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書籍・雑誌

トマス・ペイン『コモンセンス』

 サムエル・モリソン『アメリカの歴史』を読んでトマス・ペインの存在を知り、アメリカの独立に大きく貢献したとされるThomas Paine, “Common Sense”を読むことにした。
 60ページ程度のごくみじかい英文パンフレットだが、内容は濃い。最初に、あらゆる人民は暴政に対して反乱する権利がある、とおそらくルソーの思想から説く。続いて当時のアメリカの宗主国たるイギリスの王政を、キリスト教の立場からそもそも神の意志に反する不当な制度であって、王位の世襲制がきわめて不合理なことを一般論として指摘したうえで、現実に無能で暴虐であることを指摘する。そして、アメリカがイギリスの支配を受けることの愚かしさと独立の利益を、具体的に指摘する。アメリカ大陸は宗教改革の寸前に発見され、世界の迫害を受ける人民の避難地として神から与えられた地であり、すでにイギリスのみならずヨーロッパ全体から人々が到来している。それなのにイギリスだけに服属し、イギリスから貿易・外交の制限を受け、その意のままに収奪されることの愚かしさをよく考えなければならない。遠く離れてアメリカ大陸の状況をよく把握する術も意欲もないイギリスに、これからもあらゆる重要なことを時間をかけて請願し、遠いところの他人事としか考えない連中のいい加減な判断に従い続けるのか。われわれはアメリカ大陸に居住する人間として、子孫に良い生活環境、国家、政治体制を残さなければならない。われわれは自らの判断で自分たちのための法律を作らなければならないが、それここそが「独立」なのである。さらに単に独立の必要を叫ぶのみでなく、アメリカの現状を詳しく分析して、経済的にも、政治的にも、軍事的にも独立することが可能であることを具体的に説明する。そしてアメリカの新しい政治体制についても提案している。
 イギリスの田舎町に職人の子として生まれたトマス・ペインが、仕事にも結婚にも失敗してアメリカにわたった時、すでに37歳になっていた。当時アメリカ大陸内では、独立推進派、イギリスとの和解派、さらに日和見派の3つに分かれて議論があり、当初トマス・ペインは和解派であった。それが、1775年4月のレキシントン・コンコードの戦いでイギリス軍の暴虐とアメリカ民兵の勇気を見て、完全に独立派に変わったという。レキシントン・コンコードの戦いの直後からトマス・ペインは『コモンセンス』の著作に着手したが、流動的な情勢を鑑みて、また引き受けてくれる出版社を探して、出版は1776年1月になった。発売されるとこのパンフレットは空前のベストセラーとなり、50万部をアメリカ大陸で売った。当時アメリカ大陸の人口は250万人ほどというので、文章を読むことができる人々のほぼ全員が読んだことになる。そして半年後のアメリカ独立宣言に、この内容がかなり踏襲されていた。
 論述はごく冷静で論理的であり、予想したより扇動的な感じが少ない。内容は新しい理論や思想などのように抽象的ではなく、現状を詳しく観察し分析して、わかりやすく具体的に解説している。これはまさに優れたジャーナリストのものである。さらにありがちな「いわゆるジャーナリスト」や「いわゆる識者」とまったく異なるのが、改革の必要性の指摘だけでなく、改革の方法とその実現可能性の検討、さらに改革後の政治運営のビジョンまで綿密に考察して具体的に提案していることである。本来ジャーナリストというのは、こうあらねばならないのだろう、と改めて思った。わが国の「いわゆる識者」や「いわゆるジャーナリスト」たちには、真摯に反省して少しでもトマス・ペインに近づく努力を求めたいが、おそらく能力不足なのだろう。
 また、このパンフレットが対象とする場所も時代も異なるものの、日本の現状にてらして考えると、決してひとごととして放置できない指摘がある。わが国は、憲法で軍事力の保持を否定して、安全保障をアメリカの軍事力に依存しているが、アメリカは当然ながら自国の利益以上に他国たる日本を護る義務などないのである。そのような根本を蔑ろにしたまま現状を継続することの危うさを、われわれ日本国民は真剣に考えなければならない。
 Thomas Paine, Common Sense (Amazon Classics Edition) Kindle版は、現代英語とは少し違って古語的語彙・表現もあり、私にはいささかむずかしかった。総じて文章が長く、構文をとらえるのに苦労することもあった。岩波文庫版の小松春雄訳『コモン・センス』1976の助けを借りながら、ようやく読み終えた次第であった。
 ともかく、現実の政治を大きく変革したパンフレットの力と事実に、あらためて感動する。

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池井優『駐日アメリカ大使』文春文庫

 2001年発刊の文庫本だが、購入して永らく置き去りだったのを、読んでみた。
 さきの大戦のあと、アメリカ軍の6年半にわたる駐留統治を経て、日米講和条約締結によってようやく独立を復興した1952年4月に着任したロバート・マーフィーから、小泉純一郎首相時代のハワード・ベーカーまでの13人の駐日アメリカ大使について、その人となり、その時代の日米間の主要案件と大使の対応、大使としての業績、などを回顧的にまとめた冊子である。
 メディアを通じては、岸信介首相の60年安保闘争のときのダグラス・マッカーサー2世、ケネディ大統領時代のエドウィン・ライシャワー、沖縄返還交渉の時期のアレクシス・ジョンソン、田中角栄首相時代のロバート・インガソル、福田赳夫首相から大平正芳、鈴木善幸、中曾根康弘、竹下登の5人の歴代首相とかかわった在任12年のマイク・マンスフィールドなどの名前が懐かしい。そして唯一、マイケル・アマコストは、東京のアメリカ大使館の立食パーティーで、私は直接会ったことがある。
 こうしてあらためて歴代の駐日アメリカ大使を振り返ると、それぞれに優れた人たちが日米間の橋渡しとして懸命に働いてくれたこと、それだけ歴代アメリカ政府が、日本を外交相手として重視してくれたことを再認識する。
 ごくちいさな書ではあるが、駐日アメリカ大使という立場の視点から日本の戦後史の一端を顧みる意味でも、なかなか充実した良書である。

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坂本藤良『幕末維新の経済人』中公新書

 1984年の書であるが、内容はさほど時間の経過に影響がないと推測して、読んでみた。
 著者が若いころ、東京大学経済学部研究室で、日本の「株式会社発生史論」を研究するなかで取り上げた幕末維新の人物について、一般向けに5人に絞り込んでわかり易く論じた書である。わが国の「株式会社」のプロトタイプを創造した幕臣小栗上野介忠順(ただまさ)、近代的ビジネスマンの先駆者坂本龍馬、政商から初めて巨大な財閥を育てた三野村利左衛門、政商に対抗して民間の巨大ビジネスを構築した岩崎弥太郎、そして明治期に長期にわたってわが国の経済界を牽引し、夥しい数にのぼる会社を育て上げた渋沢栄一の5人である。
 当然ながらこのいずれもが稀有な才能であり、成し遂げたことは偉大であり、その足跡は輝かしいのだが、この書を読んで印象に残ったのは、ただ偉大な先人に感銘を受けたというのみではない。
 優れた才能と、強烈な個性と、強靭なエネルギーが場所とチャンスに出会ったとき、いかに大きな成果をなしとげ、貢献をなし得るかということ、その前提として、彼らの偉業を阻害しない環境がいかに重要か、ということである。単純化していえば、社会主義、共産主義などの、政府が経済活動を主導するような環境下では、絶対に彼らの成し遂げた成果は生まれない、ということである。「政商」も、政治を「利用」してこその能力の発揚であり、政府が主導するようなことでは大きな成功はおぼつかないだろう。彼らの活動を見ると、空間的範囲においても、時間的感覚においても、到底経済の実務に疎い政治家や官僚がついて行けるような領域ではない。社会主義、共産主義などの計画的経済は、はじめから失敗の道を歩みつづけたと言える。
 通常の「経済史」よりも、もっと「ビジネス」あるいは「経営」に近い視点からの幕末維新史は、たしかにユニークで、大変興味深い書であった。

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内田義彦『読書と社会科学』岩波新書

 偶然読んだある本のなかに引用があり、興味をひかれたので読んでみた。著者は、経済学史と社会思想史の学者である。以下に、この本の要旨をまとめる。
 本をよむにあたり、重要な自分の蓄積として読むのであれば、「情報を得るために」読むのではなく、「自分の古典」にすべく読むべきである。書くべき文章は常にわかり易い文体で書くべきであるけれども、文体がいかにわかり易くとも、古典になるべき本には一読明快とはいかない深みがあり、読み手によって相違する一義的でない内容が必ずある。懸命にその本の重要な点を理解しようとするには、自分の「視点」をしっかり定めてかからなければならない。
 まずいったんは虚心坦懐にその本に没入することが必要であり、そのためにはひとまずその著者を信じる必要がある。そのうえで、鮮明に脳裏に焼き付いて解明を迫る、ある特定の事実に対する明確な疑いが当人に提起されていなければならない。漠然とした「疑惑」では、疑いの解きようがないのである。
 本に限らず、芸術全般に、それに接したときの感動や感銘は、簡単に言葉であらわせるものでないのが通常である。真剣に読み解こうとするとき、第三者に理解できるように感想を文章として書き下すことは有効で必要なことだが、自分が読み手として、感想として書きにくいその内容を、それこそが最も重要なところだが、いかにわかり易く書きとめてみせるかが勝負となる。
 自分を殺して本に内在して、本から、本を介して著者が言いたかったことを、心を尽くして耳を澄ませて、自分で聴き取るかのように、自分でなく著者こそを大事に本を読んで、そこに自分自身のオリジナルとしての感想を大切にする、それを育て上げること、それこそが本質的で重要である。
 相手の欠点を見つける「批判」は低級な批判であり、高級な批判は相手の良いところ、とりわけ隠された宝を見出すことにある。相手のなかに潜む個性的な宝を発見し育て上げる気持ちが大切である。
 そして、自分の新たな創造のためには、自分なりの「概念装置」を構築することが大切であり、そのためには、自分が「古典」とする本から、「概念装置」を引き出すことが必要である。認識の手段としての「概念装置」と、理論・学説の構成要素としての「概念装置」とは、実は同じものであり、古典の著者が創造の過程で、観るために窮余の策としてあえて「概念装置」をつくっては毀しの作業を繰り返してきたのであり、実はその本の中に潜んでいるのである。
 だいたい以上のようなことが述べられて、最後に「概念装置」なるものを具体的に説明すべく、「自然法」を例題として演習問題風に説いている。
著者の内田氏は社会学者だが、この内容は自然科学でもほぼ通用するだろう。私も「知識」を、「データ」「情報」「知識」「叡智」の4つの階層で考えるべきだと考えていて、ほんとうの「知識」は、「情報」とそれまで蓄えてきた「知識」とが、自ら考え抜くことで個性的なネットワークを構築したものであり、そのような「構造化」できた「知識」でなければ、さほど役に立つことはないと思っている。この「知識」は、内田氏のいう「概念装置」の一部を成していると位置付けたい。
 小さな本だが、非常に示唆的で密度の濃い内容であった。

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佐藤俊樹『不平等社会日本』中公新書

 10年ほど前に、神田古書街の放出セールでなにげなく購入した新書であり、久しぶりに「発見」して読んだ。
 かなり大量のデータを数値的に解析して、半世紀余りの間のひとびとの学歴、収入、社会階層などについての状況と意識の変化を追跡し、日本ではすでに社会階層の世代間相続が定着しつつあって、「努力すればナントカナル」社会から乖離しつつあり、もはや「不平等社会」であり、「さよなら総中流」といわねばならない、と説く。
 データの解析にはそれなりの説得性があり、社会階層や意識の変化がある、ということは理解できる。しかし、問題はそれに対する原因・要因、変化の中味の分析、今後にむけた対策という議論になると、問題の把握の仕方、取り上げるべき要因の根拠、対策案の妥当性などにおいて、急に説得力がなくなる。
 「街を歩く人々の顔がずいぶん虚ろになった」、「そういう安っぽい自尊と自卑に私はもう飽きたのだ」というが、自らの説に他者からは「虚ろさや安っぽい自尊・自卑」と見られるような要素はないのか、なにか浅薄な上から目線のようにも見える。民間企業に対しては、昇進や職種転換や評価などにいろいろ「提案」する一方で、自ら携わる教育に対しては「教育改革で解決しようという見方自体が、想像力が狭くなった証拠」などと、読む側からすると、懸命に独りよがりな予防線を張っているかにみえる。
 さて著者が主に問題としているのは、所得格差とその世代間相続ということらしいが、この問題は実際には雇用・労働力の過不足と生産の国際的移転あるいは労働移民問題など、広範囲な要因がかかわり、広い視野で考える必要がある。狭い範囲の最適化・是正で政府や企業に改革を迫っても、到底埒があかないと考えられる。
 要するに、現状の問題をある側面から抽出して提示するまでは、ひとつの視角として意味のある内容が書かれているが、全面的に受け入れ得るものではない。また複雑な事象の一部しか論じられていない。実際に民間企業で長年働いた者としては、企業にも本質的な問題は当然あるのだが、やはり学者という外部の人には問題の本質はわからないのではないか、とも感じてしまう。おそらくこの著者は、企業にいる人間は視野が狭くて本質を捉えることができないのだ、客観的な学者は視野が広くて問題を見通せるのだ、と思い込んでいるのだろうが、それでも腑に落ちないことは率直に納得できないのであり、説得性がないのである。

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矢野暢・福士昌寿『日本を変えるシナリオ』中公新書

 昭和61年(1986)に発刊された新書であるから、発行後すでに32年が経過している。もうすぐ平成期が終わろうとしている今になって、この平成期を振り返る意味もあって、古い本をあえて読んでみることにした。これは政治学・国際関係論を専門とする京都大学教授と、経済企画庁に長らく務めた元官僚との、二人の対談録である。

 この書が書かれたときは、わが国は過去最大ともいえるバブル経済の最中であった。時代の雰囲気なのか、やはり日本の経済力、日本の経済成長について、今から思えばずいぶん楽観的である。日本は世界で先駆的に「顧客を神としてあがめる企業国家」になったし、これからもその延長上に成長する、としている。それを後ろで支えているのは日本独自の「官治国家」である。政治家は「官治国家」のなかで、時代をリードするわけでなく、「事件処理屋」として存在している。企業はどんどん発展し国際化を進める一方で、政府はそれに追いつけず、いずれ企業のほうから国家を選ぶようになる。そういう意味では、世界規模で国家という存在が崩壊しつつある。これらの経済や政治の議論では、いささか楽観的すぎたり、極端すぎたり、首肯しがたいものもあるものの、まだ議論の意味が理解できる。
 しかし、将来へ向けての社会論、文化論、社会思想論になると、「知識人」と自認しているヒトの放漫な雑談の域から出るものではなく、はたしてその議論にどの程度の意義・意味があるのか、私にはよくわからなくなる。
そういうわけで、全体としてはなかなか評価しにくいが、この書の欠点が著者の能力にあるとするのもいささか酷であろう。こうして振り返ってみると、30年さきの将来を予測するということが、いかにむずかしいかを思い知らされる。後半で問題視される人口問題も、現在わが国で取り上げられている「少子化」はほとんど意識されず、世界的な人口過大化や、せいぜい高齢者が増加する、という程度の関心である。
 もっと根本的には、まだこの時期には「進歩史観」や「科学技術への信頼・信仰」が強かったことがよくわかる。
 こうして過去の議論を眺めてみると、30年余りという年月は、意外なほど大きな変化、それも予測できない範囲の変化を積み重ねてきたことを、あらためて認識させる。
 読書の中身にはさほど得るものが多かった気はしないけれど、時間の経過、時代の推移ということの意味を、あらためて考える機会になった。

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北岡伸一『国連の政治力学』中公新書

 10年余り前でまだ企業で働いていたころ、興味をもつて新刊書として購入したものの、いろいろ取り紛れて放置してしまった。本棚を整理しているときに見つけて、遅ればせながら読んでみた次第であった。
 私たち日本の一般大衆にとって「国連」の印象はあまり芳しいものではない。常任理事国という特権的な5か国があって、大事な案件に限ってたいてい中国やロシアの拒否権で望ましい行動はできない。人権委員会というのがあって、韓国や中国の暗躍で、クマラスワミ報告などという理不尽な日本を貶める声明が出る。日本にとって害はあっても益がほとんどないように思えるのに、分担金は世界でもトップレベルに近い。
 最近は存在感が薄いけれども10年ほど前までは、小沢一郎氏が「国連中心主義」を提唱して、メディアでもてはやされたりしていた。ほとんどウンザリという印象が強かった。
 しかしこの本で、国連に自ら飛び込んで、前向きに国連のため、日本のために働いた第一級の政治学者の体験にもとづく国連論を読むと、私たちももっと国連に対してまじめに向き合わないといけない、という気持ちになった。
 世界に200ちかくに達しようとするほどの数の国家があり、巨大国も微小国も、豊かなくにも最貧国も、みな同じ発言力を担保されている組織であるがため、理念的には理想的、現実にはほとんで決定できないという深刻な事情を、冷静に受け止めて、それでも世界中のどの国ともコンタクトできる貴重なルートであることを、しっかり強かに活用することが大切であることを思った。
 机上で、あるいは頭の中だけでの議論ではなく、この本のような最前線の実務体験に基づいた論考を、今後もつぎつぎに出版していただきたい。

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加藤尚武『20世紀の思想』PHP新書

 生命倫理、環境問題を主な研究課題とする倫理学者による現代思想の解説書で、1997年、つまり20世紀末時点の発刊の書である。
 「哲学」とは、古今東西の思考、自然科学から人文科学までのあらゆる領域にわたって相互理解の可能性をもたらすような、地球規模で通用する理性のことである、との考え方に立って書かれている。その観点からすると、20世紀の哲学は、人間の知識を全体として見通しのきくものと成しえていないし、その活動があまりに欧米中心となっていて、相互無理解の状況である、と指摘する。
 18世紀はニュートンの「数学的理性」とカントの「人間の理性」とが、圧倒的な宗教的力の下に棲み分けていた時代であった。しかし19世紀になると、理性はもっと大胆に自己主張するようになり、宇宙の真理のすべてを抱え込もうとした。「理性化による進歩」という思想が生まれ、自由こそが人間の根源的な在り方だということになった。そんななかヘーゲルは「国家理性の思想」を提案し、国家主権こそがすべてに優先して存在して「国家固有の権利」を持ち、唯一歴史という法定でのみ審判を受けると考えた。
 20世紀は、前半が戦争の時代、後半が科学技術の時代であった。進歩史観が普及する一方で資源や環境の有限性に直面するようになり、「無限の進歩」の信仰にも疑義が生じた。そして世界規模の残酷な戦争を経て、近代の国民国家の自決主義はきわめて危険なものであることも経験した。未だにこの悪夢に対する解答は得られていない。
 19世紀末、J.S.ミルは「自由主義の原則」というべき重要な提唱をしていた。師であったベンサムの功利主義に基づきながら、多数決における少数者の利益の保護、他者に危害を与えない限りは刑罰などの個人への干渉を慎重にすべきであること、「愚行権」の尊重、など現代にもそれ以上の代案が見つかっていない基本的な基準を提示していたのである。
 カール・マルクスは、それまで多くの思想家が、人間と動物の違いを、理性があるか否か、宗教があるか否かで区別していたのに対して、生活手段を製造するのが人間の根本的特性であるとした。人間が生きる生産関係を包含する生活様式のなかに生まれることで、ヒトは自分の生を発現するので、その生活様式が世代を超えて伝えられていくのであり、そのシステムを「構造」と呼んだ。人間は初めから社会的存在であり、人間性は社会性と切り離すことができない。そして生産と経済(下部構造)の変化と政治文化(上部構造)の変化とを機械的に対応づけた。ダーウィンの進化論から強く影響を受け、社会も変化し進化するとし、資本主義社会の仕組みそのもののなかに、それを崩壊と破綻に導かざるを得ない内在的要因があり、革命を経て社会が進化していく、とした。
 フリードリヒ・ニーチェは、宗教も道徳も後にして、人生をあるがままに受けとめ、与えられたすべての運命を全面的に受け入れることこそが、生きることの根本だとした。この理性のしがらみを脱出した衝動的ともいえる生の肯定を、具体的に「性欲」に置いて、人間を理解するうえでその意味の重大さを探求したのがフロイトであった。
 フロイトとほとんど同じ時代を生きたのが、フッサールであった。フッサールは、我々が体験する現象を見つめる自分自身の「意識」を信頼して、この自己に内在する意識こそが人間のあらゆる思考・知識の源泉である、とした。このフッサールの方法を展開して独自の「存在への問い」の哲学を構築したのがハイデガーであった。彼は本当の意味での存在は「人間存在」のみである、とする。そのハイデガーの哲学を自己流に消化して、ハイデガーとは全く別方向の個人的内面性に向けて思索し、最後にはマルクス主義に接近して、ひととき世界的にスター的哲学者としてもてはやされたのがサルトルであった。あくまで自我の内発性を純化して、自我のなかに意識の志向性を見出しそうとした。
 これらの思想家の他にも、解釈学・構造主義、科学の哲学、社会性・正義、日本の西田幾多郎・丸山眞男にいたるまで、実に簡潔かつ的を射た解説がされている。
 古今東西の思想、自然科学から人文科学までのあらゆる領域に、相互理解の可能性を作り出し、人類共同の意志決定・合意形成が可能なようにしなければ、地球規模で通用する理性が機能せず、たとえば悲惨な戦争をその意図もないままに引き起こすかも知れない、との加藤の指摘は重い。ちいさな本だが良書である。

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サムエル・モリソン『アメリカの歴史』第3巻

 アメリカの1901年から1963年、アメリカ的な「進歩的革新主義」の時代、第一次世界大戦、大恐慌とニューディール、第二次世界大戦、そしてついに世界最大の経済・軍事国家となって、ソ連・中共の共産主義と冷戦で対立する著者の執筆時点まで、大統領でいうと、第26代セオドア・ローズベルトから第35代ジョン・F・ケネディまでの時代である。
 南北戦争の荒廃から復興する過程で、アメリカは科学技術の発展、工業化の進展を成し遂げ、経済的に大きく成長した。たとえば「鎖国」により外国とかなり途絶していた日本が、ほんとうに遅れをとったのは、さほど遠い昔ではなく、まさに19世紀前半ごろからのことである。明治初年に岩倉遣欧使節団に参加した日本人が、西欧には約30年で追いつくことができるだろう、と判断したのは実に正鵠を射ていた。
 そんななか、アメリカは、経済・社会・行政・財政において、さまざまな歪が顕在化するようになった。第26代大統領セオドア・ローズベルトは、それを社会主義のようにひっくり返してやり直すのではなく、「建設的に」政治の力で規制・是正することを目指した。このセオドア・ローズベルトと、それに続くウィリアム・タフト、ウッドロウ・ウィルソンの3人の大統領の時代は、進歩的保守によるアメリカ的革新主義の時代であった。この時点でも、ハミルトンの集権(=連邦主義)とジェファーソンの州権(=分権主義)とが主要な対立軸であった。
 セオドア・ローズベルトは、国内では大企業のトラストを規制し、国外に向けては世界の繁栄のために尽力した。その間、いずこも同様らしく、無責任なあるいは悪意のメディアの非難に晒されて苦労することが多々あった。
 1900年から、大恐慌がはじまる1927年の間は、政治はあまり変わらない一方で、社会的には大きな変化(=前進)があった。アメリカは、世界最高レベルの経済力を達成し、軍事的にも巨大パワーとなり、「世界を民主主義によって安全にする」十字軍となって、ヨーロッパを離れたのである。
 ウィルソンは、ハイチとメキシコに武力行使を行ったが、成果はなかった。第一次世界大戦に対しては、はじめは中立を目指したが、やがてドイツのUボートによる公海上の襲撃をうけて、議会に反対派が多い中、連合軍に大きく遅れて参戦した。結局、第一次世界大戦は連合軍が勝利したが、ウィルソンの理想論的な講和条約案は、なによりもアメリカ議会の賛同を得られず、案に含まれる国際連盟に、発案者のアメリカ合衆国が参加できない、という苦い結果となった。
 ウィルソンのあと、凡庸な共和党大統領3人の時代があり、1933年からフランクリン・D・ローズベルトが大統領に就任した。おりしも大恐慌のさなかで、経済復興のためにF.D.ローズベルトは、ニューディール政策を強力に推し進めた。しかし、ニューディール政策のいくつかは最高裁判所により憲法に違反するとして否認された。それでもこの思い切った革新的な政策は、第二次世界大戦後のF.D.ローズベルト亡き後になっても、アメリカ経済にかなり大きな貢献を提供し続けた。第二次世界大戦の勝利、そのあとの朝鮮戦争と、アメリカは膨大な戦費を費やしたが、すでにアメリカはそれに耐えうる経済力をつけていた。
 第二次世界大戦の後は、アメリカにとって最大の外交問題はソ連・中華人民共和国などの社会主義国との冷戦となる。
 また、植民地が独立する場合、1945年以前は植民地の宗主国側が派遣した植民地指導者が独立を主導して独立後統治したが、1945年以後は植民地の原住民側が反抗して独立し、原住民側が独立後統治するものが主流となった。そこでは民衆も指導者も「国民国家」の経験も知識も乏しかった場合が多く、当然独立後は難渋・混乱した。
 アメリカ史の、とくに19世紀半ば以降について、アイルランド系の移民の活動が注目される。彼らは、アメリカ創生者たるプロテスタントではなくカソリックであり、プロテスタントが主流のアメリカ政府に対して批判的になりがちで、もともとイギリスに反感が強く、結束も強かったようだ。現在、日本で無責任なメディアや「識者」たちのみならず、経済学者の一部までもが、労働力不足への対策として、移民の導入を訴えている。「多様性」を増してそれを尊重することが国力の増強につながるなどと、楽観的あるいは無責任な希望的観測もある。アメリカの黒人奴隷やアイルランド系移民などの歴史的経緯を考えても、移民の増強策は、私はリスクが大きすぎると思う。
 また、アメリカは建国以来、議会制民主主義で大統領制をとったが、議会との調整・妥協はつねに大統領を悩まし続けていた。日本では、たとえば橋下徹氏が「首相公選制」を提唱するように、選挙で大統領を選出する大統領制では大統領が圧倒的な権力を掌握しているかのように思いがちだが、実際は飯尾潤氏がいうとおり、むしろ議院内閣制の首相のほうが権力は大きいようだ。
 私は、アメリカの歴史については、これまで中尾健一『新大陸と太平洋 世界の歴史11』中公新書、1975、ポール・ジョンソン『アメリカ人の歴史』全3巻、共同通信社、2001、を読んだのみで、詳しい通史は未読であった。ポール・ジョンソンの書はモリソンの半分程度の大部だが、先史時代の記述が薄いこと、タイトルのとおり主に指導者の列伝のような記述なので、史実そのものの記述と解釈についてはこのモリソンの書に比べると少ないことなどから、今回の読書は非常に興味深く勉強になった。
 アメリカという、比較的他の国々から独立して独自に発展したように思える国においても、その歴史的経緯とそのなかの葛藤、その襞の深さには、十分に多彩なものがあり、すくなくとも私たちが高校などで学ぶ程度のごくごく単純な知識と理解では、現在のアメリカについて理解が到底おぼつかなく、安物のメディアやいいかげんな「識者」に騙されてしまう懼れがきわめて高いと思った。

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サムエル・モリソン『アメリカの歴史』第2巻

 アメリカの1815年から1900年、独立戦争後の対英関係修復、国内政治の整備、インディアン政策、ジャクソニアン・デモクラシー、南北戦争とその復興までの時代、大統領でいうと、少し重複して第2代ジョン・アダムズから第24代グロバー・クリーブランドまでの時代である。
 イギリスとインディアンに対する戦いのヒーローとして輝かしく登場した英雄、第7代大統領アンドリュー・ジャクソンは、ジャクソニアン・デモクラシーをもたらした。ジャクソニアン・デモクラシーとは、エスタブリシュメント層や啓蒙的知識人層ではなくアメリカ人民の国民国家を基盤にして、かつ普遍的な価値のアピールではなく、アメリカ市民個々人の平等と尊厳への強いコミットメントに特徴づけられる。そして合衆国政府の役割は、国内のアメリカ人民の物理的な安全と経済的な安寧を保障することによって、国家の運命を成就させることにある、とする。アメリカでは、連邦─州─地方の結束が強まっていった。政治構造としては、急進vs保守、連邦主義vs州論、個人の忠誠vs地域社会の責任、の対抗関係が軸となった。
 モリソンは、アメリカのデモクラシーの預言者はトーマス・ジョンソンであり、英雄はアンドリュー・ジャクソンであり、大司祭はラルフ・ウォルドー・エマソンである、と述べている。エマソンは、たとえ自由な制度があったとしても、本人自身が物理的にも精神的にも自由でなければけっして解放されないとし、憎悪と偏見を捨てて、デモクラシーの帰結を考え抜くことが必須であると断言する。これは、現代にもそのまま通用する警告である。
 南北戦争は、奴隷制を否定して黒人奴隷の解放を目指したが、その実現は容易なことではなかった。人権や人道の見地から黒人奴隷の問題を指摘・糾弾することはたやすいが、解放された黒人たちが、生業にありつき、自立を実現することは容易ではなかった。一部の黒人奴隷を除いて奴隷解放を自覚的に望む黒人奴隷はごく少数で、多くの黒人奴隷が南軍に従軍した。1839年のアミスタッド号事件では、奴隷運搬船で暴動を指揮した黒人奴隷サンケは、逃亡に成功してアフリカに帰ると、今度は奴隷貿易商として身を立てた。アフリカのなかでは、部族同志が頻繁に戦い、勝者が敗者を奴隷にすることは、ヨーロッパ人の介入よりはるか以前から常態であった。事情を理解していたリンカーン大統領は、けっして最初から奴隷廃止を主張しなかった。結局、黒人問題は、緩和され改善されてはいるものの、現在にいたるまで解決はしていない。
 黒人奴隷の場合は、白人が形成した社会構造に順応する意志と指向性があった。しかし、インディアンは、白人の社会習慣、文化を全面否定して、けっして同化を望まなかった。その結果、インディアンの多くは白人と戦って殺され、生き残った人たちは手狭な居留地に収容されて生活することになった。人道的・人権的に問題を指摘するのはたやすいが、現実の解決は難しい。もとをたどれば、ほとんどの白人たちは、アジアの一部からヨーロッパに侵入・侵略した人種たちの子孫である。誰がどこに権利があるのか、議論は単純ではない。
 アメリカの西部開拓には、大陸横断鉄道の整備が甚大な貢献をした。しかし巨大な鉄道会社は、一方で賄賂・利益誘導をはじめ、さまざまな悪の張本人でもあった。アメリカの発展には、これら民間の活力と、それを支える膨大な移民、そして奴隷の、いずれも政府外の力の貢献が著しく大きい。
 ヨーロッパも同様なのだろうが、日本と著しくちがうのは、政治・社会・文化の全体にわたって、宗教、具体的にはキリスト教の影響がとても大きいことである。政治理念でも、初等から高等にいたる教育でも、アメリカでは宗教の存在がとても大きいことは、私たちもよく理解しておく必要がある。
 私がこれまで漠然とアメリカについて持っていたイメージが、実に貧しく表面的かつ断片的であったことを思い知った。

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