第85回記念一水会展 京セラ美術館(2)
2.その他の作品
村上千晶「午后の漁港」がある。
漁猟は早朝から働くだろうから、午後は猟師さんも陸にあがって一息つくのだろう。この絵は漁に使う網やロープがふわりとゆるくまとめられて、岸の港に置かれている。これらの漁猟の道具たちも、一仕事の後のリラックス・タイムという風情である。
漁猟の厳しさと、その合間の貴重な休息、そのメリハリを感じさせる、ほのぼのと暖かい作品だと思う。
河西昭治「瞑想にふける」がある。
おそらく川の水面に静かに浮かぶ小舟なのだろう。その小さな舟に、ひとりの男が腕を組んで物思いに耽って、後ろ向きに座っている。岸の雑踏を逃れ、ただひとりだけで過ごす、彼にとって貴重で贅沢な時間なのかもしれない。波らしい揺らぎもほとんどなく、心理的にも静かに瞑想できているのだろう。画面に描かれた周囲の静謐が、彼の心の中の静穏を象徴している。しっかりしたタッチの、落ち着いた良い絵だと思った。
城本明子「鉄橋の支柱」がある。
なんと いう特徴のある絵ではないのかも知れないが、この絵をみると、ふと自分の心象風景を連想する。私は、「この思考の土台は」とか「この発想の基盤は」など、何らかのむしろ抽象的なことを考えているとき、頭の中には漠然とこの絵のようなシーンをイメージするのである。
そういうこともあってか、絵を自分では描かない私も、このような光景を目の当りにするとなんとなく気になってしまうのである。
森本光英「自画像・95才記念」がある。
この作品は、題名から考えて、絵を嗜むご高齢の女性が、95歳の誕生日を記念して自画像を描いたものらしい。達者な絵で描かれた姿が若々しいのも感動するが、なによりそのご高齢でなお筆をとって絵を描けるということに敬服する。
私たちも、出来得るならそのように歳をとっていきたい、と思う。
私は、絵は見るだけで自ら制作することはないが、絵を嗜み、かつすてきな作品を完成させる人たちが、このようにかなりの多数おられることに、改めて感銘を受けた。
最近のコメント