船橋洋一『宿命の子』(上・下)、文藝春秋、2024
単なる右翼に非ず凄みのあるリアリスト
今年の春、読売新聞の橋本五郎・尾山宏による『安倍晋三回顧録』(上下2巻)中央公論新社、2025を読んで、安倍晋三首相の業績が高く評価されていて、しかもその政権運営において、政治に疎い私がこれまで知らなかったほどの、広い範囲に深くかかわり、優れた指導者として政権を運営していた、ということを知った。
ただ、著者が比較的自民党政権に好意的な立場の読売新聞系であり、また情報源が著者たちによる安倍晋三本人へのインタビューをもとに書いているということから、著者の立場の偏り、および安倍晋三自身の回顧ゆえの独善性があり得ると考えた。
そこで、自民党政権とりわけ安倍晋三に対して徹底的に反対・攻撃の姿勢を貫いていた朝日新聞系の本を読んで、少しでも客観的な事実に近づきたいと考えた。
この『宿命の子』上下2巻は、朝日新聞社主筆であった船橋洋三による書であり、私の求める本として最適だと考えたのであった。
私は、この本ではいつもの朝日新聞のように、ありとあらゆる安倍晋三の政権運営の瑕疵・失敗・疑惑を徹底的に取り上げて、安倍晋三はわるいことばかりしていた、と書いていると期待していた。
ところが、この本でいちばん驚いたのは、朝日新聞の幹部たる著者が、安倍晋三を深くリスペクトして、「国のあるべき構想を明確にし、そのための政治課題を設定し、それを能動的に遂行しようとするきわめて理念的かつ行動的な政治において際立っていた。しかし政策を立案し、遂行する過程では、リアリズムを出発点とし、実務主義を着地点とする、戦略と統治のありようを意識的に追求した政治家であった」と評価し、「すごみのあるリアリズム」として高く賞賛しているのである。
10年間以上にわたる長期的で綿密な取材をベースに、安倍晋三のみならず、安倍の周囲にいた政治家・官僚たち、さらに安倍と折衝した外国のトップたち、さらには外国のジャーナリストや政治評論家の言論についても、広範囲に詳細なデータを集め、できるだけ自分の意見として表現せず、それぞれの当事者の発言を通じて事実にせまる、まさにクロニクル(年代記、編年史、歴史的事実の時系列記述)として紹介しているのである。
そのようにして浮かび上がってくる「安倍晋三像」は、冷静・冷徹なリアリストで、いつもの朝日新聞などサヨク的な人たちが言うような単なる右翼ではなく、弱者への目配りを欠かさない左翼的側面を併せもち、タカ派とハト派、右と左、強さと優しさ、アウトサイダーとインサイダー、そしてジキルとハイド、などのような相矛盾するかのようなペルソナと言語を同時に演じ、話すことのできる、「政治的言語においてバイリンガル」な人物だと言う。
そして、国内では「積極的平和主義」を提唱・推進して、戦後以来の「一国平和主義」を止揚し、国際的には対立する中国とアメリカを包摂してアジアの安定を目指す「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を提案、その具体化の一部としてQUADを創生した。日本の人口減少の重圧への対処として、子育て支援(そのための増税含む)や使途変更を含んだ消費税の引き揚げを敢行した。
世界の政権のトップたちとの付き合いも戦略的かつ巧妙で、たとえばときに乱暴な発言や行動をしがちなトランプ大統領とも巧みに人間関係を構築し、アメリかの政府役人からトランプへの意見具申を頼まれるほどであったという。
私は、『安倍晋三回顧録』を読んだときも、安倍首相がこれほど大変なことをやり遂げていたのか、と感嘆したが、この本を読んでそれがさらに上積みされた思いであった。
読後の感想を記すにおいて、なんとか梗概をまとめたかったが、この本は1200ページを超える実録的な本である故に、情報が多すぎてとても難しい。この本は、どうしても直接読んでみないと価値が伝わらないと思う。












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