありつつ積極的に西側ブロックを率いて自由と民主主義を護る役目に意欲的であった。しかし冷戦を過ぎて、そのような傾向はだんだん衰えてきた。Trump時代には、アメリカ的民族主義、孤立主義の気配さえ出てきた。
 2022年2月のロシアのウクライナ侵略は、Bidenを試した。Bidenは、条約なしでウクライナを支援する、NATOの枠組みにこだわらない民主主義への脅威に対する対処法を示した。ロシアは30万人以上の戦死者を出し、ともかくもウクライナは自分で立っている。しかしロシアをすっかり追い出すには程遠いのが現実である。アメリカも西側も「いかなることでも」ウクライナを支援すると言っていたが、やがて「できるかぎり」となってきている。ウクライナにしてみれば、かつて旧冷戦時代の「代理戦争」とも思える被害者意識もあるだろう。Putinにしてもウクライナ戦争は、世界の舞台からアメリカを引きずり下ろすための、アメリカに対する代理戦争としての意味があるのかも知れない。アメリカの目標は、戦争を封じ込めてウクライナを存続させ、Putinの戦略的敗北を狙っているのかも知れない。
 しかしすでにNATOに加盟するヨーロッパの国のなかに、結局ロシアが勝ってNATOからヨーロッパの国を引き抜くようなことにならないか心配している国もあり、アメリカがほんとうにその核の傘で自分たちを守ってくれるのか不安を感じ出している。

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New Cold Wars(80)

Part 4. Fighting for Control
Chapter 20. The Downward Spiral
シリコンバレーでの首脳会談
 2023年11月習近平はシリコンバレーを訪れた。パレスチナ・イスラエル戦争開始から、6週間が経過していた。Bidenとの会談のためであった。
 Bidenは多くを期待できなかった。3年間以上も知的財産の窃盗や台湾問題でさんざん口論し、巨大風船問題があり、互いに相手が言いそうなことはわかり切っていた。それでもこうして直接会って話ができるということ自体が危機や戦争を回避するために重要なことだと認識していた。二つの超大国の競争的共存だけが残された落としどころである。
 儀礼的でぎこちない会話であったが、習近平は、互いに衝突し戦うことは望まないし、耐えうるものでもない。ただ、互いを認め決して相手を変えられるとは考えないことだ、と主張した。アメリカは過去40年間、新しい中国を創り出すことを試みたがうまく行かなかったのだ。
 もっとも興味深かったことは、習近平がサンフランシスコで、アジア太平洋経済協力サミットのさまざまなイベントに登場したことだ。そしてアメリカのチップとチップ製造装置の輸出規制が、中国の先端的半導体や先端的AI技術の開発に支障をもたらした、と痛烈に不満を示した。
首脳会談の公式発表としては、軍事部門の情報交換再開、不測の事態にはトップ同 士で直通電話ができること、危険な鎮痛薬フェンタニル前駆体の取締り、AIの危険性にかんするワーキンググループの設定の合意、などが表明された。
 また、習近平は多数のアメリカの先端企業のCEOに会って、もっと中国に出てきてほしい、中国に工場をつくって雇用をつくってほしいとは言ったが、アメリカ人をあいまいな理由で逮捕したりしない、知的財産を窃盗しない、などとは言わなかった。

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New Cold Wars(79)

Part 4. Fighting for Control
Chapter 20. The Downward Spiral
パレスチナ・イスラエル戦争の勃発
 2023年10月7日イスラエルでハマスがイスラエル人の音楽フェスティバルの最中にテロを仕掛けて、多数のイスラエル人を殺害し、また捕虜をガザに連れ去った。これを契機としてパレスチナ・イスラエル戦争が始まった。
 この直前までSullivan国務長官は、中東はこれまでになく平穏で、当面の課題は、ながらく関係が良くなかったサウジアラビアを説いてイスラエルを公式に認めさせることを完成させ、一層の中東の安定化を図ることだとの認識であった。
 最初のハマスの攻撃で、イスラエル人・外国人が1200人以上の死者を出し、240人以上が捕虜としてガザに連れ去られた。高度なインテリジェンスを誇っていたイスラエルが、ハマスの秘密トンネル建造や今回のテロの計画について十分察知できていなかったことは、アメリカをも驚かせた。
 これに憤ったBenjamin Netanyahu首相は、徹底的な報復に出た。当初はイスラエルを全面的に支持すると表明したBidenだが、それでもNetanyahuにアメリカの9/11の後の過ちを繰り返すな、と警告を忘れなかった。アメリカは正義を求め正義を貫いたが、それでも失敗した、と。
 Netanyahuは容赦なくパレスチナを老若男女無差別に攻撃し、当初殺されたイスラエル人の16倍以上のパレスチナ人を殺害した。そのイスラエルの攻撃に、アメリカが提供した武器が使用された。
 Netanyahuは、正義をとなえてハマスの壊滅と奪い去られた捕虜の全員奪回を目標とする、と宣言した。ガザの悲惨な被害は、そのためにはやむを得ないものとした。Bidenにガザの過大な被害を責められると、Netanyahuはアメリカも第二次世界大戦で東京に無差別に空襲をかけ、さらに原子爆弾を投下して、無差別に数十万人を殺したではないか、と反論した。
 アメリカがもっとも信頼するイスラム系でありながら西側に理解を示してきたヨルダンのAbdullah-Ⅱ国王ですら、イスラエルのこのような無差別の残虐行為は責められるべきで丁寧な説明が求められる、と非難した。アメリカは、ロシアのウクライナOdessaへの無差別ミサイル攻撃を非難するが、イスラエルはアメリカ製のミサイルでガザ市を無差別攻撃しているのだ。アメリカのdouble standardがイスラエルからもアラブからも責められるという事態がおきている。

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New Cold Wars(78)

Part 4. Fighting for Control
Chapter 20. The Downward Spiral
不審な最近の中国の動向
 突然の首脳会談の提案だが、アメリカと中国の間には、抗争の火種になりかねない事象が多々発生していた。アメリカの諜報部門は、アメリカの軍関係の施設周辺の通信ネットワークに不可思議なコードが紛れ込んでいたことを検出していた。電気エネルギー配送網、ガス配送系、水道パイプラインなどにも同様の不審コードが発見された。
 なぜそのようなアクションをするのか、ある国家安全保障局の役人は、それは台湾問題だろう、と。もし台湾で衝突が発生したとき、中国はなによりアメリカの発動を少しでも遅らせたいだろうから。
 しかし最近の中国の経済不振が深刻なので、習近平は中国の台湾侵攻のリスクが2年前よりも高くなっていると考える、とアメリカは分析する。経済制裁が中国の経済成長をさらに抑制するからだ。ロシアのウクライナ侵略の困難さをPutinの将軍たちが見積もりを誤ったように、習近平の将軍たちが計算間違いしないとも限らない。
 アメリカにとって中国の心配のひとつが、核兵器の迅速な開発である。アメリカは、中国が2023年秋の時点ですでに500の核兵器を蓄えていると見積もっていた。それは近年の倍増となっている。これを見ると、アメリカとしては、中国をも核兵器の軍縮協議に参加させることが必要となる。2022年Sullivanが中国の担当役人幹部にそれを打診したが、そっけなく拒絶された経緯もある。北京が核兵器の充実を進めアメリカとロシアに拮抗するようになったら、彼らも乗ってくるかも知れない。
 ただ、2023年秋になって、中国は軟化してきた。突然そのような対話に前向きになったのだ。ワシントンと東京の軍事協力合意が、アメリカに中国に対する新しい反撃能力を加えたと考えたのかもしれない。この対話は全体的な軍縮には結びつかないだろうが、無いよりははるかにマシである。
 そんな状況のなかにも、中国に不審なことが進行している。戦狼外交の代表的な外交官として知られていたQin Gang 秦 剛(しん ごう)が、6月スリランカで現地の外相と会った時以来、突然消えたのである。続いて2人の将軍が消えた。詳細は不明だが、習近平はすべての政権内の要人を彼自身が選定したのであり、なんらかの体制内の問題の存在を感じさせる。国内を抑圧し国外を攻撃するタカ派の役人と経済担当の役人の葛藤などもあり、アメリカはこの20年間考えてもみなかった新しい悩み、すなわち「弱った中国との付き合い方」をも考える必要が出てきた。

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New Cold Wars(77)

Part 4. Fighting for Control
Chapter 20. The Downward Spiral
突然のアメリカ-中国トップ会談の提案
 Raimondoが北京に出かけて中国人たちと議論している、という光景は、ある意味興味深いものである。2022年バリのサミットで、Bidenと習近平が直接対話して、アメリカ-中国の関係について話し合ったが、その後2023年初めには巨大風船のアメリカへの飛来があり、スパイ風船疑惑から風船は爆撃された。これが契機となってBlinkenの訪中は延期され、中国の防衛大臣はアメリカの制裁リストに載るようになり、米中の軍事対話も中止となった。中国の戦闘機がアメリカの監視機に異常接近し、Bidenは不測の事態発生を懸念した。そこでBidenは、動き出した。2023年夏の広島でのG-7会議で米中会談を実施しようとした。
 その準備として、中国のインテリジェンス部門チーフとBill Burns、並行してSullivanとWang Yiは、春から秘密折衝を始めていた。中国は直接対話を好む。6月にはBlinkenが北京に行き、直接習近平にBidenのメッセージを伝えた。
 会談には、財務長官Janet Yellen、climate envoy(気候変動問題大統領特使)John Kerry、そしてRaimondoが加わることになった。このアイデアはSullivanが”guardrails ガードレール”と呼ぶもので、車のシートベルトが交通事故時に命の危険を半減するようなもので、コミュニケーションを継続することが基本的な安全策となり、地政学的事件勃発のリスクを減らそうとするものである。しかしそれは、対話のための対話という内容のない外交ともなりかねない。Sullivanは”Engagement” を中国との深い相互依存を前提として成り立つものと定義し、中国人とのワーキンググループにより問題を解決し、中国の行動を変化させるものとする。これこそがホワイトハウスがやり損ねてきたものだと。一方、”Diplomacy”は、対立・抗争を処理manageすること、と定義している。
 多くの責任が北京駐在アメリカ大使のNick Burnsにかかることになった。彼は、2023年巨大風船事件の後、北京との関係がきわめて不安定になっており、僅かでも安定化に向かうための信頼できるコミュニケーションのチャネルを見つけなければならないと警告していた。彼はその糸口として、習近平に表敬訪問したとき、ある役人が閣僚レベルの訪問を熱望していることを知ったので、上院多数派リーダーのChuck Schumerが超党派上院議員団として中国に来訪して、習近平に会見することを提案した。
 Nick Burnsは、たしかに雰囲気が変化しているという。おそらく中国経済の不振がこの四半世紀で初めて習近平とその側近たちを怖れさせたのだろう。投資家たちの多数が中国を去り、アメリカ・日本の残っている会社も、次善策として逃げ出し先を探している。まったく突然に、Bidenとのトップ会談の提案がきた。できれば次のアジア太平洋経済連携会議のときにそれを実現したい、と。
 Burnsは、これが中国の基本的な態度を変えさせる機会になるとは思わない。単なる戦術的行動に過ぎないだろうが、まずは受けて立って、様子を見たい。

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New Cold Wars(76)

Part 4. Fighting for Control
Chapter 20. The Downward Spiral
Raimondoアメリカ商務長官の北京訪問
 2023年夏、アメリカ商務長官Gina Raimondoは北京を訪問して、意外な歓迎を受けた。それは北京の経済的苦境を反映していた。北京向け半導体とその製造装置の輸出規制は、彼女が管轄している。Huaweiのアメリカ国内ネットワークからの締め出しも、TikTokの締め出しも同様である。
 しかし彼女に対して、中国側からのスピーチ、すなわちあらゆるレトリック、習近平の考え、台湾問題、米中の問題など一切の公式メッセージはなかった。おそらく中国の経済の落ち込みがあまりに激しくて、アメリカが中国を必要とするより、はるかに中国がアメリカを必要としていたということなのだろう。
 何百万という若者が、結婚できず、雇用を得られない。国外に出ていく人口も増加した。富裕層は、カナダやカリブ海に別宅を求める。習近平の鉄の軛から逃れるように。中国から出ていく富裕層の数は、兵役から逃れるためにロシアから出ていく若者の数よりも多いという。
 中国の経済人たちは、もっと多くのビジネスをアメリカとやりたがっているし、中国への直接資本進出を欲しがっている。「米中の関係改善のためのバラストとして、商業的関係を持ちたい」というような表現も好む。
 Raimondoは中国に滞在中、「二大国経済は、永遠にふかく絡まり合って、互いに必要とする」などという従来の言い回しは一切用いなかったという。アメリカにとって、中国は投資先としてはリスクが大きすぎるというビジネスリーダーたちが増加している。中国の経済不振、知的財産の窃盗、中国当局のアメリカビジネスマンに対する不意の手入れ、逮捕の横行などが要因である。アメリカのCEOたちは、本当は中国でビジネスをしたいが、中国の反スパイ法のため、いつ何が起こるかわからないのである。Raimondoは過去40年来のハッピートークを止めた。
 中国は、高度なAI技術も、半導体も、最先端からは後れを取っている。なんとしてもアメリカの技術も資本も流入して欲しいのが実情らしい。Raimondoは、人民大会堂に案内されて、中国の経済界要人たちと30分間のミーティングを予定していた。しかしそれは1時間半以上に延長となった。
 Raimondoは言う。アメリカは、中国を分離(decouple)したいわけでも、閉じ込め(contain)たいわけでもない。多くの中国人たちがRaimondoに付きまとって聞き出したいのは、まさにそれなのだが、やはり信じられないのである。それにも理由がある。Raimondoの他の発言には2022年秋Jake Sullivanが立ち上げた“High Fence around a Small Yard”戦略があったが、そのfence=壁はより高く、そのyard=敷地はより大きくなりつつあるのだ。1年前からの先端チップの輸出規制は中国のチップを、すなわちAI産業を遅らせたが、それは十分ではなかった。中国は、ブラックマーケットからの間接的購入などで入手し、産業秘密を盗み出し、”large language models”などの生成AIのコア技術を入手している。アメリカは、企業や大学に警戒を求めている。
 結局Raimondoは、すでに実施している輸出規制をバージョンアップして延長することとした。該当するアメリカの先端技術の企業、たとえばNvidiaのCEO Jebsen Huangは、会社経営の立場からは規制は望ましくないという。Raimondoはそれらの企業の事情に同情はするが、個々の会社の事情を再考の優先順位にすることはできない、という。

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New Cold Wars(75)

Part 4. Fighting for Control
Chapter 20. The Downward Spiral
NATOサミットとZelensky
 2023年7月リトアニアのヴィリニュスでNATOサミットが開催された。この会議では、ウクライナのNATO加盟にかんしてNATO諸国がどう対処するのかが主要議題であった。
 Bidenは、これまでにウクライナを支援するし、NATO加盟は実現すべきと言い続けていたが、その時期とプロセスの具体的言明は注意深く避けてきた。BidenとSullivanは、代わりに”Israel model”と呼ばれる防衛協定、すなわちアメリカは10年単位の長期的財政的・兵器支援を約束するという心づもりはあった。それは実質的にはNATO加盟よりもより強力かも知れないとアメリカ側は考えるものであった。
 しかしZelenskyの捉え方は異なった。彼は、もし事前にNATO加盟が実現してさえいたら、NATO加盟の全部を敵にまわすことを避けるために、ロシアはウクライナに侵攻することはなかったと主張するのである。
 実際、旧ソ連に属した東ヨーロッパ諸国でNATOに加盟している国や、ソ連から多大な被害を被ったポーランドなどは、ウクライナを加盟させるゆるやかなスケジュールまでを含めたウクライナのNATO加盟に賛成する立場である。
 しかしアメリカとドイツは、ウクライナの早期の加盟がNATOのモスクワとの対立を導くことを懸念している。結局このサミットでは「ウクライナは将来NATOに入る」と、いつどのように、については触れない決議とした。 
 これにZelenskyは憤った。これではサミットの対面が丸つぶれだ、と。個人的に不満なのはわかるが、公的には謝意も表わすように諭されたZelenskyはしかたなく翌日、いつものように西側の民主主義を支えよう、とありきたりのことを発言した。
 あとから見ると、この2023年7月ヴィリニュスのNATOサミットは、BidenやZelenskyが想定した以上に、ひとつの転換点となった。それまでは、NATO加盟国もヨーロッパも、ウクライナに好意的で、負けずに存続していることを賞賛していたが、夏から秋になるとワシントンでもヨーロッパ全域でも「ウクライナ戦争は、ロシアもウクライナもどちらも勝てないし、どちらも協議して終戦に至るつもりもないだろう。」との見通しが広まるようになった。
 Zelenskyの窮状は、だんだんはっきりしてきた。2022年秋から年末までの優勢は消え、戦線は停滞した。ウクライナがドイツでNATOの兵器を使いこなす訓練をしている間に、ロシアは複雑で広範囲の塹壕と多数の地雷を駆使してウクライナのタンクを入れないようにした。ロシアの軍司令部は、それまでの数多の失敗から学び、戦術を改め、囚人を含む兵力の増強を進めた。ウクライナのドローン攻撃に対して、ロシアはイラン製のドローンの使い方にも習熟してきた。
 西側の制裁措置に対する逃れ方にも習熟し、IMFの観察によれば、年率2.2%の経済成長を達成し、西側の制裁の効力は期待できなくなった。
 Zelenskyは毎晩Kyivから、自軍に向けて戦意を鼓舞し西側諸国にむけて資金と兵器の支援を求め続ける発信を続けるが、明らかにその効果が落ちてきた。ウクライナに疲労感が目立ってきた。Kyivに、はじめて兵士の家族からの反戦運動が起こった。戦地に18か月も行ったきりなので、戻してほしいという切実な願いであったが、Zelenskyの将軍たちには聞き入れがたい望みだった。ウクライナのほとんど唯一の輸出商品たる小麦も、西側のロシアへの制裁が強化されると、対抗措置としてロシアに港を封鎖されて搬送ができなくなった。
 ZelenskyがBidenに求める先進兵器も、Putinのレッドライン、すなわちPutinがロシアの国家的危機を救うためには核兵器の使用を忌避しないとの方針に基づくロシアの核兵器導入のしきい値を恐れるBidenが、結局too little-too lateのウクライナ支援になりがちであった。
 また、アメリカは、ウクライナに兵力を集中して一点突破で戦うことをアドバイスしたが、ウクライナ軍は、一度に広範囲に兵力を分散させ、前線があまりに薄くなりがちで、戦術に失敗が多かった。
 結局、2023年末には、アメリカはウクライナが生き残るために必要な支援は注いだが、ウクライナからみると勝つために必要な支援はうけられなかった、という結果だった。ウクライナの目標が、最低限でも2022年2月時点の領土の確保である以上、これはたしかにミスマッチであった。

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New Cold Wars(74)

Part 4. Fighting for Control
Chapter 20. The Downward Spiral
Prigozhinの乱
 2023年6月24日Yevgeny Prigozhinが彼の私有軍Wagner Groupを率いて、タンクに乘ってモスクワに迫った。アメリカをはじめ世界が驚くなか、不思議なことにPutinの反撃もなく彼の軍隊は静かに行進した。いよいよモスクワ市街に接近したとき、ベラルーシのLukashenkoが彼にベラルーシへの亡命をもちかけ、Prigozhinはごくあっさりそれに従ってロシアを出てベラルーシに向かった。
 これを見ていた世界は、これが本当の反乱なの否かもわからず、簡単にロシア政府が壊れたりPutinが失脚したりするとも信じられず、ただ長い間にロシアも国内になんらかのヒビ割れが成長していたらしいとは感じた。
 Putinがこの無様な騒動を世界に晒したPrigozhinを、そのまま許すとは誰も思っていなかったが、果たしてPrigozhinは8月、民間航空機に乗っているとき33人の他の乗客を巻き添えにして、飛行機の爆発で死亡した。
ロシア・中国・アメリカの3つのスーパーパワーは、相互間の競争以前に自国内の問題に悩んでいるようだ。
 ロシアは、ひとりの反逆者を撲滅したものの、ウクライナ戦争で2年もたたないうちに30万人の死傷者、うち12万人は戦死者を出している。中国は、COVIDの辛くて厳しい閉塞機関をようやく抜けたら、これまでのめざましい経済成長の時代が終わっていることに気づかされて、国全体が陰鬱な雰囲気になっている。習近平の国家安全保障への偏重は莫大な経済負担を伴っていたこが露呈した。アメリカは、かつてない国家分断の最中にある。政治的暴力が4分の一もの有権者に許容されている。ウクライナでさえ、瀕死の戦争で生き延びても、西側はウクライナのNATO加盟に消極的だし、戦争に対しても彼らから見放されることに現実味が帯び始めた。
 少なくともひとつ教訓とすべきは、三大超大国は自ら思うほどには、自国民に対しても、隣国に対しても、世界秩序に対しても、思うような影響力を持ち得ないのではないか、と言うことだろう。

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